護衛⑤ - 芝居 -
総矢達の目の前で車が停止する。
「お嬢様。乗って下さい」
「えぇ。ユイ、ソウヤ、短い時間だったけどありがとう。それじゃ」
手短に挨拶し、車に乗るリゼ。だが、リゼの手を掴んで離さない手があった。
「ユイ? ……ごめんね、もう一緒にはいられないの」
「ダメッ! 私も行く! 一緒に行く!」
(優衣……ちゃん? 一体どうしたんだ?)
「なりません。今、大使館に無関係の一般人を引き入れることはできないんです」
「関係あります! 私はリゼの友達です!」
「ロブ、大使館の前までなら一緒でも……」
優衣の尋常じゃない様子にリゼはそう提案した。
「……分かりました。早くお乗りください」
「総矢さんも早く乗って」
「あ、あぁ。分かった」
全員が車に乗ると、車は走り出した。車内では大した会話もなされない。リゼは不安そうにずっと俯いていた。優衣はかすかに震えながら総矢の服の裾を握り締めている。
(……優衣ちゃんが明らかにおかしい。でもこれほど信用してないと俺まで少し疑ってしまうな。少し気が引けるが、どうにかロブの腹の内探れないか……)
「……あ」
思わず総矢は一文字を口に出してしまった。一斉に総矢に視線が集まる。
「どうかなさいましたか?」
ロブに尋ねられ総矢は動揺を隠しきれない。
「いや、なんでもないんだ……別に……」
総矢は目を閉じ、必死に記憶を呼び起こす。
(思い出せ、あの感覚だ! 病院と研究所でのあの感覚だ! あの時、俺は確かに相手の考えが分かっていた。今までで2度もあったんだ。今だって……)
目を閉じると必死に回想し、イメージする。病院で燃やされかけたときの事を。遺伝子研究所で思い切り殴られ、口から血を吐いていたときのことを。
(あの時の感覚……あの時の感覚……痛みも、苦しみも全部だ……思い出せ)
全身の皮膚がざわつく。その時、体が何かに浸かるような不思議な感覚に襲われた。
『……この2人は邪魔だな。だがリゼを見つけはした。これで報酬は俺の……』
(……分かる。分かるぞ! まさか本当に……だが確かに現実に分かる)
『……それにこれで、当分は我々の行動に口は出せないだろう』
その状態でしばらく総矢はロブの心を静かに聞いていた。傍から見れば只座っているだけだが、その間、総矢は恐ろしいほど体力を奪われていた。大方の事を理解した総矢は力を抜いた。同時にロブの心は聞こえなくなった。
(自分の意思でOFFにもできる……にしても、そういうことか……)
理解した総矢は隣で震え続ける少女を見て、改めてその洞察力に感心した。深呼吸すると、総矢は優衣に小声で話しかける。
「……俺に少し話を合わせてくれ」
優衣は震えを止め、疑問の視線を総矢に送る。総矢は口元だけ笑うと運転中のロブに話しかける。
「ロブ、さん? ちょっと止めてもらっていいか?」
「どうなさいましたか?」
「この子、少し気分悪いみたいなんだ。ちょっと休ませてあげてほしいんだが」
「……分かりました。そこの店に一度止めます」
(よし、このまま2人を降ろして……)
ロブは内心喜んだ。表情には出さなかったもののチャンスが来たと確信した。だが、
「リゼ、ちょっと付き添ってやってくれないか? 途中までは俺もついていくが、一緒にトイレにまで入るわけにいかないだろ?」
「ええ、分かったわ」
総矢の一言でリゼまでも降りることになり、苛立った。だがこれも表情には出さない。
(ちいっ、余計なことを言いやがって!)
「お急ぎ下さい」
車を停めたロブに急かされ、三人は店へと入っていった。ロブの目が届かない場所まで来たことを確認すると、総矢は歩きながら話を始めた。
「優衣ちゃん、ありがとな」
「……いきなりどうしたんですか?」
「え? ユイ? 気分が悪かったんじゃ……」
「悪いな。少し優衣ちゃんには芝居してもらっていたんだ。理由は後で説明するから」
総矢は二人に背を向けて少し距離をとる。携帯を取り出し、レイルへと連絡する。
「はいよ。どうした? 俺はもう駅に到着するぞ?」
通話口から呑気な声が聞こえる。
「俺達はこれから大使館に向かいます。それから、先に話しておくことがあります……」