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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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3話「イザベラの兄、エミール」

 異世界転生から、三日が過ぎようとしていた。水縞あいりことミレアは、今日もキッチンで調理補助に勤しんでいると、先ほどから何度も盛大な溜め息を吐いているハウスメイドが気になった。盛りつけた料理を銀のトレイに載せているが、なんだか憂鬱そうだ。こういう場合、素直に聞いてもよいものか、それともそっとしておくべきか。どちらが正解か分からないが、視線が合ってしまったので声をかけた。


「具合でも悪いんですか?」


 ミレアが声をかけると、肩につくくらいの黒髪をした、十代半ばのハウスメイドは首を振った。


「違うのよ。辛気臭いエミール様の部屋に、届けるのが億劫なだけよ」


 悪びれもせず言いのけた。エミール様とは、エミール・ディ・フランドルのことで、イザベラの異母兄だ。ミレアよりも二歳年上だが、生まれつき病弱なために寄宿学校ではなく、自宅からパブリックスクールに通っている。通学は体調のいい日だけなので、毎日授業を受けているわけではない。どうやら、今日は自室にいるようだ。

 血の繋がりのない継母は、そんなエミールに対してよい感情を抱いておらず、虐げることをやめない。自分が産んだのが娘一人だけだからだろう。メイドもそんな空気を感じ取ってか、夫人と同じ態度を取っているのだ。負の感情はいとも簡単に連鎖する。


「……私が代わりに行きましょうか?」


 原作に登場するエミールも、線の細い美少年だった。継母や妹に虐げられ、フランドル侯爵家が断罪されたあとは行方不明になる。だから不憫に思って声をかけたわけではない。自分の味方になってくれそうな存在を、一人でも増やしたかっただけだ。それだけだ。


「え、いいの!? 助かるー! 午後も働きゃなんないのに、生気のない人間に仕えたくなかったのよ」


 仮にも、フランドル侯爵家の長男に対して散々な言い草だが、面倒ごとに巻き込まれたくないからか咎める者は誰もいない。

 トレイを受け取るとそこには、ライ麦パンと野菜屑だらけの冷めた汁物、牛乳、色の変わりかけた林檎半分が載せられていた。


(……さすがにこのまま届けると、私も悪意があると思われかねないわ)


 ライ麦パンは、今でこそ栄養価の高さで知られているものの、この時代に作られていた物はまだまだ粗く、小麦より安価な上に消化に時間がかかるため、貴族の間では好んで食べられるようなものではなかった。小麦とライ麦を混ぜたものならともかく、エミールに出されていたものはライ麦のみで完全に嫌がらせだ。

 恨まれたくないミレアは、少しだけ手を加えることにした。硬いライ麦パンは、牛乳で煮てパン粥風にアレンジし、野菜屑だらけの汁物は、使う予定のない大根の菜っ葉を洗い、刻んだものを足してひと煮立ちさせた。半分サイズの変色しかけた林檎は、カットしてから砂糖で焼き、檸檬果汁を足してコンポート風にした。さすがに新たになにかを追加するにはリスクが高すぎるので、捨てる予定の大根の菜っ葉を入れただけだ。

 フランドル侯爵や夫人、客人に提供するわけではないので、確認されることすらなかった。

 中央にある階段を上り、二階一番手前の部屋の扉をノックしながら声をかけ、返事を待つ。


「エミール様。お食事をお持ちいたしました」

「……入っていいよ」

「失礼します」


 ほどなくして了承を得たので扉を開けると、寝台の上に横たわっていたのは、青白い顔をした金髪の美少年だった。あまり原作に登場しなかったとはいえ、想像以上に細身だ。机の上にトレイを置き、食事介助のために体を起こすのを手伝うと、十四歳のわりにミレアと大差ない腕をしていた。


「……いつもの人じゃないね」

「代わったんです」


 トレイに載せた温かい料理を目にしても、エミールは顔色を変えなかった。


「明日からは卵、魚、赤身の肉、野菜を多めに、主食はリゾットにしてほしい」


 そう言いながら、ミレアの年収よりも高額な、二十と書かれた紙幣を渡されてしまった。この世界に来て初めて手にしたお札だ。現代の貨幣価値に換算すると五万円ほどだが、この作中の下働きの年収は四万円に届くか届かないかくらいだ。世界観を熟知しているだけに、ミレアが怖気づくのも無理はない。


「半分は手間賃だ」

「高額すぎませんか?」

「協力者には、そのくらい支払うべきだろう?」


 境遇や生い立ちなど、一方的に知っているキャラだが、エミールにとってミレアは、ほぼ初対面のはずなのに信頼されているのはどうしてだろうか。継母や妹、メイドから虐げられていようとも、貴族の子息には変わらないことから、金銭面での苦労はしていないのだろう。


「私が、このお金を持ち逃げしたらどうするんです?」


 脅すわけではないが、魔が差して持ち逃げしない保証はどこにもない。それを伝えると鼻で笑われてしまった。


「たったこれっぽっちのお金じゃ、一年も暮らせないことくらいわかっているでしょ。リスクが高すぎる」


 確かに、年収より高いと言っても住み込みのメイドは薄給だ。持ち逃げした後、働き口があるのならともかく、推薦状は必須だし、訴えられれば二度と他の家で働くことは絶望的だ。

 侯爵家の令息で体も丈夫ではないというのに、彼は世間知らずではないようだ。


「引き受けましょう」


 半分は手間賃として受け取っていいと言うのならば、ありがたく懐に納めることにした。背に腹は代えられない。金はあるだけいい。


「そうだ。ついでに猫の餌も頼めないかな」

「ね、猫……ですか?」

「うん。こっそり裏庭で飼ってるんだ」


 自分が今にも倒れそうなほどの栄養失調状態だというのに、まさか猫の心配をしているとは呆れてしまった。もしかすると、部屋に運ばれてくる粗末ながら貴重な食事を、猫に分け与えていたことも考えられる。


「……猫はなにを食べるんですか? 魚ですか? それとも鶏肉ですか?」

「両方あればいいかな。味はつけずに茹でてほしい。量は一日でこれくらい」

「はあ。わかりました」

「猫、あまり好きじゃないの?」


 引き受けたことを若干後悔していると見抜かれた。態度に出過ぎていたかと冷や汗が噴き出る。猫好きな人からすれば、こういう態度は面白くないだろう。苦手すぎて配慮に欠けてしまった。


「あー……はい。好きでも嫌いでもないですね。なぜか向こうから寄ってくるだけで、私はそれほどでも……。きっと、私の前世はネズミだったんだと思います」

「前世が……ネズミ……」

「あ、変なこと言っちゃいましたね。気にしないでください」


 どっちにしろ近いうちに買い出しに行くつもりだったので、そのついでに済ませることにした。

 昼食の準備や片づけを済ませると、順番に昼休憩に入る。その時は、外出しても咎められないので街へと繰り出し、指示された食材を買い集め、本来の目的である手頃な価格帯の白い布も購入した。

 食材を買い漁っている最中に思い出したが、この世界には冷蔵庫という文明の利器は存在しない。そのため、生鮮食品を保管するには、邸宅の地下にある氷室を利用するほかない。ところが、メイド個人に使用権限はないので、エミールに保管を頼むか、前日の日中に仕入れて部屋か外の花壇にでも隠し、調理するタイミングで持ち出さなければならない。


(……余計なことを引き受けちゃったわ……)


 落胆しながら邸宅に戻ると、先ほど、エミールの食事を運ぶのを渋っていたハウスメイドがいた。


「あの。よかったら、明日以降も私がエミール様にお食事を運びましょうか?」

「えっ、本当!? 引き受けてくれるの!?」


 頷くと握手を求められた。よっぽど嫌だったらしい。金を受け取った以上、ミレアは最後まで付き合うつもりだ。あとで食料の保管について、エミールと話し合うことにした。


 翌日。たまたま窓から外を眺めていたところ、黒猫に餌をやっているエミールを目撃した。そういえば、水縞あいりが車に轢かれた際も、助けたのは黒い仔猫だった。咄嗟に体が動いてしまったことに後悔はない。ただ単に猫が苦手なだけで、嫌いなわけではないのだ。エミールにもうっかり喋ってしまったが、前世がネズミだと本気で信じている。

 猫にしては上質な餌をもらい、甲斐甲斐しく世話を焼いてもらっているというのに、黒猫は、エミールには懐いていないのか、敵意むき出しだった。ちょっとだけ面白かった。

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