進展⑩ -仮宿での特訓-
下階から上ってきたみことが総矢に声を掛ける。
「酷いでしょ。でも、ここに死体があったときはもっと酷かった。皆苦しみに悶えている表情だったわ。死因の殆どが失血死。存分に苦しめてから殺されたのよ」
「その……死体は?」
総矢は戸惑いながらみことに尋ねる。
「清正さんが能力で血を洗い流して、今は地下にいるわ」
「警察には? 何か手がかりを見つけて」
「警察にできるのは犯人を檻の中に入れることだけ。でもここ見て分かるでしょ?」
「この破壊は能力者によるもの。たとえ捕まったとしてもまた破壊して出てくる」
総矢の言葉に頷き、みことは付け加える。
「そう。それに目撃者は殺す。脱獄で更に多くの人間が死ぬわ。一昨日のあの男ならそうするはず」
「一昨日の奴……そうだ、清正さんも目が覚めたし、明日能力で知った時のこと話します」
「あぁ、あの時突然倒れたのはそういう事ね。火口さんが手がかりを探すよりトレーニングを優先した理由がやっと分かったわ」
総矢はみことに連れられ、煉とみことが仮宿にしているアパートの一室に向かう。その間にみことは煉に連絡を取る。
「火口さん、崎見総矢を見つけた。これから連れて帰るわ」
『おう、分かった。それじゃ後で……そうだ、こっち来る間、総矢に能力を使わせ続けろ』
アパートの一室で待っていたのは小さな炎で黙々と能力の訓練を続ける煉だった。煉の言いつけ通り、総矢は能力をONにしたままでいた。
「来たか。始めるぞ。2人とも準備をしろ」
「この部屋暑いし、汗臭いわよ。能力強化に夢中になって換気すらしないってどういうこと?」
みことが不満そうに言いながら窓を開ける。煉は総矢に駆け寄り、耳打ちする。
「昨日もそうだったんだが、あいつ物凄く小言が多いんだよ」
「まぁ綺麗好きなのはいいんじゃないんですか? 少なくとも汚れを気にしないよりは」
煉は口を開けて硬直している。表情があまりにも不自然だ。
(あれ? ひょっとして俺変な事言ったか? それにしても火口さんの顔すげぇな……)
「ほら、ボーっとしてないで。始めるんでしょ?」
みことは総矢の横に並び、煉に声を掛ける。
「それじゃまず大塚、昨日もやったが全力の炎を掌サイズまで圧縮、それを5分間維持。で、総矢は……」
「能力ONにしたままですから。言わずとも分かりますよ」
煉は薄く笑って頭の中で内容をイメージする。
(能力の持続時間の延長。確かに重要ではありますけど、その方法はちょっと……)
煉の考えた総矢の特訓は正に命がけのものであった。
「これが1番手っ取り早い。長期間あれば命をかけるまでも無いかもしれないが、今は」
「徹底的に集中する必要がある。効率良く能力を伸ばすには自身の命をかけるほどに精神を研ぎ澄ます必要があるって訳ですね」
煉が立ち上がり、炎を右手に灯す。
「始めるぞ」
「わ、分かりました」
煉に促され、総矢が立ち上がる。煉の炎が拳となり正面から総矢に向かって伸びる。攻撃を把握していたからこそ上半身を右に捻って避ける事ができた。連続して数発の炎の拳を繰り出し続ける。
(まだ余裕がある。いける。体がついていける範囲だ)
「いいぞ、その調子だ。もっと頭と体の反応速度を早めろ」
横ではみことが苦労しながらもようやく両手で握れる程度までの大きさまで炎を縮めていた。深く深呼吸し、目を閉じて集中することで一気に片手で握れる大きさまで縮める。その様子に総矢への攻撃を一時的に止め、みことに視線を移す。
(縮める時間が短縮されている。こっちもいい調子だな)
「ハァ、ハァ……やべっ、もう結構やば」
呟いた瞬間、総矢に向かって炎が伸びる。伸びた部分が総矢の右肩を掠めて焦がす。
(あっぶね!)
「気を抜くな、死ぬぞ。……よし、1分休憩したら再開だ」
総矢は能力をOFFにする。数回繰り返した頃には普段以上に体力と精神力が大きく削られていることに気付く。
(極限状態と気を抜いた状態を瞬時に切り替えるのは厳しい。だが休憩はしなければ持たない……想像した以上にこの特訓、辛いな)
「再開だ」
煉の一言で再び炎による攻撃を避け続ける。その間もみことは圧縮と変形の訓練を繰り返していた。総矢はその後も数度、繰り返した。休憩に入ると同時に体力の限界が近付き、総矢は膝を着いた。十分に回復する間もなく、1分間が過ぎる。
「再開だ」
煉が手を緩めない事も理解出来ていた。死なないために総矢は全力で避け、耐え続ける。何度も繰り返す内に、総矢は意識があるまま、体が完全に動かなくなり、その場に倒れた。うつ伏せのまま動かない総矢の首を煉が横に向ける。
「あれ? 何ですかこれ? 能力も使えない上に、体が全く動かないんですけど」
「だが意識はハッキリしてるな。OKだ。その状態に到達出来ただけで上出来だ。今日はそのまま休め。起きたら元通りになってるはずだ」
終了を告げられ、気が抜けた総矢はすぐに眠りに落ちた。
秋ですね。
私が四季の中で一番好きなのは
どれか良く分かりません。