突入⑦ -被害者-
清正を先頭に奥へと進む。奥の部屋を初めて見た煉とみことは装置の中の子供を見て言葉を失い、目を逸らした。
「ひどい……」
「ああ、絶対……」
煉は自分の体のことも忘れ、部屋の壁を殴りつけていた。そのまま能力を使わず、分厚いガラスに向けて拳を突き出そうとした。装置の破壊を行おうとしていた煉を清正が止める。
「止めろ! 今のお前じゃ壊せない。自分を痛めつけて何になる!」
「うるせぇ! 確かにどうにもなりゃしねぇよ、でもこのままただ見てろって言うのか!」
「その怒りを今ぶつけてどうする! もう目的を忘れたのか! 俺達にはやるべきことがあるだろう!」
沈黙が続く。煉と清正は互いに睨み合っていたが、腕を掴む清正の握力の強さに気付いた煉が視線を腕に向ける。清正もまた、憤りを堪えていた。清正の胸中を察した煉はもう破壊衝動は抑えられていた。
「煉、行くぞ」
「……当然だ」
四人は更に奥に進む。巨大な装置の部屋の先には再び長い通路が現れる。両脇に等間隔にドアが設けられた通路は無人にも拘らず蛍光灯で明るく照らされていた。
「総矢、両脇の部屋を……」
「分かりました」
総矢が能力の効果範囲を広げ、両脇の部屋を探る。
(痛いよぅ……お父さん、お母さん)
(苦しい……息が、息が……誰か助けて、助けてよ!)
(痛ぇ……体中痛ぇし、足は動かねぇ……何なんだよこの薬! クソッたれ!)
総矢の頭に悲鳴が響く。痛み、苦しみ、怒り。様々な刺々しい感情が一気に押し寄せる。耐え切れずに膝を着き、口を押さえて吐き気を堪えた。
「大丈夫か? おい!」
「……大丈、夫です。両脇の部屋には人がいます。人体実験の被験者、被害者です。強引に連れて来られたり、薬で眠らせられてここまで連れられたり……こんな……」
総矢は立ち上がれない。『被害者』の単語を耳にし、煉の拳が硬く握られる。煉が炎を両手に灯し、一つ一つドアを破壊し始める。中の被験者達は苦しみに耐えながらも、ドアへと視線を移した。怒りに満ちた煉の姿を見て、苦痛と以上に恐怖を感じ、顔を強張らせる。
「……」
「おい、てめぇらさっさと外に出ろ!」
通ってきた部屋の方を指差し、怯える部屋の中の人間に指示を出す。
「この先から外に出ろ!」
だが、苦痛に苦しむ被験者達は行動を起こさない。怯えて部屋の奥へと身を隠すように退く。部屋から出てこないことに苛立ち、煉が壁を力強く殴る。鈍い音と振動が静まると、煉が叫ぶ。
「早くしろ! これ以上苦しみたくねぇなら言う通りにしろ!」
一人、二人と部屋から怯えながら外に出る。煉と目を合わせず、震えながら外に出た被験者は総矢達にも気付いた。身なりを見て、研究員ではない事に気付いて言葉を失っている。一人の男性が口を震わせながら総矢達に尋ねる。
「な、何ですか? わ、我々をどうするつもりですか?」
「俺達はこの施設を潰しに来た。皆さんはこの研究の被害者、ですね?」
清正の問いかけにぎこちなく頷く。確認した清正は再び後方の扉を指差す。
「研究に協力する意志のある人間は俺達の敵です。その意志がない人はその扉の先にある出口から外に逃げて下さい」
清正の発言に一斉に後方の扉に向かって歩を進める。信じられないという表情の者や、涙を流す者もいた。扉へ向かう者へ向けてみことが声をかける。
「1つだけ頼まれて。この先に気を失ってる子達がいるの。その子達も外へ連れて行って。ただ、催眠術で操られていたみたいだから起きた時には気をつけて」
一人の女性がみことの言葉に頷き、出口に向かって再び歩き始めた。総矢が一人の男性を引き止め、メモを手渡す。突然肩を掴まれた男は一瞬体を強張らせ、総矢に向き直る。
「え? な、何です?」
「これを。ここに書いてある所へ行って、こっちをそこの店の人に渡して下さい」
手渡したメモにはレイルの店の場所が簡単な地図と共に描かれていた。メモの中には小型のデータの記録媒体が包まれていた。煉がドアを破壊している間に作成したデータをレイル宛にまとめた物だった。能力を使い、少なくとも敵ではない人間である事と誠実さを信じてその男性に託した。被害者達が全員出て行った直後に、まるで待っていたかのようなタイミングで奥の扉が開いた。清正達が以前対峙した女性が素顔のまま現れた。