初仕事⑥
総矢は会議室の扉に近づくと、静かに押し開け外の様子を窺う。僅かに開けた隙間から外には先程総矢から逃げ出した黒犬が待ち構えていた。どうやら総矢の流した血の跡を追ってきたようだ。さらに、その隣には仲間の二匹がいる。
(いや……3匹じゃない。さっきと同じように……今だ!)
総矢は勢いよく扉を押し開けた。扉が反対側に隠れていた犬にぶつかる。扉にぶつかって怯んだ犬に対し会議室を飛び出た総矢は思い切り手にした棒を振り下ろす。頭の骨が砕ける鈍い音と共に犬は倒れた。
「よし。鍵を掛けて下さい!」
残りの三匹に向き直る前に総矢は会議室の扉を閉め、中から鍵を閉めるように指示する。三匹の犬は既に総矢に向かって突進してきていた。後ろを向いている状態の総矢には攻撃ができないと考えてのことであった。
「……仲間さえ囮に使うのか。頭がよすぎるのも問題だな……」
振り向きざまに振るった棒が先頭の犬を打つ。総矢の狙い通り、殴られた犬は隣の犬とぶつかった。向かってくる残りの一匹に対し、回し蹴りを放った。犬は体制を低くして回し蹴りを避け、総矢に噛み付く。だが、総矢にその鋭い歯が届くことは無かった。先程振るった棒の反対側の先端が犬の口に深々と突き刺さっていた。総矢が手にしている長い棒の先端は尖ってはいないが、硬い物質でできているために力技で押し込めば生物の体を破壊することは困難ではない。
「悪いな、そうすることも分かっていた」
動かない犬に対して静かに言うと、突き刺さった棒を引き抜いた。体勢を整え、再び襲い掛かる二匹に、今度は総矢自身も突っ込む。一匹は正面から噛み付こうと口を開け、もう一匹は方向を変え、真横へ回り込む。
「はっ!」
総矢は正面に棒を突き出す。突き出した棒が先程同様犬の口に突き刺さる。直後に、総矢は棒を思い切り引き抜く。横から飛び掛る犬の攻撃をしゃがんで避けると、犬の後ろ足を掴んだ。総矢は、足を掴まれて体勢を崩した犬の首に一撃を加えた。
「……これで、大丈夫かな」
辺りを見回し、何もいないことを確認する。
「もう大丈夫です。出口に向かいましょう」
総矢達は、会議室を出た後は何事も無く『D棟』の一階に辿り着いた。途中、総矢は入口のシャッターの外には巨大な熊がいたことや、地下のケーブル整備用のトンネルを通ってきた事を話し、その出口からの最短脱出ルートを尋ねていた。
「それなら、地下のケーブル整備用のトンネルを使って正面門に近い『A棟』まで向かうのが一番いいでしょう。地下には何もいなかったんですよね?」
「はい。……とは言っても俺が通ってきた部分に限りますが」
地下に入り込んでいた動物は今の総矢達にとって大した脅威になるものはいなかった。通風孔から入り込んだと思われるマウスは総矢達を見つけると逃げ出してしまっていた。一般のものに比べて大きさは確かにあるが、それでも人間を恐れているようだ。総矢達は薄暗い地下のケーブル整備用の通路を足早に『A棟へ』向かう。
「少し離れて待っていて下さい」
総矢達は『A棟』の一階に辿り着いた。地下ケーブル整備用トンネルへの階段に続く唯一の扉を総矢は静かに少しだけ開け、様子を窺う。
(……何もいない。気配も感じはしない。だが、何か嫌な感じがする……)
総矢は自分の直感を信じ、静かに扉を閉めた。
「少し待っていてくれませんか?」
待機していた研究者達に静かに告げた。