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決意

「実は私ね、あなたくらいの年の頃に父を殺されたのよ」

 老婆は何気なく笑顔で語り始めたが、その内容に鍵矢は驚いた。

「父は銀行に勤めていたのよ。毎日決まった時間に起きて決まった時間に家を出て、決まった時間に帰ってきてお酒を飲む、って生活していたの」

 他人に自分の思い出話をするのが久しく、老婆は楽しそうに話す。

「でもその日はね、いつもの時間に父は帰ってこなかったの」

「何があったんですか?」

「家でテレビを見ながら帰りの遅い父を待っていたら、ニュースで父の勤めていた銀行が出ていたの。どうしたのかと思って見ていたら銀行強盗が立てこもっていたの。じっとなんてしてられなかったから慌てて母と私は父の仕事先まで行ったわ」

「……」

 老婆の声が少し寂しげなものにに変わる。

「私たちが着いたときには、人質はみんな解放されていたわ。犯人が銃を乱射したらしくて怪我してる人がたくさんいたわ。でもその中で父だけが意識が無くて……」

「それで、お父さんは……」

「そのまま亡くなったわ。それに犯人には逃げられてしまったの。その時の私はね、恨むことで頭が一杯だったわ。父を殺した犯人もそれを捕まえられない警察も憎く思えて」

「誰だってそう思うはずです」

 これまでも冷静ではいたが、鍵矢は自分の中に怒りと悲しみがあることは理解していた。

「でもね、葬儀のときに同僚の方からお話を聞いたの。私たちの到着前に、まだかろうじて意識のあった父が『死人のために生きるな。自分が満足して誇れるよう生き方をしろ』と私に伝えてくれって」

「……立派な方ですね」

「ありがとう。私は父の残した最後の言葉を聞いて、自分が情けなく思っちゃったわ」

「情けない?どうしてですか?」

「人間だから悲しくなったり怒ったり、恨んだりもするのは当たり前でしょ。でもそのせいで前に進まないのはいけないことだと思うわ。その言葉を聞けなかったら私は父の死にとらわれ続けることになっていたと思うわ。」

 老婆の話を聞いていた鍵矢は、自分の父を思い浮かべる。顔は相変わらず思い出せないが、幼い頃に言葉通りとしか思えなかった父の言葉は思い出すことができた。

『前を向いて歩け、鍵矢。だが時には後ろを振り返れ。見えるものもあるかもしれないぞ。』

「前に……進む?」

「これも言われたことなのだけど、父が無念だったのは死ぬことじゃなくて、自分の死が私に悪い感情を植えつけてしまったことだって」

 鍵矢は自分の胸の中にも『黒』の感情があることを改めて理解し、複雑な顔をする。

「この気持ちは持ちすぎちゃいけないもの、ってことですね」

「そう。でもね、忘れてしまっていい訳じゃないの。ただ、悲しい気持ちや悔しい気持ちにとらわれ続けないで生きていかなきゃ駄目よ」

 老婆の言葉の意味が父のものと重なり、鍵矢は幼い頃に聞いた言葉の全てを理解した。

「そうか……父さんもこれが言いたかったんだな……」

「え?」

 突拍子もない鍵矢の一言に老婆は目を丸くする。

「いえ、なんでもないです。少しだけ昔を思い出したんです」

「そう。あなたのお父さんも立派な方だったみたいね」

 笑顔で告げる老婆の一言に照れながら鍵矢は頭をかいた。

(前を向いて、そしていつか自分が誇れるように。か……)

「悩み事はもうよさそうね」

 鍵矢の目を見て老婆は安心したように話す。

「はい。ありがとうございました。気持ちが軽くなりました」

(もちろん復讐じゃない。過ぎたことを追いかけ続けるんじゃない。全ては前に進むため。あの日『志井鍵矢』に起こった全ての事を知らなきゃならない。)

 鍵矢は手を固く手を握り締め、青い空をもう一度見上げた。

次回で病院での話は終わりにします。


※内容とは関係ありませんが、個人的な都合により1週間は投稿ができません。読んで下さっている方には申し訳ありませんがしばらくお待ちください。

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