突入⑩ -黒幕-
姿を現した人物を見て、誰もが驚きを隠せない。
「……え? どうしてここに?」
「どうしました? 皆さん怪我していますね。治療します、こちらへどうぞ」
清正達も突然現れた人物を見て言葉を失った。理沙も矢口を見て固まる。状況の理解は誰にも出来ていない。そんな中、矢口は普段どおりの口調で話す。
「ほら、理沙さんも検査しますよ。早く」
「ね、ねえ……どういうことなの? 兄さんは死んだんじゃないの?」
矢口は表情も変えずに淡々と答える。
「死にましたよ。志井鍵矢は死亡してます。そこにいるのは崎見総矢という人間ですよ」
「でも顔も声も同じだし。昔の記憶がある……私がいる記憶もあるのよ」
矢口は顎に手を当て、口にすることを躊躇うかのように答える。
「記憶ですか? 言い難いのですが……公にはされていませんが、記憶転写技術はかなり進んでいます。彼は家族の顔を覚えていないことからもあなたの兄である確証はありませ」
「矢口先生! 俺、思い出しました。父も母も、それにそこにいるのは確かに俺の妹、志井理沙です」
矢口は迷惑そうに総矢を見る。厳しい表情ではないものの、今まで目にしたことのある穏やかな表情とどこか一線を画したその冷たい眼差しに、総矢は身震いした。そんな総矢の表情を察してか、矢口はいつもの穏やかな表情で話す。
「ご両親の事も、理沙さんの事も思い出されましたか、それは何よりです。志井鍵矢さん」
総矢に向けて確かにそう口にした。それを耳にした理沙は顎を震わせて再度尋ねる。
「ねえ、どういうこと? やっぱりこの人は兄さんなの? 死んだって言ってたじゃない……私を騙していたの?」
「……」
「答えてよ、答えなさいよっ!」
理沙が矢口に向けて左手を突き出す。掌の上で青白い閃光が今にも弾けようとしている。
「……ま、ここまで協力してもらいましたからね。お話しくらいはお聞かせしましょう」
矢口は理沙の構えに恐れる事無く悠々と部屋の中を歩き始めた。乾いた靴音だけが響く。誰もが矢口に視線を向けたまま黙っていた。
「話の初めは……いえ、ここからだと長くなりそうなので今は掻い摘んでお話しましょう。私は10年以上前からこの超能力の研究に携わってきました」
総矢達は歩く矢口を警戒しながら、黙って話を聞いていた。
「数多くの方が理不尽に殺され、不幸な事故に巻き込まれて命を落としています。医師として多くの方を治療してきましたが命を落とした方、一生完治しない傷を負った方を見て、自分の無力さだけを感じ続けていました。その間に、後悔の念が心の底に静かに積もり続けてきました」
「後悔?」
「ええ。救えた命もあったはず、助けられた人間がいるはず、だと」
表情を全く変化させず、矢口は続ける。
「あなた方は全員、一度は自分の無力さを嘆いたことがあるハズです」
「……何? お前……まさか?」
煉の動揺には目もくれず、話を続ける。
「私が勤めていた病院に爆弾テロの被害者が急患で運び込まれたことがあります。ショッピングセンターで発生したテロは大人も子供も関係なく多くの方を傷つけました。目の前で失われる命、治し様の無い心と体の傷……」
矢口の言葉の重みに、誰もが口を出せずにいた。
「前々からあった疑問はそのテロ事件がきっかけで確信に変わりました。そしてその疑問の解決させる方法を理解しました。多くの人間を救うためには医療技術だけでは足りない、『力』が必要だと。それから私は命を繋ぐ医師として、命を守る研究者として求め続けました。そしてつい先日、求め続けたものを形にできました」
矢口は冷静に、だが喜びを隠し切れない様子だった。総矢は矢口の言葉に引っかかりを覚えた。
「……? ……形に、できた?」
「そうです。総矢君、あなたの遭遇したテロ事件の生存者のおかげで研究はほぼ全てが完了しました。超能力研究は私の求めたものとなったのです。そう、こんな風に」
矢口は掌を上に、意識を集中させる。緩やかに燃える炎が総矢達の注目を集める。総矢が声に出すのを躊躇っている間に煉が疑問を口にした。
「お前、総矢達のテロ事件……いや、それ以前からだな。俺や清正の時から政府の手助けで情報操作して、色々やらかしてやがったな?」
矢口はその質問に否定も、反論もせずに黙って口元に笑みを浮かべている。
「……当たりみてぇだな。そうか……てめぇか。ようやくだ、ようやく全てを終わらせられる」
煉も笑っていた。歪んで、恨みのこもったいびつな笑顔は事情を知らない第三者が見たら狂気そのものだった。