7話「イザベラの善意」
王太子主催の慈善オークションから数日。今日は楽しいことをする予定だからと、イザベラに私室へ来るように申しつけられていた。だから指定された午後二時に部屋を訪れたその時。
「ひぃぃ! お、お嬢様っっ!? 一体、私めに、なにをなさるおつもりですかっっ!?」
悲鳴をあげたのは、イザベラ専属のヤングレディーメイドだ。たまたま呼び出されてしまったミレアは、決定的瞬間を見逃さなかった。
「地味で可哀想だから、私が可愛くしてあげたのよ♪」
そう得意げに言いながら、イザベラは満足げにしている。ヤングレディーメイドが着用していた制服の白いエプロン部分に、イザベラが絵の具で塗りつけたようだ。レディーメイドをその場に立たせ、目を閉じるよう命令している隙に、白い部分をキャンパスに仕立てたのだろう。悪戯好きのイザベラならやりかねない。
真っ白だったエプロンは、赤や橙、黄色といったカラフルな絵の具で花を描かれたり、水玉を描かれたり、統一性がまったく感じられない。やられてしまったレディーメイドは困惑している。
このまま邸宅内を歩けば、上司であるハウスキーパーがすごい形相で駆けつけ、侯爵家のメイドとしての自覚はあるのかと説教を食らうだろう。少しでも汚れていると、侯爵家の主人と客人に対して失礼だから、すぐに着替えてきなさいと注意される。メイドの制服は原則として、黒のワンピースに白のエプロンと定められているため、可愛くないという理由であっても勝手に彩ってはならないのだ。
しかし、ここで令嬢であるイザベラの機嫌を損ねてしまうのも面倒だ。だからレディーメイドはミレアに視線を向けて助けを求めている。
(……仕方ないわね)
水縞あいりの生前よりも十も若いメイドが困っているので、助け舟を出すことにした。
「お嬢様。こちらをご覧ください」
イザベラが近頃気に入っている、ひらひらとした五段のフラウンス・スカートが特徴的な水色のデイドレスを手に取り、ミレアは絵の具を手に取った。
「ちょ、ちょっと、なにするのよ!?」
青い絵の具でひらひらした布に色を入れた。イザベラが腕を伸ばしてやめさせようとしても、ミレアは手を止めなかった。一番下の生地には、不揃いの大きさの青い斑点が混在している。これでは目立ってしまうだろう。思わずイザベラは泣き出した。
「なんてことをするのよ! 私のお気に入りなのに、ひどいわ!」
あんたなんかクビよ! とイザベラは怒りを露わにしている。
「可愛くして差し上げたんですよ、お嬢様」
「こんなの、嬉しくないわよ!」
「お嬢様に、いきなりエプロンを汚された彼女も、悲しかったと思いますよ?」
「……あ」
それを指摘した途端、イザベラは押し黙った。自分がやってしまったことに気づいたらしい。
「誰かの服をいきなり染めるのではなく、自分で着てみればいいのですよ」
そうミレアは諭すと、自分のエプロンを脱いでレディーメイドに手渡した。
「そちらのエプロンは私が預かります。替えのものを持ってきてもらえますか?」
「え、ええ。わかったわ」
すぐさま着替えたイザベラ専属のヤングレディーメイドは、ミレアの言葉に頷き、白いエプロンを身に着け部屋から退室した。
「お嬢様。自分で着たくなるように描いてみてください」
「……わかったわ」
「お嬢様のドレスは、私がお預かりしますね」
「ど、どうするの?」
「心配しなくとも、すぐに戻りますから」
エプロンはないが、ドレスで隠れるので平気だろう。足早にキッチンへと向かい、途中で何名か声をかけられたが「お嬢様がはしゃぎすぎたんです」と答えると、それ以上、詮索されることはなかった。
水で青い斑点を洗い流す。水性だったのと色味が近かったこともあり、無事に落とすことに成功した。
デイドレスを抱えてイザベラの部屋に戻ると、予備のエプロンを手にしたレディーメイドが待機していたので、デイドレスとエプロンを交換した。絵の具を落とすために濡らしたので、乾かす必要がある。そのことを伝えていると、イザベラがこちらに気がつき走ってきた。
「あっ、私のドレス!」
「ちゃんと落とせましたよ」
「……よ、よかったぁ!」
「それで、エプロンは完成しましたか?」
「うん! どう? 可愛いでしょ?」
「……え、ええ。そうですね」
誇らしげに見せられ、ミレアは笑って誤魔化した。十一歳の子どもの感性は理解できないが、イザベラは笑顔だ。
「お嬢様が着るともっと可愛いですよ」
「えへへ、ありがとう♪」
派手に汚したエプロンを着用して楽しそうだ。
どうにかイザベラの善意である「可愛くしてあげたい」という思いを踏みにじることなく、行き過ぎた行為を正すことに成功した。一歩間違えれば実際にクビにされかねないので、なかば賭けでもあったが、成功して誰よりもホッとしているのはミレア自身だ。エミールに、他の貴族の邸宅で働けるよう、推薦状を頼むことにならずに済んで助かった。
「エプロンを着用するのは、お部屋の中だけにしてくださいね」
「どうして?」
「真似されないためですよ。お嬢様は、お出かけ中に、同じデザインのドレスの人を目にしたら、もう着たくないって思いませんか?」
イザベラの性格を念頭に置いて質問してみた。
「ど、どうして知ってるの?」
「うふふ。内緒です!」
どうやら当たったらしい。フランドル侯爵夫人に見つかってしまえば、苦言を呈されることは容易に想像できる。自室で着用するように助言したのは、自分で着用することを勧めた以上、イザベラが嫌な思いをしないように、なにかしたかったのかもしれない。罪悪感を軽減させたかっただけだ。自分のためだ。
「では、私はスフレパンケーキの準備をしてきますね」
「うん。お願い!」
結局、イザベラの要件はなんだったのか聞いていなかったが、エプロンを見せたかったんだろうなと勝手に解釈した。この対応で更生できるのか。確信は持てなかったが、今、出来る限りのことだけはしようと改めて誓った。
イザベラの専属メイドからは、後日、エプロンのお礼としてスコーンをプレゼントされた。焼き立てで美味しかった。




