治療費と新たな仕事
遺伝子研究所で起こった事件から半月が経過した八月三十一日のことであった。
「んじゃ、退院おめでとう」
「どうも。お世話になりました。……あの、入院費や治療費は?」
「ん?もう頂いてるよ。この前見舞いに来た人が置いてったよ」
(レイルが?立て替えてくれたのか)
「あ、はい。分かりました。えと、ありがとうございました」
医師に感謝を述べ、総矢は病院を出る。行き先はもちろんレイルの店であった。店の戸を開けた総矢を見て、レイルが声をかける。
「いらっしゃ……お前か。退院したのか」
「おかげさまで。そうだ、治療費の件。ありがとう」
「あぁ、それ今度の仕事の報酬だから気にするな」
「なんだ、そうですか。それなら……え?仕事?俺に断りも無く?」
「拒否するんだな。なら今すぐこの場で治療費、入院費全て払ってもらおうじゃねーか」
その時、総矢の目にはレイルが悪魔に見えていた。いつの間にか作られた逆らうことのできない状態に初めは抵抗の眼差しをレイルに送っていたがすぐに無駄と悟りため息をついた。
「ハァ……。それで仕事内容は何ですか?」
「簡単だ。ただのボディガードだ」
「相手は?」
「その人だ」
レイルは店の奥のテーブル席に目を向ける。そこには見覚えのある少女と対面した子供が楽しそうに会話している。初めて見る子供は金髪に茶色の瞳。東洋系の人間ではないことは明らかだ。真っ白で綺麗なワンピースが西洋のイメージをさらに強くする。
「あの子が依頼人?俺の治療費をあんな子供が払ったんですか?それも前金で?」
レイルは少し困った表情をしながら話し始める。
「ん~とな、詳しく言えば依頼主はあの子じゃあないんだ」
「じゃあ、いったい誰が?」
「簡単に説明するとな、某国の大使館の方からの依頼だ。内容は『人探し』。そんでその探す相手があの子だったってわけだ。その依頼が来たのが今朝8時」
「もう見つけたんですか。すごいですね」
「まぁ、たまたまこの店に来ただけだからな。それで事情を説明した上で何とか連れ帰ろうと説得したんだが本人が『ヤダ』って言って動こうとしないんだ」
「家出、ですか?ったくだから子供は……」
「そういうことだ。無理に連れ帰ってもまた逃げ出すに決まっている。根本的な問題解決にはならないんでどうしようかと。子供の相手は苦手なんで今は優衣ちゃんに任せてるんだが……」
「そういえばどうして優衣ちゃんがココにいるんですか?」
「お前の依頼の報酬を用意するためにここで働かせてくれって言うから」
「バイトとして雇っている、と?」
「ただ手伝いだ、褒美付の。俺みたいに、できた人間のところでなら問題ないだろ?」
「できた人間、ね……」
総矢は呆れてため息をつく。
「それにしてもなんでただ家出しただけの子供捜すのにわざわざココに依頼が?警察は?」
「表向きに探せないんだよ。あの子は極秘でこの国の大使館を訪問している某国の王室の人間だ。というか国王の姪っ子らしい。そんな方が家出なんてね、体裁とかあるんだろ」
「まぁそうかもしれないですけど。って王室?あの子が?」
「疑ってるのか?大使館の人間がこの写真置いてったから確かだ。そんなわけで警察はNGなんだとさ。っつーわけで今日一日でいいからあの子の護衛、頼んだぞ」
そう言ってレイルは総矢の肩を叩きカウンターの奥へと逃げようとする。
「ちょっと待ってください。俺一人で、ですか?」
慌ててレイルを引きとめる。振り向きはするもののレイルは総矢と目を合わせようとはしない。
「今日中に大使館まで連れて行ってくれれば問題ないから。な~に、優衣ちゃんも協力してくれるだろ」
「ボディガードって最初に言ってたけど、要はただの子守ですか……」
「子守言うな。金貰ってんだからちゃんと仕事はしろよ」
総矢はテーブル席の楽しそうに話している二人を見て、さらに深くため息をついた。
(俺だって子供の相手は苦手なんだよ……)
申し訳ありません。この話は先日投稿したつもりでしたが私自身の不備により投稿されていませんでした。先程確認して気付きました。
という訳で新しい仕事が始まりました。