突入⑤ -捨て身-
「ん? 何だ? もう来やがったのか?」
煉が扉を破壊して清正の下に辿り着いた時には、清正は既に傷だらけの状態だった。避けきる事が出来ずに出来た切り傷は無数にあり、左義手は既に破壊されていた。膝を着いて男を睨み続けている。状況が思わしくないのは明らかだ。
「清正!?」
「ちょっと! 大丈夫なの?」
慌てた二人が声をかける。肩で息をしながら清正が答える。
「何とかな。気をつけろ。方法は分からないが、能力を強制的にキャンセルしてくるぞ」
ただ事ではない状況に気付いた総矢が、扉から顔を覗かせた。
「能力者の数でも数的不利、か。無理はすべきじゃねぇなかもだが」
男の言葉を無視して煉が炎を一直線に伸ばす。遠距離からの攻撃を察知しながら男は回避する素振りも無く突っ立っていた。煉が伸ばしたはずの炎は男にある程度近付くと煉の操作を離れて拡散し、男に到達する事は無かった。
「効果範囲は5メートルくらい、か。能力キャンセルか……クソが」
(何だ……全く読めない。あの男に対しては完全に能力が無効になる? だがそれなら……)
「煉、やめろ。俺の傷で分かるだろ? あいつは能力で攻撃してくるぞ」
煉は清正の言葉を聞いて頭を回転させる。思いついたように笑みを浮かべると小声で清正に尋ねる。
「……おい、お前の能力キャンセルされた時、あいつ自身は能力を使ったか?」
「いや。俺も考えはしたが、それを1人でやるにはリスクが高かったからな」
「今のお前じゃ手厳しいだろ。俺にやらせろ」
男がニヤつきながら歩いて距離を詰める。半身になり、左手を隠しながら煉が待ち構える。
「何だ? 死ぬ覚悟が出来たのか? お前は対象外だし殺しても構わねぇんだぜ」
「……対象外、ね。ホンットに安い台詞だな、小物臭がプンプンするぞ。あー臭っ!」
無表情での煉の挑発は小学生レベルだった。それでも男を苛立たせるには十分だった。男の表情が暗く、冷たくなったと同時に接近する速度を上げた。煉は男の動きを見ながらも左手への意識を集中させていた。男が手を無理下ろす瞬間、煉の左手から炎が出る。
(予想通りだ! 今だ!)
「死ね!」
男の指先から放たれた風刃が煉の体を正面から深く切りつける。鋭い痛みに仰け反りながらも煉は一気に炎を浴びせる。勝利を確信していた男は、油断しきっていた。炎が一気に全身を包み込む。痛みに倒れながらも煉は炎の操作を止めず、男に炎を絡ませ続ける。皮膚を焼かれる痛みで細かな風の操作が追いつかず、炎から抜け出せない。
「てんめぇ! ぐぁっ、このクソッたれがぁ!」
男は苦しみ、風を操りきれなくなった。もがく気力も無くなり、膝を着いて倒れ込んだ。男が倒れてからも煉は起き上がる素振りを見せない。部屋に漂う異臭に顔を顰めながら清正が煉に駆け寄る。
「おい、煉! 無理しすぎだ!」
煉は呼吸を整えていた。傷は覚悟していた物よりも深く、そう簡単には立ち上がれずにいた。切り口が広く、出血が止まらない。
「ハァ……大塚……傷、を……焼け」
「じょ、冗談でしょ?」
煉の目は真剣そのものだ。清正が煉の出血量と傷の深さを確認する。
「大塚さん、頼みます。これ以上の出血はまずい」
口元を震わせ、固まる。煉の目を再び見る。先程と変わらず真剣だ。観念したみことは震える手を煉の傷口へと近付ける。煉は清正に手渡されたタオルを口に咥え、呼吸を止める。みことの手が傷口に沿って動く間、悲痛な呻き声が部屋に響き続ける。絶えられずに総矢と清正は目を逸らす。呻き声が収まったと同時に清正が煉の体に水をかけて体を冷やす。体を瞬間的に痙攣させたが、そのまま煉は気を失った。
「もう……こんなことさせないでよ。やめてよ……本当に」
みことは煉の脇に座り込み、涙を流していた。