進展⑤ -逃走-
女は口を開け、驚いた。だがすぐに先程以上に嬉しそうに口の両端を上げる。その動きだけで『正解』を意味することは判断できる。
「流石ね。といってもアレだけ受ければ分かっちゃうか。まぁ分かっちゃったならいいか」
女が手を向けると同時に煉は再び苦しみ出した。
「おかしいわね。さっきより強めにやってるのにどうしてそっちは平気なの?」
清正は大して痛がる様子もなく立ち上がる。
「知らないのか? 純粋な水ってのは電気をほとんど通さないんだよ」
清正の体は薄い水の膜で覆われていた。
「お前と同じだ。お前は電気を体に纏わせて電気的な刺激を与えて普段よりも強靭な脚力で戦っている。だが俺にはそんな付加能力はない。ただ単に電撃を防ぐだけだけだが、それで充分だ」
得意げに語り、清正は煉にも水の膜を生成する。
「俺と煉を優先的に攻撃していたってことは、厄介者をさっさと片付けようって魂胆だな。ということはどうやら俺達について詳しいようだな」
女性の口元から初めて笑みが消えた。先程以上の加速で一気に清正に接近する。みことは危機を感じ、自分達を炎の壁で囲った。が、炎壁の中一帯に放たれた電撃がみことの体を硬直させる。
「いつっ!」
僅かに炎が揺らいたが、途切れるほどではない。先程と比較しても殆ど攻撃を受けてはいない。
「狙いは悪くない。だがな」
清正がみことの体にも水の膜を張っていた。
「って~、お前は自分だけさっさと守りやがって。まぁ助かったが」
「感謝するわ。これなら十分戦える!」
みことが左手で炎壁を維持しながら、右手に圧縮させた炎を構える。清正は煉とみことの掌には水の膜が張られていない。そのために炎は自在に操る事が出来ていた。
「さて、これだけ痛めつけられたんだ。俺もやらせてもらうぞ」
煉も身構えた。三人は背を合わせ、みことが炎壁を解除すると同時に女の位置を確かめる。だが、屋上には誰もいない。風が開いたままの扉を揺らし、乾いた音だけを響かせている。
「逃げたの?」
「なんだと?」
「追うぞ! 急げっ!」
その情報は総矢も同時に把握していた。総矢は細い路地から出て駆け出した。
(外に出る可能性も、ある。それなら……くそっ! もう能力が限界だ!)
総矢は能力に使用できる体力の限界はすでに把握している。途中で眠りに着くわけにもいかず、総矢は能力をOFFにした。建物の裏手には人だかりは出来ていなかった。爆発の影響が大きく出ていたのは大通りに面していた入口側だけだった。総矢は再び身を隠す。
(相手は当然あの正面から出てくることはない。ということは裏の……来た!)
二階の窓が静かに開くのを気付いた。注意深く周囲を確認してはいるが、総矢が監視している事は気付いていない。躊躇いなく窓から飛び降り、静かに着地する。
(このままじゃ上の3人は間に合わない。能力も使えない状況じゃ危険だが、引き留めるか)
総矢は何食わぬ顔で堂々と女のいる通りに姿を現す。着地後に屈みこんでいた女性は警戒心から素早く反応した。総矢に向き直る前にすぐさま仮面を外して持っていたハンドバッグにしまう。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
総矢は屈みこんでいたところを見て、心配した男性――を装った。
「あ、いえ。ちょっと小銭を落としてしまっただけです」
「気分が悪いのかと思いましたよ。ここは人通りも少なし、女性1人じゃ危険ですよ」
歩み寄るうちに互いに顔が徐々に鮮明になる。だが、女の立ち位置は街灯によって生まれる陰で総矢からは見難い。女の放つ雰囲気から、総矢は奇妙な感覚に陥った。
(ん……? 何だ? 電気の能力の影響か?)
先に総矢の顔を認識した女は別の反応を示す。怯えるような、驚くような、そんな表情だ。
「え? ウソ……だって……」
女は体を翻し、走り出す。総矢は慌てて手を伸ばす。
「え、ちょっと? 何も逃げなくても」
総矢の手は届かず、不格好に手を伸ばす態勢になった。すぐに後を追って走り出すが、角を曲がった直後に姿が確認できなくなっていた。総矢の携帯が鳴る。