生存者
病室に戻った力ない鍵矢の姿を見て隣のベッドの老婆は言葉を失った。
「……」
「先生、何かあったのですか?」
「彼の個人情報に関るので本人の了承を得ないとお話できません」
老婆は鍵矢に心配そうな表情を向けた。鍵矢は無理に笑顔を作って老婆に声をかけた。
「ありがとうございます。僕は大丈夫です……」
「無理しないで下さい。とにかく話の続きはまた明日しましょう」
「……はい……」
その夜、眠りにつけない鍵矢は暗くなった病室の天井を見つめていた。昼間とは異なり、気持ちが落ち着いたため頭は十分に回っている。
(何かおかしい…俺は確かに志井鍵矢だ。しかし今はそれを証明できないだって?まぁ誰か証人がいれば問題ないはず。俺がこうして無事だったんだから俺の家族も…っつ!)
頭に鋭い痛みが走る。
(家族!!どうして俺は今まで家族のことを忘れていた?父さん、母さん、理紗…)
家族全員の名前や趣味を記憶から呼び起こす。だが、
「え、顔が……分からない……」
(…どうして顔だけ…?)
翌朝、矢口が鍵矢の病室へやって来た。
「おはようございます、昨日はよく眠れ…たはずがありませんね」
目の下のクマを見れば誰でも想像がつく。矢口は表情を曇らせる。
「……先生!俺の家族はどこですか?父さんは?母さんは?理紗は?」
矢口は一度目を閉じてから静かに告げた。
「志井鍵矢さんのご家族はお亡くなりになりました。」
「嘘をつくな!!」
これまでどんな質問にも冷静に答えていた鍵矢が矢口に掴みかかった。矢口は何も言うことなく、鍵矢の目を見つめた。
「……本当なんですね。父さん、母さん、理紗……」
「お聞きしたいのですが……理紗……さん、とはどなたですか?」
「妹ですよ。3つ下の。志井鍵矢の家族は調べたんでしょう?」
「調べはしましたが……妙ですね。『志井鍵矢』には妹はいませんよ。少なくとも記録上は。それに航空機の乗客リストにも『志井理紗』の名前はありませんよ」
「……え?」
(自分は存在しない人間で、妹と思って接してきたはずの人間までも存在しない?ますます自分の存在が分からない。俺の頭はおかしくなってしまったのか?)
「……大丈夫ですか?」
「え?あ、はい……。あの、俺以外に無事だった人は……?」
「あの事件で救出された人間は君を含めて僅か3名しかいません。飛行機が最初の爆発と最後の大爆発の間は僅か30分程。その間に救出されたのは3名だけでしたから」
「それだけ時間があってどうしてたったの3人しか…」
「詳しいことは今度新聞等で読んでもらえたほうが早いですよ」
「そうですか。それよりもその2人に会わせてもらえませんか?」
「2人ともこの病院にいますが、1人は面会謝絶です。もう1人はその…事故のせいで心を閉ざしてしまっています。話しかけたとしても返事があるとは限りませんよ」
「構いません。会わせて下さい」
「分かりました。ですが私もその場に立ち合わせてもらいますよ」
先日、日焼け止めを塗らずに外出しました。腕時計の後がハッキリ残る日焼けをしてしまいました。皮膚が痛いです。