調査⑪ -地下潜入-
「よく当てられましたね」
「バカにしてるの?」
「大して狙いを定めたようには見えなかったんですが、その一瞬であそこまで正確に狙えるものなんですか」
「普通に褒めていたの? ごめんなさい。性格のねじ曲がった人間とよく話すからいろんなことが皮肉に聞こえちゃって」
総矢は納得し、深く頷いた。柱の影の隠しスイッチを押し、眠った男の指紋でセキュリティを解除し、扉を開ける。すぐに目覚めた場合に備え、男を元の座席に座らせてから二人は地下へ向かう。
「それから? この先はどういう構造?」
「俺はここまでしか知りません。こっから先は、」
「出たとこ勝負ってことね」
玲子が嬉しそうな顔をしていることに気が付いた。以前に遺伝子研究所で見たどこか気品のある振る舞いとは別で、子供っぽく目を輝かせている玲子を不思議そうに見てしまう。
「随分長い……ん、何? 新人さん?」
「あ、いえ、何でも無いです。あの、その呼び方止めてくれませんか? どうにもしっくり来ないんですよ。『崎見総矢』って名前ですから」
「知ってるよ。それなら『総矢』でいい?」
「それでお願いします、柏木さん」
「ちょっとそ」
総矢に対して玲子が何かを言おうとしたが、その瞬間、エレベーターが停止し、扉が開く。二人は緊張し、互いに黙って正面を向く。開いたエレベーターの扉の先には作業服ではなく、白衣を纏った女性が立っていた。
「あら? あなた何でそんな格好を?」
総矢は凍りついた。地下に到着した途端疑いの視線を向けられた事に同様を隠せない。
(いきなりかっ! マズったか、この場合はどうしたら……)
玲子に視線を送る。その反応に気付いた女性も玲子に視線を移す。やれやれとため息をつき、玲子は目の前の女性に訳を説明する。
「実はさっき上でコーヒー飲んでいたんですけど、私の不注意で彼の白衣が……それで仕方なく彼、ロッカーに置いていたこの作業着に着替えたんです」
もちろん嘘だ。だが、動揺した総矢の視線の移動が、玲子自身に原因があることを話すことを躊躇ったかのような印象を与え、相手の女性は話を信じてそれ以上の追及をしてこなかった。
「そうでしたか。すみません疑ったりして。何しろここの守秘義務が厳しいですからつい私たちも神経質になってしまうんですよ」
疑いが晴れたことで、冷静さを取り戻した総矢はすぐに能力を使って女性の思考を読み取る。
『でもこの人達、見ない人ね。でも最近どんどん地下の部署の人間が増えてるし、実機整備の人なら私が合うことも滅多にないかも……』
「いえ、気にしないで下さい。でもこんな格好してたらただでさえ実機整備で汚れる仕事多いのに更に押し付けられそうですよ」
苦笑いしながら総矢がそう言うと、女性も口元に手を当てながら笑った。
「ふふっ、それは大変ですね。でもしっかり頑張ってくださいね」
『整備担当の人、みたいね』
そう言い残し、女性はエレベーターに乗って一階へと上っていった。エレベーターの女性を見送った総矢は気付かぬうちに口元が緩んでいた。
「……今の人、綺麗だったね。だからといって、いつまでもそんなだらしない顔してるとまた疑われるよ」
表情が一気に硬くなる。
「わ、分かってますよ」
「本当かしら。総矢はひょっとしてメガネ好き?」
「え、え? なな何ですかいきなり?」
動揺が玲子に決定的な事実を確信させた。
「まぁいいわ。それよりさっきの『実機』って何? まだ何か知ってることがありそうじゃない」
唐突に表情を真面目なものに変え、総矢に尋ねる。
「流石に話さないわけには、いかないですよね……簡単に言うと、さっきの人の思考を読み取って、話を合わせただけです」
「はぁ? いやでも……思考の読み取り……脳波の受信……電気信号を自分で……いえ、感知ならともかく瞬間的に………」
ぶつぶつと独り言を言いながら考え込んでしまった。放っておくといつまでも考え続けていそうだ。
「ま、まぁこれについてはまた今度にして。とにかく今はやるべきことをやりましょう」
「いけないいけない、そうね」