捜索⑤ -逃走-
みことは長く目を閉じ、手を合わせていた。だが、黙祷を終えて振り返った瞬間、木の陰で動く『何か』に気づきそちらに顔を向けた。
(え、人?)
顔を向けたと同時に目が合った。見覚えのある目だ。つい昨日その男の話をしたばかりなので名前はすぐに口に出る。
「……志井、鍵矢……?」
呟きは総矢には聞こえない。だが驚いた表情からみことが自分の存在を認識したことは読み取れる。
(しまっっった! 最悪のタイミングじゃねーかっ!)
総矢はすぐさま再び木に身を隠す。ゆっくり再び慰霊碑のほうを覗き見る。大塚みことがこちらへ向かって来ている。その後方には慰霊碑の傍で手を合わせている人間がいる。
(まずい……一般人もいる。巻き込むわけには……仕方ない)
嫌なイメージが頭に浮かぶ。それを振り払うよう首を振り、総矢は決断した。目を閉じ、意識を集中させる。
(……! よし、これで見なくても攻撃のタイミングは分かる)
総矢が『能力』を使用し始めた。その間もみことは静かに歩み寄ってきていた。総矢が隠れる木の元までやってくると、みことは右手に炎を灯す。その炎は掌にピッタリと吸い付くように薄く、広がった。その手を一気に木へと突き出す。
(……今だ!)
木はみことの手により紅葉型に焼け焦げた穴を開けた。総矢は真後ろからの攻撃にタイミングを合わせて避けると、みことの脇をすり抜けて全力で逃げ出していた。
(避けた!? また? なんで分かるの?)
みことは呆気に取られ、次の攻撃を繰り出しそびれた。振り返りながら左手に炎を灯した。だが、視界に無関係の人間が飛び込んだと同時にみことは手を止めた。
(……ここから攻撃してもおそらく避けられる。無駄に目撃者増やす必要もないわね)
残った選択肢は一つだった。みことは総矢を追って走り出す。
後ろを軽く見た総矢はみことが追ってくるのを確認した。
(よし、予想通り。あとは何とかして人気のない場所まで移動すれば……)
総矢は走りながら携帯を取り出し、周辺の地図を検索した。
(どこか早く見つけないと。……じゃないと体力が持たないな!)
総矢は地面を蹴る度にブレる画面を必死に凝視していた。
(えと、えと……ん? あれは防塵用のカバー……?)
走る前方に工事が行われている建物を見つけた。その建物を取り囲むように「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた金属壁が立ち並んでいる。だが、物音は全く聞こえない。
(ここしかない。迷っている時間は無い)
総矢は立ち止まることなく中へと駆け込む。その様子を追いかけながら後ろから見ていたみことは正直驚いていた。
(自分が危ない状況だっていうのにわざわざ人目の無いところへ? 人混みに向かえば私だって迂闊に『能力』を使えないとか考えないの?)
自分に好都合な状況だが、みことは逆に苛立ちを感じていた。
「ハァ、ハァ……体力が……くそっ」
二階のある一角。柱に寄りかかり、総矢は座り込んでいた。『能力』は使用していない。正確には『能力』を十分には使えない況だった。後ろから追ってきているみことに対し、油断はできない。かと言って後ろを見ながら走るわけにもいかず、総矢は逃げている間、能力を使い続けなければならなかった。だが、薄暗くて死角も多いこの廃墟の中に逃げ込めたのは幸いだった。見つからないよう休めばある程度落ち着くこともできるし、うまくいけば見つからないよう脱出も可能かもしれない。――という総矢の考えは甘かった。
「出てきなさい! 出てこないならこの建物ごと焼き払うわよ!」
みことが入り口で叫ぶ声が中に響く。
「おいおいおい、本気かよ?」
実際、総矢が逃げ込んだ廃墟はそれほど大きくは無い。大きくないとは言え、三階建てのこの廃墟を焼き払うには相当の火力が必要だ。だが、みことが言うように廃墟ごと焼き払われる可能性も十分に有り得る。
(さて、どうするべきか……)
悩む時間はそう無かった。みことは総矢の返事を待たずに建物の内部へと炎を投げ入れる。殺すべき相手以外誰もいない、誰も見ていない。その状況がみことに能力の全力使用を促した。病院では他の階の人間に知られる危険を自然と考慮してしまい、自身で気付かない間に能力に制限を掛けていた。初めての全力――それはみことの想像を超えていた。
――投げ入れられた炎球は廃墟の一階に深く入り込むと一気に膨張し、一瞬で一階を炎の海に変えていた。
もういくつ寝るとお正月?
という訳で来年もどうぞよろしくお願いします。
『捜索』編の完結までまだまだかかりそうです。