少女の頼み
雨に打たれ、少女の着ていたワンピースからは水が滴り、短い黒髪は頭に張り付いて先端から水滴を流し続けている。小学五、六年生くらいの少女は目を硬く閉じ、泣いている。
「とにかく、中へ入りな」
レイルは店の中に少女を引き入れようとしたが、少女はレイルに抱きつき、悲鳴をあげるかのように叫ぶ。
「お願い!パパを助けて!お金なら私のお小遣い全部出すから、だからお願い!」
尋常ではない少女の様子にレイルも総矢も言葉を失った。
「……え~と……詳しく話してもらえるかな?それだけだと何をどうすればいいのか俺達には……」
レイルにしがみついたまま少女は事情を説明する。
「パパはこの町の遺伝子研究所でお仕事してたの。でもさっき電話が来て……」
『優衣か?パパだ!今研究所にいるんだが……』
そう告げた直後に大きな物音と悲鳴が聞こえ、電話は切れた。何かあったことは明白であったためにすぐに警察に連絡した。が、警察は通話記録を聞かせても取り合ってさえくれなかった。少女の説明を聞いた総矢が当然の疑問を口にする。
「何でですかね?これ聞いたら何かあったってことくらい分かりそうなのに」
「総矢、お前のIDちょいと貸せ」
少女を何とかなだめて店の中に入れたレイルは唐突に総矢に向かって言った。レイルが総矢からIDカードを受け取る。受け取ったレイルはすぐにカウンターの中にあるPCに接続し、調べ始める。
「やっぱりか。警察は取り合わないんじゃない。取り合えないんだ」
そう言いながら総矢と少女に画面を見せる。
『遺伝子研究所における異常発生について
午後2時12分:実験動物が暴走を開始したと報告を受ける
午後2時17分:全ての動物を一匹ずつ駆除するのは困難且つ危険と判断。
爆撃により施設ごと駆除を行うことを決定
午後2時20分:バリケード作成、付近の住民の避難誘導の開始を通達
尚、本件については、警察は政府直轄の特殊部隊の指示に従い、爆撃開始まで付近の安全確保のみを行わせることとする』
「なるほど、そういうことですか。でも、いくら数が多いからと言っても銃を使えば簡単に鎮圧できるんじゃ……」
「1匹逃がしただけでも大問題だからな。この方法が手っ取り早くていいと判断したんだろ」
レイルはすぐに名簿を開く。事件の深刻さに、少女はまた泣きそうになる。
「優衣ちゃん……だっけか?少し待ってな。すぐに人を呼ぶ。大丈夫、君のお父さんはきっと助かる。……よし、コイツなら……」
携帯を取り出し、名簿のうちの一人に連絡を取る。
「緊急の仕事を頼みたいが……そうか、今そんなところにいるのか。なら他をあたる」
通話が終わる。その後も数人に連絡をとるものの都合よく適役は見つからないようだ。
「クソッ……間に合いそうな奴がいねぇ」
苛立ちを隠せなくなってきたレイルに総矢が声をかける。
「時間がないんですよね?俺に行かせてください」
「あ?寝言は寝て言え。未経験のお前なんかじゃ死ぬぞ」
「無駄に時間を減らすよりはいいんじゃ……」
「無駄に命を減らす必要の方がねぇだろう」
名簿を見ながら話すレイルに対し、総矢は引き下がらなかった
「間に合わなかったらば元も子もないだろ!俺に行かせてください!」
強く言う総矢をレイルは睨みつける。正面からその視線を受け、総矢は睨み返す。
「……なんですか?」
「死ぬ覚悟でもあるっていいたいのか?」
「そんなものありませんよ。生きて帰る覚悟しかないですよ」
数秒の沈黙。レイルと総矢が睨み合う状況に少女はどうしていいのか分からずに二人を交互に見ている。総矢の目を見ていたレイルはため息をつき、頭をかきながら諦めたように言う。
「分かった。それじゃこの仕事はお前に任せてみる。……ただし、死ぬなよ」
「ありがとうございます。それで場所はどこです?」
「ここから車で大体15分程だ。緊急事態の上、少し遠いから車出してやる、少し待ってな。それと、コレも持って行け。あと、譲ちゃんはここにいろ」
レイルは総矢に先程使っていたものとは別の携帯を投げ渡す。総矢は慌てながら受け取り、少女は小さく返事をした。
「気をつけて……」
店の外へ向かう総矢に少女が弱々しく言うと、総矢は笑顔で頷いた。