番外編3話「才知と一晴」
昼に時間を作って御剣才知の画廊──兼、工房に案内すると、生前では果たせなかった、常識では考えられない初対面を果たした。エミールの前世は、才知のファンだったと伝えるなり腰を抜かしていた。一晴以外の同性ファンが存在しているとは想像していなかったらしい。エミールの前世はイケメンだということは伝えなかった。
どういった経緯で協力関係になり、この世界で結婚することになったのかを説明した。
「……つまり、水縞が落とした俺の漫画がきっかけで、この世界に転生した二人が結婚した……ということか?」
「そうです。だから、一度お礼を言いたかったんです」
エミールこと緋崎玲斗は、深々とお辞儀をした。それを目にした御剣才知も、遅れずにお辞儀を返した。
「ハッ! インスピレーションが湧いた! タイトルは『まさか俺の作品がきっかけで、芋女だった幼馴染みが結婚するなんて!』だ。どうだ、人気出そうか!?」
ミレアは突然、才知に問いかけられたので、少しだけ考え込んだ。一つ閃いたので提案した。
「芋女よりも、喪女の方がよくない?」
「……煽られてんのに、そこはいいのか?」
「だって、本当のことだし」
芋女も喪女も、水縞あいりにとっては事実だったので嫌悪感はまったくない。むしろ馴染んでいた。その名詞がしっくりくるのだ。素直に受け入れていたところ、エミールが不思議そうに首を傾げた。
「芋女とか喪女って?」
「……一般人もいたんだった」
「そうだったわ」
「一般人?」
「エミール様、気にしなくて大丈夫ですよ」
話が脱線してしまうので本題に戻すことにした。
「昨日から探しているけど、まだ一晴らしき人物とは遭遇できていないわ。そっちはどう?」
「俺は工房にこもりっきりだからまだだ」
「ちょっとは外に出なさいよ」
「出たいのは山々だが、この世界で生きるには金が必要なんだよ。この前、たまたま正ヒロインの母親に絵が売れたのはよかったが、半年暮らすだけで精いっぱいだからな」
そこそこ高値で買い取ってもらえたとはいえ、生活費の他に家賃、食費、画材など出費がかさむので、今はとにかく稼ぎたいようだ。画家の収入源は教会からの依頼だったが、そう頻繁に描くわけではないし、画業をしている者は年々増えるので仕事は減る一方だ。一枚でも多く描いて、王族や貴族に購入してもらう必要がある。
「それなら、私がパトロンになりましょうか?」
「……はい? え、なんですか?」
「そうよ、それがいいわ! 私もなるわよ、才知のパトロン。主に衣服の提供だけどね」
「はあっっっっ!?」
パトロンとは支援者のことを指し、将来大物になりそうな芸術家を見つけては、貴族が率先して資金を提供する。目的は、絵に集中して描いてもらうためだ。エミールの提案に、ミレアも乗ることにした。身なりを清潔にしなければ、売れる物も売れないだろう。どこから見ても好青年に見えればミレアの勝ちだ。
「私の衣装作りの技術は知ってるでしょ? この世界ではドレスメーカーをしているのよ。服のことなら任せて!」
紳士ものはあまり手がけてこなかったが、エミールと結婚してからは学んでいる。野暮ったく見えてしまっている才知の外見も、整えればそれなりに見られるだろう。絵を売るにも有利になるはずだ。
「俺が……俺の描いた世界で支援を受けるなんて……」
才知は俯くと、ぶつぶつなにかを呟いている。よく聞こえない。才知は独り言が多い。オタク特有だ。
「なによ、不服なの?」
眉を顰めたミレアが尋ねると、才知はぱっと顔をあげた。
「──光栄だ!!」
口角をあげてニッと笑った。どうやら乗り気のようだ。原作者というチートのような人手が増えた。鬼に金棒だ。
「そうと決まれば、一晴を探しに行くわよ!」
「ああ、わかった! けど、この描きかけの一枚だけ、一枚だけ完成させたら俺も探すから! な?」
「まったく……仕方ないわね」
昼休みはあと三十分。一晴を探すためにさっさと工房から連れ出したかったが、八割描いている正ヒロインの絵を見せられてしまうと強制できない。完成させるのを待つべきだろう。
「ひとまず、用事も済みましたし、そろそろ行きましょうか。エミール様」
「うん。才知くん。それでは、また」
工房を後にすると、気分転換がてらマーケットに顔を出してからショップへ戻った。
「……なにかしら?」
鍵を外して扉を開けようとしたところ、扉の下に紙が挟まっていることに気がついた。一時間前はなかった。用事があって訪れた客が、メモを残して帰ることはたまにある。拾い上げて読み上げると、その手紙に記載されていた名前は、ミレアのよく知る人物だった。
「……イザベラ様が、話があるから明日の午前十時に、家に来てほしいと……」
「イザベラが?」
「……ええ。けど、変ですよね。一昨日、会ったばかりですから」
昼休みの最中、近くを通りかかったからと店を訪ねてくることは何度かあったが、こうして手紙を残したことは一度もない。普段ならば出直していた。
「僕も一緒に行くよ」
「……はい。ありがとうございます」
少々疑問は残るが、一晴探しは一旦保留にして、明日はイザベラに会いに行くことにした。
約束の時間──午前十時。ミレアとエミールは、フランドル侯爵邸に少し早めに到着していた。十分ほど早いが正面から入ろうとしたところ、エミールは、念のために邸宅の周辺を確認してくるというので玄関前で別れた。ミレアは一人で邸宅に足を踏み入れた。
応接間に通されたので、メイドの差し出す紅茶に手を伸ばそうとしたその時。
「ねえミレア。話ってなんなの?」
黒いワンピース姿のイザベラが、ヤングレディーメイドを伴い、ミレアの目の前にあるソファに腰かけた。
「え? なんのことですか?」
「今日の午前十時に、ミレアは私に相談事があるって、昨日、珍しく手紙をくれたじゃない」
イザベラからそう告げられ、ミレアはぎょっとした。そんな手紙は出していない。明らかにミレアではない。
「その手紙、見せてもらえませんか?」
「え? ええ、いいわよ」
イザベラが隣で付き添うメイドに一声かけると、ほんの数分で手紙を手に戻ってきた。受け取り中身を確認すると、そこには『明日、午前十時に話したいことがあるので、家で待っていてください』と書かれていた。
「お嬢様。私はお嬢様から手紙で呼び出されたんですよ」
「え? 出してないわよ?」
「ここを見てください。私のもとにある手紙と、お嬢様の手紙のこの文字。書き方、同じじゃないですか? 私の筆跡とは異なります」
手紙を見せて説明すると、イザベラは納得してくれたようで頷いた。
「誰がこんなことをしたのかしら……」
「さあ……。とりあえず、私やイザベラ様を、邸宅に留まらせたい人物がいることは間違いありませんね」
外を見回ってからくると言っていたエミールがなかなか現れないため、ミレアはソファから立ち上がり窓の外を眺めた。すると、中庭の奥にいたエミールが、何者かの腕を掴んで阻止しようとしている姿が目に飛び込んだ。
「エミール様!!」
応接間の窓を開け放ち最愛の人の名を呼ぶと、エミールはすぐさま振り向いた。
「ミレア! 今すぐ建物から離れるんだ!」
「え!?」
「イザベラを連れて早く!」
「は、はい!」
ソファに腰かけ悠長に紅茶を飲もうとしていたイザベラに駆け寄り、腕を掴んで立たせた。
「イザベラ様、外へ出ましょう!」
「な、なによ、なんなの?」
「いいから早く!」
「わかったわ!」
戸惑っていたものの緊迫している様子が伝わったのか、ミレアが促すとイザベラは立ち上がった。応接間は一階なので指示された通りに外へ出た。
周囲の安全を確認したので、イザベラとヤングレディーメイドはその場で待機してもらい、ミレアは中庭へと急いだ。エミールが腕を掴んでいた人物の髪色はアッシュブラウンだった。ミレアの髪色と同じだった。
「……ジョルジュ!」
恐る恐るミレアが近づこうとすると、なぜかジョルジュはこちらを見るなりきつく睨みつけてきた。目の敵のような視線を向けられ、ミレアは衝撃を受ける。仲のよい姉弟だったはずなのに、まるで別人のようだ。そんなジョルジュは、ぼそぼそとなにか呟いていた。
「……どうして邪魔するんだよ。才知くんの作品では、僕もイザベラもミレアも、みんな死んでいるのに、どうして生きているんだ? 才知くんの物語を僕が完成させなきゃ……!」
それを耳にし、ミレアはすぐさまジョルジュの身になにが起こったのか把握した。この世界を知っており、才知の名前も知っている人物──心当たりは一人しかいない。
「もしかして、一晴?」
「……は?」
「影山一晴でしょ。私よ、水縞あいり!」
「はあ? そんなわけ……」
「一晴。私の前世はネズミって言っても信じない?」
これを知っているのは幼馴染みと、たまたま目撃していた緋崎玲斗だけだ。本人を除くと三人しか知らない。
「……あいりちゃん、なの?」
「正解よ! 今はミレアの姿だけどね」
「……僕だけじゃなかったの? この世界にいるの」
「才知もいるのよ」
「えっ!?」
まさか才知もいるとは思っていなかったらしく、ジョルジュこと影山一晴は驚きに目を瞬かせている。無理もない。
「とりあえず、なにをやろうとしているのかは知らないけど、一旦、落ち着いてくれる?」
「……う、うん」
庭になにかを撒こうとしていたのか、ジョルジュの周囲には、蜂蜜色の液体が入った大きな瓶が複数置かれていた。魚のような生臭さが漂っている。
「それ、なに?」
「……クジラ油だよ」
「クジラ油!?」
「灯油を探したけど知らないって言うし、燃料としてこれを勧められたんだ。買い集めるのに苦労したよ。才知くんの世界なのに、僕を含めてみんな生きてるから、ここに集めて、手っ取り早く火でも放って葬り去りたかったんだ」
「強火ファンすぎない!?」
影山一晴はむかしからそうだ。御剣才知に心酔している節がある。一晴は、小学一年生の九月という中途半端な時期に転校してきたのだが、クラスになかなか馴染めず孤立していた。そんな時に、たまたま同じアニメの筆箱を使っていることから才知が声をかけ、それがきっかけで親しくなった。
水縞あいりと御剣才知という保育園から始まった幼馴染みコンビに、新たに一晴が加わったのだ。最初は、水縞あいりに対しても敵対心を持っていたが、才知とはただの腐れ縁かつ、同じアニメが好きなだけだと必死にアピールしているうちに信じてくれるようになった。
(異世界に来てまで、一晴に殺されなくてよかったわ……)
ジョルジュに憑依した一晴が、早まって火を放つ前に、エミールが異変に気づいてくれて助かった。まさに九死に一生だ。六年間の努力が無駄になるところだった。
「……一晴。とりあえず、才知のところへ行かない? あなたのこと、探していたのよ」
「才知くんがいるなら会いたい」
「……なんかよくわからないけど、放火事件に発展しなくてよかったね。このクジラ油は、回収しようか」
「はは……そうですね。ここと、うちと、工房に二瓶ずつ分けましょうか」
クジラ油入りの瓶をこのままにしておけないので、一言断ってから分けることにした。そして、邸宅の外には不安そうな面持ちで待機していたイザベラとレディーメイドがいたので、簡潔に経緯を説明して屋内に戻ってもらった。幼馴染みの暴走に巻き込んでしまったので、後日、好物をたくさん作って謝罪するつもりだ。
一晴のことは才知に丸投げするのが一番だ。侯爵邸を後にし工房まで案内すると、ジョルジュ=一晴は室内の薄暗さに驚いた。
「才知。一晴、連れて来たわよ」
「なにっ!?」
ミレアが暗がりに向かって呼びかけるなり、絵具で汚れたエプロン姿の才知が慌てて飛び出てくる。一晴という身の回りの世話を焼いてくれる人物がいた前世とは違い、この世界では頭はぼさぼさだし、無精ひげが生えているし、清潔感はまったくなかった。
「……このボロボロの人が才知くんだっていうの?」
ジョルジュは怪訝そうな表情をしている。ミレアとしては、そこまで大差があるようには見えないものの、一晴にとっては別らしい。
「……一晴か? 一晴なのか……?」
「才知くんなの?」
「……ああ、俺だ。俺が夢中になって写真を撮っていたばかりに、お前まで巻き込んでしまって悪かった……」
それを告げるとジョルジュははっとした。その一言で御剣才知だと確信したらしい。
「ううん。僕は気にしてないよ。陰キャなのに、珍しく登山に誘ってくれて嬉しかったから」
「おい、お前まで陰キャいうな!」
ミレアに引き続き、ジョルジュからも陰キャと言われた才知は突っ込んだ。
「生まれ変わったとしても、やっぱり才知は陰キャよね」
「おい、水縞。この世界ではすでに既婚者だからって、煽ってんのか!?」
「秋には子どもも生まれるのよ。才知おじちゃんって呼ばせるわね!」
まだそこまでお腹は目立っていないが、ミレアは妊娠している。秋には第一子が誕生する予定だ。ミレアから打ち明けられたエミールは、涙を流して喜んでいた。子どもを守ることができてほっとした。
「なにっ!?」
「仲がいいんだね……」
そんなつもりはなかった。エミールが寂しそうに呟いたので慌てて駆け寄った。
「ただの腐れ縁ですよ!」
「僕には敬語のままだから……」
「それは……長年の癖が抜けないんですよ」
「少しずつ、気軽に話しかけてほしいな」
「……はい!」
さすがに才知や一晴にするような態度は取れないが、エミールが疎外感を味わわないように少しずつ軟化させることにした。
「はいはい。イチャイチャするなら家に帰ってやってくれ。迷惑だ!」
「そうするわ。一晴のこと、任せてもいい?」
「ああ、任された。俺は一晴担当だからな」
ジョルジュを確認すると、大きく頷いていた。ティルベリー家の両親には、数日、首都で仕事を手伝ってもらうことになったと便りを出すことにした。幼馴染みとして、姉としてできることは精々そのくらいだ。
「一晴ったら、侯爵邸に火を放って、私やイザベラ様を道連れにしようとしたのよ」
「まじか!」
「才知の作品の展開と違うから、正さなきゃって言ってたわ」
「……思い込みが激しいところは、一晴らしいな」
「そうなのよね。才知がちゃんと説得してよね」
「わかった」
ジョルジュを残し、ミレアはエミールと共に工房を後にした。
「疲れてない? 大丈夫?」
「問題ないです。才知は、面白ければそれでいいオタク気質だから、自分の作品が改変されても臨機応変に対応してましたけど、一晴はこうと決めたら曲げられない性格なんですよ」
「あの二人って……もしかして?」
「あ、わかっちゃいましたか? 実はそうなんです。才知からは相談されてるんですよ」
「才知くんの作品のために、一晴くんが暴走したと耳にして、嬉しそうにしてたからね」
女一人と男二人の幼馴染みで、よく御剣才知とできているのかと才知のファンに質問されていたが、実際は違うのだ。
「また後日、二人の様子を見に行こうか」
「そうしましょうか」
色々あって疲れたので、今日はそのまま自宅へ帰って、ゆっくり過ごすことにした。




