番外編4話「いつの日か、また」完
先代のフランドル侯爵邸──放火未遂事件から一週間。軽食でも差し入れしようとミレアが工房を訪ねたところ、扉は空いているのに室内には誰もいなかった。昨日までは、熱心に世話を焼いていたジョルジュと、清潔感のある見た目を取り戻した才知がいたはずなのに、呼んでも返事はなかった。どこか出かけたのだろうか。
「……あ、あんた、人のうちで、なにしてるんだ? 泥棒か?」
背後から現れたのは才知だが、明らかに様子が違っていた。鼻眼鏡は変わらないけれど、覇気が感じられないのだ。つい先日会ったばかりなのに、ミレアを目にしても硬い表情のままだ。
「……才知?」
「……サイチ? なんだ、それは」
「あの、ここはミツルギサイチの画廊兼、工房ですよね?」
「……いいや。うちは十年前から家具一筋だよ。画業をしたことは一度もない」
「えっ!?」
才知らしき男から、家具職人だと言われて驚いた。そういえば、室内にあったはずの絵や画材が一切なくなっている。
「昨夜、身に覚えのないもので溢れ返っていたからすべて処分したけど、もしかして、あんたのものだったのか?」
「その処分したものはどこに?」
「外になければ、誰かが持ってったんだろうよ」
ここにくる途中、放置された絵画や画材は目にしていない。すでに誰かが回収してしまったのだろう。
「もういいか? これから出かけるんだ」
「え、ええ。失礼しました」
なにが起こっているのかさっぱりわからないまま、ミレアは工房を追い出された。才知がこうなってしまった以上、ジョルジュはどうなのか気になった。
もしも才知のようになっているのならば、ジョルジュは実家に帰っているかもしれない。
自宅に戻り、出かける準備をしようとしていたミレアのもとに、誰かが尋ねてきた。
「姉さん」
「え、ジョルジュ!?」
大きなものを抱えたジョルジュが、玄関先にいたので目を見開いた。会いに行こうとしていた人物が目の前にいるのだ。動揺しないわけがない。
「お化けにあったみたいに驚いているけど、どうしたの?」
「今、丁度会いに行こうと思っていたのよ」
「そうだったの? 僕は姉さんにこれを届けに来たんだ」
「これは……」
「昨日、たまたま通りかかった裏道で見つけたんだ。これ、姉さんと侯爵だろ?」
そこに描かれていたのは、笑顔のミレアとエミールの姿だった。劇画タッチではないが、間違いなく才知が描いた絵だ。
「ほかにも色々あったから、なんとなく回収したけど、たぶん、これも姉さんだよね?」
もう一枚見せられたキャンパスには、劇画タッチで描かれたミレアの姿もあった。
ジョルジュに憑依した一晴は、ミレアを『姉さん』とは呼ばない。才知と同様、ジョルジュの中にはもう、一晴はいないのかもしれない。
「どうして路地裏にいたの?」
「それが、ここ十日間の記憶が一切ないんだよ。実家にいたはずなのに、知らず知らずのうちに首都に遊びに来てたのかなぁ? 昨夜、絵画を拾ったから、近くにあった宿泊所に運び込んで、家に送る物を選別していたんだよ。どれもいい絵だから飾ろうかなって」
「……そう」
時系列はだいたいあっている。マーガレットの母親が購入した絵画を見かけ、工房を訪ね、才知と一晴に再会したのはここ二週間での出来事だ。
「絵、気に入らなかった?」
心配そうに尋ねられ、ミレアは笑みを浮かべて首を振った。
「ううん、ありがとう! 広間に飾るわね!」
「よかった。って、僕が描いたわけじゃないけどね」
「ふふ、知ってるから大丈夫よ」
「そうなの?」
「うん。この絵を描いた人、お姉ちゃんの知り合いなの。だから、他の誰かの手に渡らなくてよかったわ」
「そうだったのか。大事にするよ」
ジョルジュは用事を済ませると、「義兄さんによろしくね」と一言残して立ち去った。
ミレアは使用人を呼び、絵画を大広間に運ばせ飾ってもらった。まじまじと才知の絵を眺めていると、不意に背後から声をかけられた。
「──ミレア、家にいたのか。その絵は……もしかして、才知くん?」
「そうです。さっきジョルジュが届けてくれたんですよ」
ドレスショップにいなかったミレアを心配したのか、エミールは探していたらしい。大広間に足を踏み入れ、飾られている絵画を見上げてすぐ誰のものかわかったようだ。
「さっき、工房に寄ったんですけど、才知だったはずの人はまったくの別人になっていたし、ジョルジュも一晴ではなくなっていました。なにがあったんでしょうか……?」
「もしかすると、あの二人も意識不明のまま飛ばされて、成就をきっかけに向こうに戻ったんじゃないのかな」
ミレアも、この世界で断罪回避という目的を達成した夜、不思議な夢を見た。ミレアが見たのだから、才知や一晴が見ていないとも限らない。二人は、現世で生きることを選んだのだろう。
「少しの間でしたけど、幼馴染みたちと久しぶりに再会できて楽しかったです」
「僕も、才知くんにお礼を告げられてよかったよ」
「ふふ、そうですね」
その後、一晴とともに奇跡的に現世へと戻った御剣才知は、if作品として悪役令嬢更生ものを描いてヒットさせ、さらに『まさか俺の作品がきっかけで、喪女だった幼馴染みが結婚するなんて!』というタイトルでも人気を博すことになった。
水縞あいりがそれを知ったら、アイディア料を求めそうなものだが、ミレアが奮闘した六年間を形にしたことで納得しただろう。
「エミール様。お腹、好きませんか? サンドイッチを作ったので食べませんか?」
「うん。食べたい。お茶は僕が淹れるよ、ラズベリーリーフでいい?」
「はい、ありがとうございます!」
エミールは、台所でお湯を沸かすために大広間を出ようとしたので、ミレアも後に続いた。ミレアに気がつくと、肩に手を添え優しく支えてくれる。温もりを感じる。
「子どもが生まれても、お茶は僕が淹れるからね」
「あら、どうしてですか?」
微笑みながら尋ねると、エミールは片目を閉じながら答えてくれた。
「君に座っていてほしいからだよ」
領地視察と管理で多忙を極めているというのに、時間を作ってはミレアを気遣ってくれる。助けてくれる。ミレアの希望で最低限の使用人で回しているので、侯爵夫人でありながら時々料理やおやつ作りをしているのだが、エミールは楽しそうに皿洗いをしてくれる。
「優しいですね」
「今知ったの?」
「ふふ、前から知ってました!」
「それならよかった。僕の前世は小児科医だから、安心して産んでほしい。絶対に後悔はさせないから、二人で大切に育てよう」
「……はい!」
少しずつ子ども部屋の準備を始めている。性別はどちらでもいいように白い服を中心に、ミレアはベビー服を手縫いしている。子どもが成長したら、揃いの服を縫って公園や街中を散歩したい。ドレスショップは手伝いを増やして仕事量を抑え、家族の時間を優先するつもりでいる。
「今日の夕飯……ハンバーグはどうですか?」
「いいね!」
「キャベツの千切り、任せますね」
「いいよ。人参のグラッセは?」
「食べたいです!」
「わかった。副菜は僕が作るね」
「わーい、楽しみです!」
以前、エミールが作った人参のグラッセが美味しかったので、ハンバーグの際はいつも作ってもらっている。
新しい家族が増えるのは半年先のことだが、ミレアは待ち遠しかった。子どもが生まれたら、前世のこと、両親のこと、そしてこの世界のことをお伽噺のように語るつもりでいた。
──完──
読んで下さりありがとうございました!




