会話
「……ん……んあ……」
目を覚ました鍵矢の左腕は包帯が巻きつけられていた。
「え~と……あれ?」
何が起こったのか頭の中を整理する。
(確か俺は大塚さんの部屋へ行って……炎を……)
冷や汗が流れる。咄嗟に前後左右を確認するが危険は無い。あるのは矢口から鍵矢に向けられた、冷たい視線だけであった。思わず目を逸らす。テレビで現在時刻が午前九時であることを確認してから引きつった笑顔で話しかける。
「お、おはよう、ございます?」
「……」
「あ、あの……先生?」
「何ですか?」
「え~と、その。う、腕の治療ありがとうございました」
「本当に恩を感じているなら本当のことを話してもらえますか?」
呆れ気味の矢口はため息混じりに尋ねる。
「その火傷、大塚さんと関係がありますね?」
鍵矢の表情が硬くなる。
「は…話す前に大塚さんが今どうしているか教えてもらえませんか?」
「あんな状態の部屋が出来上がる理由も含めて色々お聞きしたいのですが…今も眠り続けています。丸1日経過しても目覚めません。だから話もロクに聞けないんです」
焼け焦げた部屋を想像し、殺されかけたことを思い出す。眠り続けていることを聞き少し安心すると同時に矢口の言葉に驚いた。
「丸1日?え?」
「君は丁度30時間程ですね。時々は見に来ましたが常にうなされていましたよ。大塚さんもそうでしたが、かなり疲労が溜まっていたようですね」
(体力よりも精神的に疲弊したんだろうな。無理もないか)
「それで?何があったんですか?」
「あ~、分かってますよ。話します。だから顔あまり近づけないで下さい」
険しい顔で迫る矢口を押し返し、鍵矢は一昨日の夜のことを話した。鍵矢の話を聞いていた矢口は終始黙り込み、ただ頷くだけであった。
「なるほど…まさか大塚さんが。そんなことを……」
「こんな話なんか信じられないですよね?」
「その、手から炎……でしたっけ?未だにそちらは信じられませんが」
「……ですよね。立場が逆なら俺も信じちゃいないと思いますよ」
肩を落とす鍵矢。
「ただ、ありそうな話だとは思います」
矢口の思いもよらない言葉に顔を上げる。
「今回のテロのように奇跡的に助かった人間が、普通の人間が持たない特殊な力を手に入れる、というのは耳にしたことがありませんか?」
鍵矢が胡散臭そうに尋ねる。
「先生は医師ですよね?医学的に見て、そんなことあるんですか?」
「立証はされていませんので今の段階ではない、と言わざるを得ませんが……」
短い沈黙が生まれる。
「……まぁそこは信じなくても構いませんけど、とにかく大塚さんには注意してください。それと、大塚さんが目を覚ましたら俺にも教えてもらえませんか?」
鍵矢は改めて矢口にそれだけを伝えた。
「わかりました。ただし、これ以上私に隠し事はしないで下さい。いいですね?」
そういい残して矢口は部屋を出た。
病院から遠く離れたビルの屋上で一人の男が双眼鏡を覗いている。懐に入れた電話が鳴る。
「……もしもし、俺だ。……いや、まだ眠っている。……了解した。」
電話を切り改めて双眼鏡を覗く。
「……まだ変化なし、か。」
『ヤツらを解放せよ。』を見に行きたいです。