護衛⑦ – 価値 -
リゼと優衣は使用されていない狭い一室へと移されていた。外から鍵をかけられ、外には出られない。
「総矢さん……なんで……?」
「ロブまで……そんな……」
二人は絶望し、座り込み、泣いていた。信頼していた人間に裏切られたという事実は二人の心に深い傷を負わせていた。どれほど泣いたのか自分達で分からなくなってきた頃のことだった。
――コンコン――
不意に聞こえたドアをノックする音。二人は涙でぐちゃぐちゃになった顔をドアのほうへ向ける。鍵が開く。緊張のあまり二人の涙が止まった。ドアが開くと同時に先程リゼたちを連れてきた男が部屋の中へ倒れこむ。
「……っ!!」
二人は驚き、後ずさった。が、次にドアの影から現れた人物を見て、不安は安心へと変わった。
「待たせたな、ヒーローの登場だ。少し手間どっちまったな。それで、総矢は?」
店にいるときと全く変わらない様子だ。優衣は安堵の涙を浮かべ、レイルにしがみ付く。大声で泣こうとする二人の口に指を当てて、倒れたままの男に一度視線を向ける。
「分かるな。大きい声はあまり出すなよ……ん~仕方ねぇ、念のため縛っておくか」
レイルはどこからともなく取り出したロープで男を縛り、更に目を隠してから口を塞ぐと最終的に部屋の中に吊るし上げた。手際の良さに加え、どこか楽しそうなレイルを見ていた優衣とリゼは顔を引きつらせる。
(レイルさん……正義の味方のやることじゃ……ないですよね?)
(この人……こういう事に慣れているのかしら……?)
レイルの行動のおかげで二人の涙は止まっていた。もちろんいい意味ではないが。
「……よし。こんなもんか。んで、総矢は?」
『総矢』の名前を聞くと二人は再び顔を曇らせる。リゼが悔しそうに口を開く。
「……あの人も私達の敵だったのよ……今どこにいるかなんて、知らないわ!」
二人の様子にレイルは苦笑いしている。
「んじゃ次の質問。君らその『敵』って見たんだよな?何人だった?」
レイルの質問に訳が分からず目を丸くし、二人は顔を見合わせる。
「全員かは分からないけど……確か6,7人だったと思う」
それを聞いたレイルは軽く頷く。
(それならもう終わってそうだな)
「よし、んじゃ行こうか」
レイルに手を引かれ二人は立ち上がる。レイル達はそのまま部屋を出て歩き出した。
リゼの父親が対面して座っていた館長に書類を差し出す。書類に目を通してから、笑顔で答える。
「……うん。書類に不備は無さそうですね、ご苦労様でした」
「満足したなら早く私と娘を解放して……」
リゼの父の言葉を遮り、館長が笑いながら話す。
「お嬢様はたいそうこの国が気に入られたようです。お友達もできたようですよ。どうでしょう?しばらくこちらでお預かりしても構いませんが」
その言葉を聞き、怒りが込み上げ思わず拳に力が入る。
「貴様、人質のつもりか?」
「いえいえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、お嬢様もそろそろ親離れに慣れておいた方がよろしい年頃か、と思っただけですよ」
我慢の限界を超えた。リゼの父親は勢いよく立ち上がり、椅子が音を立てて倒れた。だが、振り上げた拳はリゼの父の後方に控えていたロブが押さえていた。
「落ち着いてください」
淡々と話すロブに対し、怒りの矛先を向ける。
「黙れっ! 貴様も何故こんな事に加担している!」
「……説明してもあなたには分からないでしょう」
「分かるわけが無いだろう! 貴様らのような犯罪者の事など!」
「違います。貴方のように初めから上にいる人間に分かるはずがありません、と言っているのです」
「何だと?」
「初めから上にいる貴方は上にいない人間を分かっていないのですよ」
「……?」
「金が必要なんです、我々のように上にいない人間には。権力すら金で動くこの時代は特にね」
館長が立ち上がり、ロブ達に歩み寄る。
「そう、我々だって手に入れたいと思うのは当然だ。地位も金も、何もかも。だが皆が貴方のように恵まれた存在である訳ではないんです。手に入れるために、こうでもしなければならなかったんですよ」
館長は変わらず笑顔だ。だがその笑顔には恐ろしいほどの嫉妬が滲み出ている。館長からロブへと視線を移し、改めて尋ねる。
「ロブ、お前もこいつと同じ考えなのか?」
「……言い訳はしません。金が必要なことは同意します。一刻も早く必要なんです」
「そう、彼は金のために君を裏切り私に協力しています。貴方たちより金を優先したんです。いつ変わるか分からない『人』よりも常に最低限の価値を持ち続ける『金』を選ぶ彼の判断は賢明なものと言えるでしょう。……聞いているんですか?」
唖然として固まったリゼの父を館長が突然殴った。倒れたリゼの父に言葉を続ける。
「どうだ? 自分の価値が金に劣ることを思い知らされた気分は?」
殴られた際に切れた口元を手で拭うと肩で笑う。圧倒的に不利な立場にいるにも関わらず、今度はリゼの父は笑みを浮かべながら反論した。
「……まさに金の亡者だな。金と人を比べるとは……救いようもない愚かさだ」
館長の表情が一変した。彼は弱い立場の人間に舐められるのが許せなかった。館長が目を見開いてリゼの父親を睨む。自分の机の引き出しを開けると、銃を取り出した。リゼの父親へ近づくと、銃口をリゼの父の額に押し当てる。
「……それが、密輸したっていう武器の1つですか。流石にそれは物的証拠になりそうですね」
引き金に指をかけた瞬間、部屋の入口から声が聞こえた。館長は視線を声の主へと向ける。武器を手にした総矢がドアのところに立っていた。
33話かなり長くなってしまいました。
短くまとめるといいましたが、無理でした!