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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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28話「ティルベリー家に戻った日」

 断罪回避に成功した翌朝。ヤングレディーメイドを辞めるために、朝一番でしたためた辞表をハウスキーパーに提出しようとしたところ、それを目撃したイザベラに突然奪われ、目の前で破られてしまった。


「お、お嬢様?」

「せっかく破ったのに、また書いたの!?」

「……私の部屋から持って行ったのは、お嬢様だったんですね……」


 失くしたわけではなかったようだ。


「そうよ! 当たり前じゃない!」

「一体、どうして……」

「そんなの、辞めてほしくないからに決まってるじゃない!! うちの給料が低いから、マーガレットのところに再就職するの!?」

「え? 違いますよ?」


 正ヒロインの名前が飛び出したので驚いた。マーガレットには何度かチーズケーキを届けているが、それだけだ。懇意にするつもりはない。


「だったらどうして辞めるの? 私がわがままだから? スフレパンケーキを作れって、いつも言うから? それなら週に一回で我慢するから!」

「お……お嬢様……っっ!!」


 侯爵家の使用人からショップ店員に転身することが決まっているのに、イザベラが可愛すぎて揺らぎそうになった。潤んだ瞳の美少女から、一生懸命に引き留められてしまえば、誰だろうと悪い気はしないだろう。好意を寄せられるヒーローの気持ちを間接的に味わっていた。


「……それじゃあ、エミール兄さまのせいなのね……?」

「ハイ……?」

「兄さまにフラれたから、ミレアは辞めちゃうんでしょ? 兄さまのせいで……!」


 なにも答えていないのに、イザベラの中ではエミールに失恋したことになっていたらしい。だから辞表を提出して侯爵家のメイドを辞める──と。

 騒ぎを聞きつけたらしきエミールが、ハウスキーパーに連れられるや否や、苦笑しながら突っ込んだ。


「イザベラ。なんかよく知らないけど、僕は振ってないよ」

「兄さまは黙ってて!! 私は絶対に認めないから!!」

「……お嬢様」


 イザベラは、ぷりぷりと怒ったまま立ち去ってしまった。追いかけるべきか数秒悩んだが、エミールが小さく首を振ったのでその場に留まった。

 最終的に辞めるなら、今はなにを言っても逆効果になる気がした。冷静さを取り戻すまで待つことにした。


「なにがあったの?」

「辞表を提出しようとしたところ、勘違いされたようで……」

「ああ……」


 困惑しているミレアの様子と、床に散らばった紙片で察したらしい。エミールは、近くを通りかかった使用人に片づけるよう申しつけてから、口を開いた。


「イザベラの説得はじっくりやるとして、今日はちょっと僕と来てほしいところがあるんだ」

「元々休みだったのでいいですよ。どこですか?」


 建国記念日を休みにせず、翌日に振り替えていたので仕事はない。


「それは着いてからのお楽しみ。もう馬車の手配はしているから、私服に着替えて三十分後に外に来てくれる?」

「ええ、わかりました」


 領地視察にでも同行してほしいのだろう。よくわからないが、エミールに言われた通りに黒いワンピースに着替え、荷物を準備してから外へ出た。エミールはすでに馬車の傍におり、白いトランクケースを積んでいるところだった。装いは黒の上着にベスト、ズボンだ。喪に服している期間なので、黒で統一している。


「早かったね」

「道中、時間がかかると思ったので早めにきました」

「それじゃあ、行こうか」


 馬車に乗り込むと、軽食を準備してもらっていたのかバスケットが積んであった。サンドイッチを食べながら馬車に揺られること数時間。馬は連続で走れないので途中で休みを挟みつつ、到着した場所は古びた洋館だった。

 地に降り立ち辺りを見渡すと、周辺に生えた草を刈っている人や、壁の塗装を修繕している職人が何人もいた。長い間、誰も住んでいなかったのか、急ピッチで手直ししているのだろう。


「ここは……?」

「ティルベリー家だよ」

「え!?」

「もう少し早く手配するつもりだったんだけど、内装に時間がかかってしまって、外までは手が回らなかったんだ」


 中へ入ってごらん、と言われて開きっぱなしになっている扉から恐る恐る足を踏み入れると、外とは違って綺麗だった。原作ではあまり触れられていなかったが、確かにここはミレア・ウィン・ティルベリーの生家だ。なんとなく覚えている。


「……もしかして、ミレアお嬢様ですか?」


 ミレアの姿をひと目見ただけで、家令らしき白髪頭の男性は、慌てて駆け寄ってきた。目を潤ませながら応接間に案内されると、ほどなくして頬が少し痩せこけた夫婦らしき男女が現れた。服装はよれてはいるが身奇麗だ。


「……ミレア!!」


 涙ぐんでいる夫人はジョルジュと、夫人に寄り添う夫はミレアの目元と雰囲気が似ていた。この二人がミレアの両親だということは、一目瞭然だ。

 中身は水縞あいりなので、喜んでいる両親を前にしてしまうと複雑な心境に陥ってしまうが、こればかりはどうしようもないので黙っていた。娘ではないと伝えても悲しませるだけだ。それならば、外側だけでも娘を演じるしかない。


「エミール様……娘に会わせてくれてありがとうございます」


 ミレアのすぐ後ろにいるエミールに気がついた母親は、小さく頭を下げた。


「いいえ。今日は娘さんだけですが、ジョルジュくんは、仕事熱心で連れて来られなかったので、後日改めてご挨拶に伺います」

「……ありがとうございます!」


 ジョルジュにも声をかけていたことは知らなかった。


「それで、本日はこれをお返しするのに来ました」

「……これは?」

「この家と土地の権利書です」

「ええっ!?」

「エミール様!?」


 まさかエミールが、洋館と土地の権利書を返すとは思ってもみなかった。ミレアは驚いた。


「自分の代になったら返そうと思っていたんだ」

「……そうだったんですね」


 権利書を受け取った父親は、先ほどミレアの姿を目にした以上に涙を流していた。


「ありがとう……フランドル侯爵」

「エミールでいいですよ、ティルベリー伯爵」


 爵位は剥奪されていないので、父親は伯爵のままだ。


「……うん。エミールくん」


 エミールは、権利書を返却するという目的を果たして満足したのか、泣いて喜ぶ二人に背を向け、その場から立ち去ろうとした。


「……ミレア? もう帰っちゃうの?」

「また今度、ジョルジュを連れて改めて来ます!」


 夫人に呼び止められたものの、ミレアは慌ててエミールを追いかけた。


「いいの?」

「そのうち、ジョルジュと顔を出すのでいいです。いきなりだったので、どうしたらいいのか、わかりませんし」

「言わずに連れてきてごめん」

「いいですよ。小旅行みたいで楽しかったです」

「それならよかった」


 どこに連れて行かれるんだろうと、道中楽しかったので素直に伝えた。作業している人たちを眺めながら、エミールと共に歩く。


「……ミレア」

「はい」

「近くの湖畔まで散歩しない? 夕日が綺麗だって聞いたんだ」

「いいですね。ちょっと歩きたかったので、行きましょうか」


 洋館から徒歩五分ほど西に進んだところに、大きな湖畔が広がっていた。ティルベリー家の土地でもある。湖面に夕日が反射して思わず目を奪われてしまう。六年間、必死に頑張ってきたが、こんな穏やかな気持ちで景色を眺める日が待ち遠しかった。

 隣には、珍しく緊張した面持ちをしているエミールがいる。


「……左手を出してくれる?」

「……はい。出しましたよ」


 左手を差し出すと、エミールはベルベット素材の巾着から、金色のシンプルなリングを取り出した。


「指輪、作ったんだ。僕と……結婚してほしい」


 もう一度、エミールにプロポーズされたら、どう答えるかはすでに心に決めていた。この時を待っていた。ミレアは優しく微笑みながら答えた。


「いいですよ」


 エミールの母親の形見である指輪を渡されたときも、本当は嬉しかった。けれど、本心を伝えることは憚られた。もう断罪は回避されたので、ようやく胸を張って生きることができる。


「……本当?」

「ええ。だって、エミール様は頑固ですから。自分からは折れないでしょう?」

「……うん! うん! 僕からは折れないよ、絶対に! 君に断られたからって、絶対に諦めない!」


 エミールは、今まで以上に満面に笑みを浮かべて嬉しそうだ。それを目にしているだけで、こちらまで喜びが伝わってくる。


「ふふ。それより、指輪早く嵌めてください?」

「……うん!」


 差し出したままの左手が寂しいので催促すると、エミールは、ミレアの薬指に金色の指輪をゆっくり嵌めた。左手の薬指には金色のリングが光っている。前世でも一度も嵌めることのなかった箇所に、転生して六年目で嵌めることになった。でも、ミレアは誇らしげだ。


「末永くよろしくしてくださいね?」

「……こちらこそ!」


 感極まったエミールに抱きしめられた。

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