兆候
「あっぶね!」
間一髪。鍵矢目掛けて飛んだ炎が床を黒く焦がす。
「へぇ、なかなかうまくかわすじゃないか」
笑いながらみことはテンポよく鍵矢に向け炎を投げ続ける。投げつけられた炎の一つが鍵矢の左腕を包にこんだ。強烈な痛みで床に倒れこむ。
「ぐぁぁぁぁ!」
「やっと当たったよ。動く的がこんなに難しいとはね」
(痛い! 熱い!)
「すぐに楽にしてやるから動かないでね」
みことが手にした炎は刀へと形を変えた。ゆっくり歩み寄るみことを前に、鍵矢は恐必死に後ずさる。部屋の端まで追いつめられ、恐怖し、目をつぶる。
(俺は死ぬのか……こんなところで……死?)
「何か言い残しておきたいことはあるかしら?あるならハッキリ言ってみなさい」
死を意識した途端、鍵矢は自分の中で何か変化が起こるのを感じる。
「……分かる」
顔を上げた鍵矢の目は先程とは明らかに違う。みことは足を止めた。だが鍵矢は片腕が使い物にならない只の一般人、みことは『力』を持つ人間。自分の優位さを再確認し、みことは再び鍵矢に歩み寄る。
「じゃあ私を倒すしかないねっ!」
炎の刀は空を切る。鍵矢は左手を抑えたままみことの真横に立っている。
「……え?」
動きが完全に見切られている。鍵矢の目が先程より冷たい。その目を見たみことは奇妙な感覚を感じた。
「…分かる…」
再び呟く鍵矢の一言が更にみことの恐怖を駆り立てる。咄嗟に鍵矢から離れ、炎を数発打ち出す。鍵矢は動じることなく緩やか、しかし的確に避けながら歩く。
(なに……これ……)
その様子に焦り、無我夢中で炎を鍵矢に向かって投げ続ける。だが、一つとして鍵矢に当たることは無かった。
「な、なんなのよコイツ、うっ……」
投げながら言葉を発したその時だった。今まさに投げようとした炎が掌から消え、同時にみことは意識を失った。
「エネルギーの使いすぎか……。ん……ぐっ?」
鍵矢が普段の自分の感覚に戻るのを感じる。感覚が戻るのに伴い、先程まで消えていた左腕の痛みと急激な疲労が鍵矢を襲う。
(俺にも疲労が……?早くこの部屋から出ないと。いつ目を覚ますか……)
「って扉が! そうだった……」
鍵矢は部屋を見渡す。焦げだらけの部屋の中で無事なのはベッド周辺の物くらいなものだ。ベッド脇の窓から下を見る。飛び降りたら無事では済まない高さであることは明白だった。
(……これしかないか)
鍵矢はシーツとカーテンを結び始めた。さらにシーツの先をベッドの足に結びつける。それだけでは到底地上には届かないが三階の窓と同じ高さ程度には届いた。火傷した左腕をかばい、何とか右腕だけで三階の高さにたどり着いたものの窓には鍵がかかっていた。
(窓際にベッドは……ない。よし割って入るか)
反動をつけようと窓を軽く蹴る。だが窓を蹴った瞬間、シーツが音を立てて破れた。
(うっそ。マジ……かよ?)
鍵矢は地面に激突することを覚悟したが、幸運にも大木の枝に体が引っかかる。
(た、助かった……)
何とか無事に地上へ降り、病室へ戻ることはできた。病室へたどり着いた途端、左腕の痛みがあるにも関わらず鍵矢は自分のベッドに倒れこみ、意識を失った。