異世界モ◯ス◯ーボール開発記 〜従魔の快適性を追求した結果、己がボールに入る羽目になった魔道具技師〜
「なあ、ルシア。俺は昨日、人生最大の真理に到達してしまったかもしれない」
朝日が差し込む工房の真ん中で、作業着姿の青年——ローランは、寝不足で落ち窪んだ目を輝かせながらそう言った。
「また始まったわね……。言っておくけどローラン、今月の工房の家賃、まだ払えてないからね。怪しい実験に予算を突っ込むのはいい加減にしなさいよ」
呆れたように溜め息をついたのは、幼馴染のルシアだった。
彼女はこの工房『アルケミア』の経理兼、冒険者としての腕を買われてローランの実験に付き合わされている不運な助手でもある。
腰に下げた小剣を軽く叩きながら、ルシアは散らかった作業台の上を片付け始めた。
「家賃なんてちっぽけな話だ! 聴いてくれルシア。この世界には『魔獣使』という職業があるだろう?」
「ええ、あるわね。野性の魔獣と契約して、戦わせたり荷物を運ばせたりする人たちでしょ?」
「そうだ! だが彼らの契約方法はあまりにも非効率で、かつ魔獣に厳しい! 巨大な魔獣を引き連れて街に入るには特別許可がいるし、餌代も馬鹿にならない。何より、怪我をした時に持ち運ぶのが大変だ。……そこでだ」
ローランは胸ポケットから、手のひらサイズの金属製の球体を取り出した。
赤と白の塗料で上下に塗り分けられた、どこか見覚えのあるデザインの球体だ。
「……何よそれ。ただの派手な鉄球?」
「フフフ……これこそが、世界の歴史をひっくり返す世紀の発明! 『魔獣格納用小型魔導球』……コードネーム【〇〇〇ボール】だ!!」
ルシアはジト目でローランを見つめた。
「ちょっとローラン。それって、あんたが前世の記憶とやらで語っていた、あの怪しい物語の……」
「シーッ! ルシア、大人の事情というものがある! 伏字にしておけ! ポケ〇ンとか言ったら世界の法に抵触する可能性があるんだからな!」
「あんたが今自分で言ったんでしょ!!」
ローランの前世は、日本の冴えないサラリーマンだった。
トラックにはねられてこの異世界に転生した彼は、生まれ持った豊富な魔力と前世の知識を組み合わせ、魔道具技師としての道を歩んでいた。
しかし、その知識の使いどころがいつも明後日の方向を向いているのが玉に瑕だった。
「いいかルシア。このボールは、内部に高度な相移転空間魔法が展開されている。魔獣に向かって投げつけることで、その体を魔力粒子に変換し、内部の異空間へと収納・保持することができるのだ!」
「……はあ? そんなことできるわけ——」
「できるんだよ! 実際に試してみた!」
ローランはドヤ顔で胸を張った。
「昨日、裏山で捕まえた低級魔獣『ウインド・ラビット』に向かって投げたら、見事にポンッと吸い込まれてな! このボタンを押すと……ほら!」
ローランが球体中央の小さなボタンを押すと、球体がパカッと開き、中から白い光とともに小さなウサギが飛び出してきた。
ウサギはパニックを起こしたように「キュイイイ!」と悲鳴を上げると、ローランの顔面に跳び蹴りを喰らわせて、開いた窓から逃げ出していった。
「ぶふっ! 痛いっ! ……まあ、ご覧の通りだ」
鼻血を拭いながら、ローランは満足そうに微笑んだ。
「全然成功してないじゃないの! ウサギ、めちゃくちゃ怒ってたわよ!?」
「そうなのだ……そこが最大の欠点であり、俺が今回直面した壁なのだよ」
ローランは真剣な表情になり、両手を固く握りしめた。
「ただ閉じ込めるだけではダメなんだ。あの狭い球体の中……つまり『空間内部』の快適性が担保されていなければ、魔獣はストレスを溜め込み、出てきた瞬間に主人に襲いかかる! それでは真の【〇〇〇トレーナー】とは言えない!」
「だから大人の事情はどこ行ったのよ……。で、どうするつもりなの?」
「簡単なことさ。従魔が『帰りたくない』と思うほどの、超高級ホテルのスイートルーム並みの快適空間を、あの小さなボールの中に構築する!」
ローランの目が、怪しい光を放ち始めた。
ルシアは強烈な嫌な予感がして、そっと後ずさりした。
◇◇◇
それからのローランの暴走は目を見張るものがあった。
「ルシア! 〇〇〇ボール試作2号機が完成したぞ! 内部に『極上のふかふかクッション環境』を再現する魔法陣を組み込んだ!」
「……ねえローラン、それ昨日からずっと徹夜で作ってたの? たかが魔獣を運ぶための道具でしょ?」
「たかがとは何だ! 命を預かるカプセルだぞ!? さあルシア、裏山で捕まえてきたスライムで実験だ!」
ぽんと投げられた試作2号機は、スライムを吸い込んだ。
しかし、3秒後にボールが激しく振動し、ドカンと爆発した。
「ケホッ、ケホッ……! なぜだ! ふかふかクッションがスライムの水分を吸い尽くして干からびさせたからか!?」
アフロヘアーのようになったローランが叫ぶ。
粘液まみれになったルシアは、静かに剣の柄に手をかけた。
「ローラン……殺すわよ?」
「待て! 怒らないでくれ! 次のアイデアがある! 試作3号機【ハイパーなボール】だ! 今度は内部に温泉機能をつけた!」
「温泉!?」
「魔獣だって日頃の疲れを癒やしたいはずだ! 熱帯産のフレイム・エイプ(炎のサル)を入れてみよう!」
結果、ボールの中で大蒸気爆発が起き、工房の天井に大きな穴が開いた。
「ああああっ! 天井が! 今月の家賃どころか修理費が!!」
頭を抱えて叫ぶルシアを余所に、ローランは顎に手を当てて深く思案していた。
「うーむ……温度調整機能と湿度調整機能だけでは足りないか。やはり、視覚的・心理的なリラックス効果が必要なのか……? 森林浴の香りを漂わせるエアロゾル魔法陣を追加するか……?」
「話を聞きなさいよ変態技師!!」
ルシアの蹴りがローランの横腹に突き刺さった。
だが、ローランの情熱は冷めるどころか、増々激しく燃え上がっていた。
「ダメだ……机上の空論では限界がある。俺は魔獣の気持ちになれていないんだ。温度がどうだの、クッションがどうだの言ったところで、それは人間の勝手なエゴに過ぎないのではないか?」
「……珍しくまともな反省ね。だったらもうその開発、諦めたら?」
「だから決めたぞ!」
ローランはルシアの肩をガシッと掴み、真剣な目で見つめ返した。
「自分で試さないと、快適さはわからないよね!!」
「……は?」
ルシアは耳を疑った。
「人間である俺が実際にボールの中に入り、その居心地を肌で体感する! それこそが、開発者としての真摯な姿勢というものだ!」
「バカなの!? あんた人間でしょ!? 異空間格納魔法なんて、人間に使ったら肉体が分解されて元に戻らなくなるかもしれないのよ!?」
「大丈夫だ! 空間相移転のパラメータは完璧に人間用に再計算した! 理論上、死ぬことはない!」
「理論上って何よ! 危険すぎるわ、絶対にダメ!」
「さあルシア! 試作4号機【マスターなボール(仮)】を手に取るんだ! そして、俺に向かって叫ぶんだ! 『いけっ、ローラン! 君に決めた!』とな!!」
「言うわけないでしょそんな恥ずかしいセリフ!!」
ルシアは激しく首を振った。
いくら変人で変態で毎度毎度トラブルばかり起こす幼馴染だとしても、危険な実験の人体実験台にするわけにはいかない。
「頼む、ルシア! これは俺の男としての、いや、前世からの夢なんだ! 〇〇〇をGETして、世界の頂点に立つ……その第一歩なんだよ!」
「夢の方向性が間違ってるのよ! だいたいあんた、自分がGETされてどうするのよ!」
「いいから投げろぉぉぉっ!!」
ローランはルシアの手を無理やり掴むと、完成したばかりの紫とピンクの怪しい模様が描かれた球体を握らせ、自ら10メートルほどバックステップを踏んで距離を取った。
「さあ! 投げるんだ! 俺をあの球体の中へ導いてくれ!」
「もう嫌……! なんで私がこんなことに付き合わなきゃいけないのよぉっ!」
ルシアは半ばやけくそになり、涙目で球体を振り上げた。
「後で絶対に後悔しても知らないんだからね! えいっ!!」
ルシアが投げつけた球体は、きれいな放物線を描いてローランの額にクリーンヒットした。
ゴスッ!
「ぶほっ!?」
次の瞬間、球体中央のボタンが激しく発光した。
ビシィィィッ!
「うおあああああっ!? 本当に吸い込まれるぅぅぅっ!?」
ローランの体が赤い光の粒子へと変換され、スルスルと小さな球体の中へと吸い込まれていく。
パタン。
球体が地面に落ち、静まり返る工房。
ぽつんと残された紫のボールが、カチッ、カチッ、と二回ほど揺れた後、静かに沈黙した。
「……ろ、ローラン?」
ルシアは恐る恐るボールに近づき、拾い上げた。
静まり返った部屋で、手に持ったボールはズッシリと重い。
「嘘……本当に、入っちゃったの……?」
◇◇◇
ボールの中。
そこは、ローランにとって未知の領域だった。
(……おお!? これは……すごいぞ!!)
ローランは感銘を受けていた。
視界に広がるのは、無限に続くかのような温かな光の空間。
温度は暑くもなく寒くもなく、絶妙な24度に保たれている。
足元はまるで最上級のペルシャ絨毯の上を歩いているかのように柔らかく、空間全体にほのかなラベンダーの香りが漂っていた。
(素晴らしい! 完璧だ! 俺の計算に狂いはなかった! 空間魔法による超快適空間の構築に成功したんだ!)
ローランは跳び上がって喜んだ。
重力も適度に低減されており、身体が軽やかに感じる。
これならどんなに狂暴なドラゴンスレイヤーの魔獣であっても、入った瞬間に骨抜きになり、戦う意欲を失ってすやすやと眠りについてしまうだろう。
(勝った……! 俺はついに、異世界における【〇〇〇ボール】を完成させたんだ! これで俺は歴史に名を残す魔道具技師に——)
しかし、その歓喜はわずか数十秒で潰え去った。
(……ん?)
ローランはふと立ち止まった。
(……暇だな)
そう、暇なのだ。
空間は快適だ。温度も匂いも肌触りも最高だ。
だが、何もない。
テレビも、本も、スマホも、話し相手も、何も存在しない。
ただただ、心地よい空間が無限に広がっているだけなのだ。
(あ、あれ……? これ、最初は気持ちいいけど……10分もいたら発狂するんじゃないか……?)
刺激がなさすぎるのだ。
魔獣だって生き物だ。ただ快適なだけの無菌室のような空間に閉じ込められたら、精神的な感覚遮断によって鬱になってしまうかもしれない。
(い、いかん! 快適性のベクトルを間違えていた! 必要なのは単なるリラクゼーションではなく、適度なエンタメ性と主人の存在を感じられるインターフェースだ! 精神的結合の魔法陣を追記しなければ……!)
己の過ちに気づいたローランは、焦って空間の壁(らしき光の境界)を叩いた。
「おい! ルシア! 聞こえるかルシア! 出してくれ! 実験は成功だが改善点が見つかった! 出してくれぇぇぇっ!」
しかし、外には声が届かない。
ボールの密封性は完璧すぎたのだ。
(ま、まずい……! このボール、外からボタンを押してもらわないと開かない仕様にしてしまったぞ!?)
ローランの額から冷や汗が噴き出した。
外にいるのはルシアだ。
彼女がボタンを押してくれれば脱出できる。だが、もし彼女が「あいつ、少し懲らしめた方がいいわね」などと言って、このボールを放置したら……?
(俺は……一生この快適な無菌室で、心地よいラベンダーの香りに包まれながら餓死するのか……!?)
「ルシアああああっ! 頼むから出してくれぇぇぇっ!!」
絶叫するローラン。
その頃、外の現実世界では。
ルシアは手の中の紫のボールを、神妙な面持ちで見つめていた。
「……静かね」
ボールは何の反応も見せない。
ローランが生きているのか、それとも肉体が霧散して消えてしまったのか、外からは一切窺い知ることができなかった。
「……バカローラン。言わんこっちゃないじゃない」
ルシアの目から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
いつもそうだ。
子どもの頃から、ローランは思い立ったら周囲の迷惑も考えずに突っ走る。
川に飛び込んで溺れかけたり、爆発薬を作って小屋を吹き飛ばしたり、その度にルシアが巻き込まれ、後始末をさせられてきた。
でも、ローランの作る魔道具は、いつもどこか優しかった。
風邪を引いた時に作ってくれた「自動で温まるスープのスープカップ」や、暗闇が怖いと言った時に作ってくれた「星空を映し出す魔導ランプ」。
彼の思いつきは突拍子もないけれど、根底にはいつも「誰かを喜ばせたい」「世界を面白くしたい」という純粋な情熱があったのだ。
「……もし、ローランが死んじゃってたらどうしよう……」
ルシアの胸を、猛烈な後悔と恐怖が襲った。
いくら本人が「投げろ」と言ったからといって、本当に投げつけてしまうなんて。
もし彼がいなくなったら、この誰もいない工房で、私はこれからどうやって生きていけばいいというのだ。
「嫌よ……! 死なないでよ、ローラン!」
ルシアは両手でボールを強く抱きしめた。
「帰ってきてよ! 家賃だって、私が冒険者の依頼を倍受けて払うから! 天井の修理費だってなんとかするから! だから……戻ってきて!!」
ルシアは涙を拭うと、意を決してボールの中央にあるボタンを強く押し込んだ。
「お願い……! 出てきて、ローラン!!」
カチッ!!
ボタンが深く押し込まれ、球体が激しい光を放ち始めた。
◇◇◇
シュアアアアッ!
白い光の濁流がボールから溢れ出し、工房の中に広がった。
光の粒子が集まり、人の形を形作っていく。
「ふはっ!? 息が、息ができる……!!」
光が収まると、そこには床に四つん潰れになってハァハァと荒い息を吐くローランの姿があった。
「ローラン……!?」
「ル、ルシアァァァッ! 良かった、出してくれたんだな! ありがとう、愛してるぞルシア!!」
ローランはボロボロと涙を流しながらルシアの足元にすがりついた。
「な、何言ってるのよバカッ!」
ルシアは顔を真っ赤にしながらも、生きている幼馴染の姿を見て、胸を撫で下ろした。膝から崩れ落ち、ローランの頭をポカポカと叩く。
「よかった……本当によかった……っ! 生きてるのね……バカ……心配させないでよ……!」
「すまん……本当にすまんかった! 俺が浅はかだった! 快適性とは単に物理的な心地よさだけではないのだと、身をもって知ったよ!」
ローランは立ち上がると、ルシアの手をしっかりと握りしめた。
「いいかルシア! 〇〇〇ボールに必要なのは『Wi-Fi環境』と『ゲーム機』、そして何より『主人との絆を感じられる通話機能』だ! 閉じ込められた従魔は寂しいんだよ! 心の潤いが足りなかったんだ!」
「……は?」
ルシアの涙が、一瞬で引っ込んだ。
「だから俺は決めたぞ! 試作5号機【〇〇〇ボール・コネクト】の開発に着手する! 今度はボール内部に双方向映像通信魔法陣を組み込んで、いつでもボールの中の魔獣と『リモート飲み会』ができるようにするんだ!」
「……リモート、飲み会……?」
「そうだ! これで従魔のメンタルケアも完璧! さあルシア、さっそく次の資材を買うために……って、痛い痛い痛い! 耳引っ張らないで!?」
ルシアは無表情になり、ローランの耳をギッチギチと力任せに引っ張り上げた。
「……ローラン?」
「ひ、はいっ!?」
「あんた、私がどれだけ心配したか……分かってるの?」
「あ、あの、ルシアさん? 目が笑ってないというか、魔導リアクターみたいな威圧感がでてるんですけど……」
「天井の修理費。今月の家賃。それから、私が流した涙の損害賠償」
ルシアは引きつった笑顔のまま、腰の小剣をカチャリと鳴らした。
「今すぐ、街のギルドに行って『薬草採取』と『ゴブリン退治』の依頼を100件受けてきなさい。もちろん、怪しい魔道具は全部没収。今日からあんたは、ただの私の下僕兼、荷物持ちよ」
「えぇぇぇぇっ!? そんなぁ! 俺の発明が! 世界の〇〇〇マスターになる夢がぁぁっ!」
「つべこべ言わない! ほら、行くわよ『私の従魔』!」
ルシアは没収した紫のボールをポケットに押し込むと、ローランの首輪(服の襟)を掴んで、力任せに工房の外へと引きずり出していった。
「待って! 待ってルシア! ボールに入るのはもう嫌だけど、せめて研究の続きを……! ギャーッ! 太陽が眩しいぃぃぃっ!」
青空の下、青年の情けない悲鳴が響き渡る。
魔獣を快適にする魔法の球体が完成する日は、まだまだ遠いようだった。
お読みいただきありがとうございました!
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