調査⑦ -部署-
トイレの個室で総矢は携帯を開いていた。
(今日の正午に調査隊が潜入開始だったな……それから、現在位置は……ここか)
潜入隊の一人が共同研究を行う建物は現在総矢がいる納品所から南へ約三百メートル、西へ約五百メートルといった所だ。
(中々距離があるな……作業服を着ているからそんなにばれる心配は必要ないかもしれないがそれでも注意して進むべきかもしれないな)
総矢は携帯を片付け、納品所を出た。目的の研究場所までは数名の従業員とすれ違ったが何事もない。作業服の効果は総矢が考えていた以上のものだった。目的の建物に到着すると、総矢は人に見つからないよう注意しながら内部を探る。
(この建物に共同研究で入るということはここにも『何か』はあるはずだ)
建物の案内板には一階から三階までの部屋の配置、管理人の連絡先等がまとまって表示されていた。建物内部は不気味なほど静かだ。いくつかの部屋には人がいたものの、廊下には音が殆ど聞こえない。総矢は警戒しながら、一階から順に建物の調査を開始した。
(……この部屋で一階が終わりか。大した情報はなかったな……)
調査を始めて五分程経過した頃、総矢は一階の端、廊下の突き当たりにある部屋に足を踏み入れようとしていた。殆どの部屋は施錠され、調べる事すらできずにいた。最後に向かった部屋の戸に書かれていたのは『危険、関係者以外立ち入り禁止』の札が掲げられている。だが、その部屋に明かりは点いておらず、無人であることが伺える。
(鍵は、ダメ……じゃない? 開いてる?)
ノブを回すと、戸は滑らかに動く。数センチ手前に引き、そっと中の様子を伺う。
(人は……いない? ここだけ施錠するのを忘れたのか?)
中に入り、周囲を見渡す。用途の分からない機材や見たことの無い形状の器具が部屋の端に並べられている。
(……? ここは何を研究して、ん?)
部屋の戸が突然開き、二人の男性が入ってきた。総矢は巨大な機器の陰、運良く部屋の入り口からは死角となる部分にいたために突然の来訪者にすぐさま見つかる事だけは避けられた。
「そういや、ココの203号室にいつもいた新田さんも異動だって」
「あ、ひょっとして例の部署か? 最近あの部署に異動ってのよく聞くよな」
「ああ。しかも何をやってるのかってのは社内の人間にさえ口外するなってよ」
「そうそう。社内の人間にまで隠してどうするんだ?」
「俺に聞くなよ。社外にはその部署の存在さえ知られちゃならないってさ」
「つまり今日からここに来る外部の人間に知られるなって事だよな」
「まぁ、下手なこと言わない限り知られはしないだろ……あったぞ」
「こっちも見つけた。じゃあ戻るか、今度はちゃんと施錠しろよ」
研究員の一人は総矢のすぐ傍に置いてあった機材を手にすると、総矢に気付くことなく入り口へと歩き始めた。二人が部屋の外に出てから戸を施錠する音を聞いた後、総矢はその場に座り込み、安堵のため息をつく。
(っぶねー! 見つかるかと思った。社内秘の部署か……そこに間違いないな)
総矢は携帯を取り出し、時間を確認する。時刻は午前十一時十五分。潜入隊が来るまではまだ時間がある。
(……上の階も調べておくか。いや、203号室の人が異動って言ってたな……)
立ち上がり、総矢は部屋を出た。だが、扉からそっと顔を覘いた瞬間、思考が停止した。
「なん……だ……?」
先程部屋を出て行った二人が部屋を出てすぐの所に倒れている。廊下の更に先にも倒れている人影が見られる。
(何が起きてるんだ? 向こうの人はさっきいなかったはず)
総矢は倒れている二人に駆け寄り、首に手を当てる。
(脈はある。さっきと同じで気を失ってるだけか。騒ぐ声もなかった、つまり抵抗する間も無くってことか?)
総矢は倒れた二人を廊下に座らせ、すぐにその場を離れ、上階へと向かった。それ以降は逆に203号室まで人が一人もいないという状況だった。建物内は静まり返り、物音一つしない。先程まで聞こえていた機器のわずかな振動や音さえ感じられない。
(……何が起こって、いや、何も起きていないのか?)
疑問に感じながらも総矢は203号室の中へと入る。部屋の中は機器だけでなく明かりも消えている。だが、
(足音! ……誰かいる! よし、能力を)
部屋が静かすぎたために、微かな足音でさえ総矢の耳に届いていた。足音でさえ聞こえる状況は、逆に部屋の戸が開いた時の音も足音の主の耳にも届いていた。足音の主は総矢に向かって静かに歩み寄っていた。