初仕事の報酬
「なんだ、元気そうだな。それならお前が店に来いっての」
病室に入ってきたレイルは不満そうに総矢に言った。
「矢口先生が言ってたんですよ。店近いし、来てもらえって。おまけに暇だろうからって」
総矢が笑顔で話す。レイルは笑いながら総矢を見る。だがそのレイルの口元は引きつっている。
「あんの野郎……言ってくれるじゃねぇか」
総矢はレイルの呟きが聞こえないふりをして話を進める。
「お見舞い、だけじゃないですよね」
「おう。まあ聞け」
そこから、レイルは遺伝子研究所での出来事について話し始めた。
「生存者はお前が一緒に行動した7人だけだった……それと、お前が助けた連中は『人体実験』については知らなかった。まぁ、話を聞いたのはあの女だが嘘や隠し事をしてる様子は無かったとさ」
『人体実験』のキーワードを聞き、総矢は顔を曇らせる。レイルはそのまま話を続ける。
「動物達の暴走原因は分からんが、爆撃はおそらく『人体実験』の事実をもみ消すことも考えられた対応だろうな。つまり、政府の人間あるいはかれらと深い関わりのある人間がこの事実を知っていたという事だ。それと……」
さらに話を続けようとしたところで例の少女が総矢の病室に入ってきた。
「よぉ。早かったな」
レイルが少女に連絡し、総矢の居場所を伝えていたのだ。少女は息を切らしている。
「うん、走って来たの。早くお礼が言いたくて……」
呼吸を整え、少女はレイルのベッドに歩み寄る。
「総矢さん、ホントにありがとう。でも私、その……お金、これしかもってないの」
申し訳なさそうに肩にかけたバックから千円札を取り出す。
「これじゃ足りない、よね……だから、その……代わりに、わ、私をあげる……」
少女は顔を真っ赤にしながら何とか言い切った。それを聞いた総矢は驚き、呆然としていた。犯人は隣にいた。レイルが少女の横で口を押さえて爆笑しそうなのを堪えている。
「レイル!あんた何教えてんだ?」
「いや、報酬足りないだろ。それなら定番だがこの方法しかないかと思ってだな……」
レイルが物凄くいい笑顔で告げる。対して総矢はため息をつく。
「残念ながら俺はそういう人間じゃないですから。せめてあと10年経って心身ともに立派な……」
少女が総矢の言葉を遮りる。
「じゃあ10年待ってて。絶対、絶対……その……」
少女は顔を赤くしながら総矢を見つめる。固まっていた総矢が、優しく笑う。
「分かった。綺麗な大人の女性になってくれよ」
返事を聞いた少女は嬉しそうに笑うと、そのまま走って総矢の病室を出て行った。
「……よかったな。10年後が楽しみじゃねぇか」
相変わらずレイルは嬉しそうにニヤついている。
「いいから、それより話の続きを」
「照れんなよ。まぁいい、あの事件で気になることがあってな。その1つがあの子だ。何であの子が俺の店の前にいたのかってこと。もう1つがあの子があの事件持ち込んだ時、俺の名簿の奴らが誰一人依頼を受けられなかったってことだ」
「最初の方は、あの子に直接聞かなかったんですか?」
「聞いたが……気が付いたらここにいた。だってよ」
「もう1つの方、他の人達の手が空いていない状況っていうのは珍しいことなんですか?その名簿には何人の名前があるんですか?」
「人数は秘密だ。だが全員手が離せない状況にあるなんて滅多に無いんだがな……」
レイルは腕を組み直し、総矢を見る。頭に浮かんだことを総矢は呟いた。
「……俺に依頼をやらせたやつがいる?」
「あぁ、その可能性が高い。だが目的が分からない。単にお前を消したいだけなら殺し屋でも雇うだろうし、捕らえるなら警察でも使ってお前を確保でもすりゃいいだけだろ」
総矢とレイルは頭を抱える。わずかな沈黙の後、レイルが口を開く。
「ま、そのうち何か分かるだろ。とにかくお前はとっとと怪我治しな。それと……お前のIDだ、返しておくぞ。あとな、IDのパスワード変えておけよ。初期状態だったじゃねぇか」
「そのおかげで問題なく使えたんでしょう?それを見越してのことですよ」
レイルは総矢にIDを放り投げ、病室から出て行った。総矢はIDを見つめ、もう一度阿頭を回転させる。
(一体、誰が何のために……?あ、そういや俺、助けてくれた女性について何も教えてもらってないや……ま、いっか。……レイルのお気楽さがうつったかな)
総矢は少し複雑な顔をしながら再び横になった。
謝罪させてください。
前話の後書き内での誤植がありました。「丼だけ」……って。さっき気付いてショックでした。
本っ当にすいませんでした。
取りあえず初仕事はこれにて終了です。