26話「六年目の建国記念日」
六年目の建国記念日当日の朝。一部の使用人を除き、大多数のメイドは休暇になっている。首都ローゼンブリッジの至るところではお祭りが開かれ、歌に踊りに楽器演奏と、市民はそれぞれ盛り上げようと準備していた。
ほとんどの店は休日なので、ここぞとばかりにマーケットで儲けようとする者は毎年現れているが、無礼講ということで許されている。
ミレアは、イザベラのヤングレディーメイドだ。事前に、建国記念日には休みを与えると言われていたが、今年はそれを断っている。イザベラの誘拐が企てられている可能性も捨てきれないので、それを阻止するためだ。
そしてジョルジュとの接触を阻むためにも、今日はエミールの付き添いとして一日一緒にいてもらうことになっている。さすがに、相手が侯爵ならば簡単に手出しできないだろう。
原作だと、祭りの最中に、街の中心部にある広場に人が集まったタイミングで、マーガレットが市民に切々に訴えることで断罪が始まる。
悪行は一つ二つどころではなかったが、観衆の同情を誘ったのは、やはり車椅子に乗る彼女の母親だろう。マーガレットを亡き者にしようと人を使い馬車に細工を施し、遠出の途中で車輪が外れて崖から転落。運転手と馬は即死、母親は下半身不随になり、マーガレットは大怪我を負った。
一生歩けない体になってしまった母親と、太腿にできた自らの大きな傷痕で群衆の涙と同情を誘い、イザベラという悪役令嬢と、そのメイドであるミレアにされたことを白日の下に曝すのだ。
そして、王族の代理人がマーガレットの後ろ盾として現れ、数々の嫌がらせの証拠と、王室の公印が捺された正式な書状を掲げ、国王が発行する勅命書を読み上げたのちに処刑されるというジ・エンドを迎える。そんな流れだ。
マーガレットには、何度か手作りのチーズケーキを届けて良好な関係を築けているし、この六年間は真面目に生活していた。できる限りを尽くした。それなのに、胸騒ぎがするのはどうしてだろうか。
ひとまず、外に誘われても出なければいい。邸宅で、今日という一日をやり過ごせればミレアの勝ちだ。
「建国記念日なのに、今日は出かけないの?」
「お嬢様は、私と一緒にいるのは退屈ですか?」
「ううん。そうじゃないけど、せっかく天気がいいのに、もったいないなって」
イザベラがいうように秋晴れといった爽やかな天気だ。外へ出たいという訴えも頷ける。庭先に出るくらいならいいかと口を開こうとしたところ、険しい顔をしたハウスキーパーが扉を激しくノックした。
「ミレア。いるかい。ミレア」
「……はい?」
「いますぐ一階の応接間に来なさい」
どういった用件なのか尋ねても、ハウスキーパーは青白い顔を曇らせるだけで、早く顔を出すように催促するだけだ。
「ミ……ミレア」
「お嬢様はここにいてください。ちょっと行ってきますね」
不安そうにしているイザベラに声をかけてから部屋を後にした。
(……直接、出向いてきたのね。いいわ、望むところよ!)
頬をパチンと両手で叩き、気合いを入れながら階段を下り、一階の応接間の扉をノックして足を踏み入れた。そこにいたのは、整列した甲冑姿の兵士と、ルパート王太子の側近の大男だった。ミレアの姿を目にするなり、手にしていた書状を読み上げた。
「ミレア・ホルダー。いや、本名ミレア・ウィン・ティルベリー。貴殿に、故フランドル侯爵殺害の容疑がかけられている!」
確かにそう告げた。故フランドル侯爵殺害の容疑がかけられている、と。
「……あの、私にはアリバイがありますけど、ちゃんと調べていますか? 邸宅にいたのに、どうやって領地視察に行っている侯爵に手を下すんでしょうか」
「これだ」
そう言いながら側近は小瓶を取り出した。なんの変哲もない、ただの白い小瓶だ。どこの家庭にもある。どうやら、この小瓶に毒を盛り、誤って故フランドル侯爵が飲んで命を落としたと言いたいらしい。
「この小瓶には、貴殿の指紋が付着している」
たったそれだけで? とうっかり口から滑り出しそうになった。
「知らないものは知らないですよ。でも、ここのキッチンには似たような小瓶がいっぱいありますから、どれかしら触っているでしょうね」
故フランドル侯爵が服用していた薬が小瓶に入れられており、そこに毒が検出されたと実物を見せられた。侯爵の持ち物に触った覚えはない。きっと、キッチンに置かれた小瓶にミレアが触れたあと、誰かが回収したのだろう。
「まだしらを切るつもりか」
「だって私は関係ないですから」
「だが、故フランドル侯爵は、貴殿の復讐相手だろう?」
復讐相手というのは真実だ。けれど、だからといって正しいとは限らない。
「それなんですけど、どうして首都から離れた土地に住んでいた、没落貴族のことを知っているんですか?」
「……債務手続きに入れば、王室発行の公式刊行物に記載されるからだ」
「そうでしょうけど、没落した原因までは記載しないですよね? 地方の新聞も確認しましたが、ただ、領地を手放すことになったと記載されているだけでした。それなのに、没落した理由まで把握しているだなんておかしくないですか?」
記載されているのは氏名と住所、職業、日付、手続き通知のみだ。そこから調べない限り、原因はわからないし、判明した場合は新聞に書かれてしまうのが関の山だ。けれどミレアが地方新聞を調べた限り、ティルベリー家になにがあったのか載っていなかった。
「王室を疑うというのか!」
「あと一ついいですか? 私が毒を購入した履歴は持ってきているんですよね? まさか、ないのにわざわざ来ていませんよね?」
「……これだ」
紙を見せられ日付をよくよく見ると、その日に覚えがあった。
「毒を買ったとされているその日。私は一日中、オークション会場にいましたよ? あの場にいたことは、後ろの席にいた伯爵が証人になってくれるでしょう」
それを指摘すると、側近は慌てて日付を書き間違えたと言い出した。ここまで見苦しいとは思わなかった。
「王室に勤める人間が、そうやって証拠を捏造しても問題ないんですか?」
「捏造ではない、真実だ!」
平行線のまま進まない。このままでは、犯人にされてしまいかねない。
エミールを呼びに行こうとしたところ、ジョルジュを伴って現れた。
ミレアと目が合うなり、大きく頷いた。どうやら、予測して秘策を打っていたらしい。
「これはこれは、フランドル侯爵ではないですか。あなたにも容疑がかかっているんですよ」
「故フランドル侯爵の件ですよね。医師からの診断書ならありますよ。三枚」
「フン。診断書などどうにでもなるでしょうに」
目を通そうとすらしなかった。どうしても共犯者に仕立て上げたいようだ。
「それなら、今から埋葬した遺体を調べに行きませんか? まだ死後二か月ですから、毒が原因ならわかりますよ」
そう告げるなり、待ってましたと言わんばかりに側近はにやけた。
「いいでしょう。鑑識は連れてきているので、今すぐ行きましょう」
端からそのつもりだったのだろう。
(エミール様……)
すでに埋葬している、故フランドル侯爵の遺体から毒が検出されるように細工されている可能性も考えられる。このまま一緒に向かってもいいものか。もう一度、エミールの方を見ると、口元に笑みを浮かべていた。勝算はあるようだ。
教会の側にある家族墓所へ移動する前に、エミールはジョルジュになにかを耳打ちすると、一足先に応接間を出た。それを目にしても、側近は勝ち誇った表情を変えることはなかった。ジョルジュのことはもう見限ったのかもしれない。
墓地から遺体を掘り起こすには、裁判所の許可が必要だが、すでに手配しているという徹底っぷりにますます怪しさを感じたが、墓所へと向かった。
側近が連れた兵士がスコップで墓を掘り起こす。二十分ほどで棺が現れたので、遺体に毒が含まれているのか調べた。胃壁の一部を切り取り、塩酸に溶かし銅板を浸け、湯煎で温める。板の表面に灰黒い幕が浮かび上がった。それを目にした途端、側近は笑みを浮かべた。
「……ほら、ヒ素が検出されましたよ!」
「そんな!」
ミレアは驚き、隣にいるエミールを見る。肩にポンと手を置かれた。
「故フランドル侯爵を殺害したのは、お前だ!」
側近が宣言して指をさすと、甲冑姿の兵士はミレアを取り囲もうとした。絶体絶命のピンチだ。
「──待ってください」
それまでは静観していたエミールは、声を張り上げた。
「ここに確固たる証拠があるのに、まだ白を切るんですか? フランドル侯爵」
「違いますよ。その遺体をよくご覧ください」
ミレアもまじまじと観察した。そういえば、すこしふっくらしているように見えた。膨張でもしたのだろうか。
「……なんですか?」
「この遺体、故フランドル侯爵では《《ありません》》」
「な、なにっ!?」
「えっ!?」
「本物のフランドル侯爵の遺体は、別の場所に埋葬しています」
信じられない一言が飛び出し、ミレアはすぐさま顔を確認した。先ほど感じた通り、フランドル侯爵よりもふっくらしているし、髪の色も赤毛ではなく栗色だ。死後変化したと思ったが、遺体が入れ替わっているのならば納得だ。
「そ、そんなはずはない!」
「棺に入れられた紋章も違いますよね? 許可を頂いて、別の方の棺と交換していたんですよ。本物はこの裏に埋葬してあります」
こうなることを想定して、フランドル侯爵の紋章の写しの準備もしていたらしく、紙を開いて見せたが確かに違っていた。
スコップを手にした兵士にエミールが指示を出すと、側近は慌てて制止を促したが、兵士たちは戸惑いながらも裏側にある墓所を掘り起こし始めた。三十分ほどで、フランドル侯爵の紋章が入った本物の棺が現れる。蓋を開けると、確かに本人だった。
先ほどと同じように胃壁の一部を切り取り、塩酸に溶かしてから銅板を浸け、湯煎で温めたがなにも浮かばなかった。ヒ素は検出されなかった。
「毒は出ませんでしたよ?」
「……ば、ばかな!」
「一体どう責任を取るおつもりですか?」
「わ、私はなにも知らない!!」
「──みなさん。もういいですよ。こちらに出てきてください」
エミールが背後に向かって呼びかけると、教会に集まっていたらしき貴族の面々が、ジョルジュに誘導されながらぞろぞろと姿を現した。シドマス元子爵と夫人を筆頭に、別の没落貴族や、その友人の貴族が勢ぞろいしていた。なんと、その中にはメルヴィル公爵の姿もあった。メルヴィル公爵は、居心地悪そうにしており、側近と目が合うなり逸らした。数百人はいる。このためにエミールはジョルジュに耳打ちしたのだろう。
「みなさん。ルパート王太子はこのような指示を出して、私たち貴族の財産を没収しようとしているんですよ。うちの次は、メルヴィル公爵が狙われるかもしれない。他人事じゃないんですよ。今こそ、みんなで力を合わせるべきではないですか?」
「お、王太子は関係ないっ!!」
「そうですか。それが真実ならば、あなたが一人で仕組んだことになりますね。処刑は免れないでしょうけど……いいんですか?」
「……うぐっ……」
エミールがそれを告げると、力なく項垂れた側近は、今まで仕出かしたことを洗いざらい懺悔した。それを耳にしていた貴族らは怒りに震えていたが、最後まで口を挟むことはなかった。
それからはあっという間だった。側近は連行され、ルパート王太子に不満を募らせていた没落貴族の働きかけで、数百人の貴族らが一斉に署名した「王太子不適合嘆願書」を作成し、貴族院で緊急決議が開かれた。そこで満場一致で国王陛下に上奏することが決定し、代表であるエミールがエルダークラウン宮殿にいる国王陛下に提出した。
王太子は終始知らぬ顔をしていたが、側近の証言から長年クーデターを企てていたことが明るみになった。貴族の私物オークションでの売り上げや、没収した私財の一部を軍資金に充て、宮廷を制圧し、自らが国王になろうとしたのだ。
側近は側近で、罪を軽くしたいがために証拠の数々を提出したことで、国王陛下も調査することになり、議会が緊急招集されて特別法を制定し、国王陛下が裁可した。ルパート王太子は継承権を剥奪された。
ただ、側近が、王太子の名を騙って没落させた貴族の私物を戦利品として、私邸に大量にコレクションしていたことから、王太子の独断ではないと判断され、長年の慈善活動を考慮された王太子は、死罪は免れ国外へ亡命することが決まった。建国記念日からわずか五日間という、まさに怒涛の展開だった。




