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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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番外編1話「幼馴染みとの再会」

 水縞あいりがミレア・ウィン・ティルベリーに転生してから八年目の春。ミレアは、半年かけて二着のウェディングドレスを完成させた。一生に一度のことなので生地からこだわり、肌触りのよいシルクを選んだ。広いネックラインが綺麗に見えるオフショルダーに、袖は短めでふんわりとしたパフスリーブに仕立て、縁にはレースを縫いつけた。ボディーはぴったりフィットさせてウエストをきゅっと絞り、スカート部分は床まで届くほど長くフルレングスにし、たくさんのプリーツを入れてボリュームを最大限に引き出した。トレーンと呼ばれる引きずる裾は五メートルと長く、ブライズメイドが運ぶスタイルだ。全体的にベル型のシルエットで人目を引く魅力を放っていた。

 渾身のウェディングドレスを身に纏い、ミレアとイザベラは同時に結婚式を挙げた。手製のトレーンドレスは、ドレスメーカーとして働くミレアの宣伝にも繋がった。

 そして、ミレアの営むドレスショップからそう遠くない郊外に、完成したばかりの新居にようやく移り住み、新たな生活が始まって数週間。クロッカスの花が満開になるほど気温があがったので、首都ローゼンブリッジでは社交界シーズンが到来する。

 貴族の間では、雪の積もる寒い冬のひと時を、暖かい南地方にある別荘で過ごすことが流行している。そんな人々が一斉に都心へと戻るなり、連日パーティーが開かれるのだ。

 ミレアも、エミールの妻として、ドレスメーカーとして、移ろいゆく流行りの情報収集は欠かせないので、週末になるとあちらこちらに顔を出して忙しくしている。

 本日は、正ヒロインであるマーガレット主催のランチパーティーに招かれていた。穏やかな性格をした令嬢や夫人に声をかけ、食事をしながら、最近あった出来事を語らう会だ。いつぞやのチーズケーキがよっぽど嬉しかったのか、マーガレットは時折、こうしてミレアを誘ってくれる。


「あ。そういえば、うちの母が最近、とある画家の絵を買ったんです。みなさんにも見てもらいたくて」


 そんな折、マーガレットは絵の存在を思い出したのか、ぱんと手を合わせて切り出した。自慢するような性格ではないので、ただ単に絵の感想を聞きたいだけなのだろう。

 貴族の間では、名の知れた作家の絵画を買うことは日常茶飯事だ。邸宅に招待されると、時々、こういうことはある。ミレアはそちらの方面にはまったく興味がないので、後々高額になることを知りながらも入手することはない。エミールも同じだ。


「と、とても個性的ですわね」

「え、ええ……」


 マーガレットが合図をするなりメイドが絵画を運んできたのだが、令嬢と夫人は反応に困ったらしく、言葉を詰まらせた。予想外の反応に、そんなに酷い絵なのだろうかと、食べることに夢中になっていたミレアが顔をあげると、飛び込んできた絵画を目にするなりミレアは固まった。


(……こ、この絵は……!)


 この時代特有のリアルな人物描写ではなく、明らかに前世で流行った劇画タッチの画風だった。しかも、描かれている人物は、黄金に輝く腰まで伸ばされた金髪と、綺麗な緑色の瞳をした華やかな淑女──そう、目の前にいるマーガレットの姿が描かれているのだ。ミレアにはマーガレットにしか見えなかった。娘の雰囲気にどことなく似ていたことから、彼女の母親は衝動的に購入したに違いない。


「あ、あの、マーガレット様。この絵はどちらで買われたんですか? それと、作家の名前はなんと?」

「ええと……母が購入したのは確か、うちの近所にある小さな画廊だったはずよ。名前はS・Mとあるだけで、本名は聞いてないんじゃないかしら」


 S・Mというイニシャルは珍しいものではない。けれど、時代に合わない独特な絵のタッチと描かれた人物、そしてサインを見れば一目瞭然だ。

 マーガレットは、メイドに言いつけ紙と筆を用意すると、画廊までの地図を描いてくれた。侯爵夫人であるミレアが興味を示したことから、引き攣り笑いをしていた令嬢と夫人は、目をぱちくりさせている。それほど価値があるのかと、信じられない様子だ。


「地図、ありがとうございます。ひと目見て気になったので、今度尋ねてみますね」

「ええ、ぜひ!」


 今すぐ確かめに行きたい気持ちをなんとか抑えて、ミレアは平静を装いつつ食事会を続けた。


***


 その翌日。エミールに相談しようとしたが、あいにく領地視察で一週間ほど不在にしているため、ミレアは一人で地図を片手に小さな画廊──兼、工房を訪ねた。出発する前のエミールは、しばらく帰られないことに意気消沈していたが、無事に帰宅したら、焼き肉をしようと告げるなり張り切って馬車に乗り込んだ。


「あの、すみません。マーガレットさんの紹介で来たんですが、どなたかいらっしゃいますか?」


 ノックしてから扉を開き足を踏み入れると、室内は日の光がわずかに差し込むだけで薄暗かった。目が慣れていないのでよく見えない。留守だろうかと思ったが、少し遅れてから青年らしき声がした。


「………………誰だ?」


 ぼさぼさ頭に、鼻を挟むことでかける鋼鉄製の鼻眼鏡をかけた男が、暗がりからひょっこり姿を現した。原作で見た覚えはない。


「ねえ、あなた……才知なの?」


 ミレアは単刀直入に尋ねると、男はあっさり頷いた。


「そうだが?」


 呆気に取られてしまった。しかし、この反応は御剣才知らしい。


「本当に本当? 御剣才知なの?」

「だから、そうだと言っているのだが? というか、なんで俺の名前を知っているんだ?」


 念のためにもう一度尋ねると、二回も本名を呼ばれたことにようやく突っ込みを入れてきた。ワンテンポ遅れている。本人に違いない。


「才知。私よ。私!」

「……電話がまだないこの時代でも、『オレオレ詐欺』は存在するのか?」

「ないわよ!」

「ないのかよっ! だったら誰だよ!」


 誰だよと言われ、咄嗟に口をついて出てしまった。


「私の前世はネズミよ!」


 自ら名乗るよりも先に、なぜか『ネズミ』だと告げてしまった。その瞬間、御剣才知は手にしていた筆を地面に落とした。目を何度も瞬かせてから声を絞り出した。


「……み、水縞あいり……なのか?」

「そうよ!」

「本当に、本当か? というか、よくよく見るとその顔は……ミレア・ホルダー。またの名をミレア・ウィン・ティルベリーか!?」

「気づくの遅くない!?」

「この安物の眼鏡、度数が合わないんだっ!」


 ようやくこちらを向いたかと思えば、御剣才知は幼馴染みの姿がミレアだということに気がついた。さすがに驚いている。


「水縞。なんでその姿なんだ?」

「さあね、私にもわからないのよ。どうせ転生するなら、その辺のモブがよかったのに、なんでよ!?」

「知るかっ!」


 原作者に文句を言っても仕方ないことはわかっているが、愚痴を零せる相手としては相応しいのでミレアは気にしていない。


「それより、才知も死んじゃったの?」

「……ああ。登山の最中に滑落した」

「えっっ!? 陰キャなのに登山!?」

「陰キャ言うな! 次回作の資料のために、写真を撮ってたんだっっっっ!」


 整った顔立ちという一目を引く外見とは裏腹に、御剣才知は根っからの出不精で陰気キャラだ。小学校時代は女子にもて過ぎて、隣の席を巡って喧嘩されたり、一緒に帰れないと断っただけで泣かれたり、付き合えないと首を振っただけで翌日には悪者にされていたりと、そうしたトラブルに巻き込まれたことがトラウマになっている。水縞あいりだけは平気なのは、お互い、相手のことを異性だと思っていないからだ。

 大学に辛うじて通っていたものの、すでに漫画家として活動していたので、単位もぎりぎりの中で卒業している。インドア派なので、山登りするようなタイプではない。


「悪役令嬢もの、無事に終わったの?」

「ああ。でも、この世界では、なぜかイザベラやミレアが生きていて心底驚いた。しかも、結婚したんだろ? 予定外すぎる!」


 原作者のはずなのに、イザベラやミレアが生存していることを知るや否や動揺し、柱に激突したらしい。だから鼻眼鏡のフレームが曲がったんだとぶつぶつ文句を言われた。


「アハハ……断罪回避したくて変えちゃった。ごめん」

「……別にいい。その話は一旦置いといて、一晴(いっせい)、見かけてないか?」


 一晴とは影山一晴(かげやまいっせい)のことで、水縞あいりと御剣才知のもう一人の幼馴染みの名だ。三人でよくつるんでいた。


「え、一晴? もしかして、一緒に滑落したの……?」

「……ああ、そうだ。俺があいつを死なせてしまった……」


 どうやら、幼馴染み二人で登山していたらしい。それなら納得だ。御剣才知はどこか抜けているところがあるので、一晴は心配で付き添ったのだろう。むかしからそうだ。


「……あいつも転生していると思うか?」

「私や才知の他にも、もう一人この世界に飛ばされているから、きっと近くにいるはずよ」


 すでに三人いるならば、四人目がいても不思議ではない。全員、作品のことを知っているという共通点がある。御剣才知の住むマンションの隣の部屋に住んでいた一晴も、才知の身の回りの世話を焼いたり、相談相手になったり、アドバイスしたりと近しい関係だった。探せばきっと見つかるはずだ。


「それならいいが……」

「私も探すのを手伝うよ」

「……ああ」

「ところで才知。この世界ではなんて呼べばいいの?」

「この世界の俺は無名のモブだし、作中にもいなかったから、そのままでいい」

「わかったわ、才知」


 一時間足らずで小さな工房を後にした。

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