24話「証拠集め」
翌朝。今後ジョルジュには、ルパート王太子や側近に呼び出されても、しばらくは体調不良だと偽り接触を控えるよう伝えた。その間に、ミレアはエミールと調べられそうなところを虱潰しに当たるつもりだ。
まず身近に手がかりがないか探したところ、故フランドル侯爵には、よく引きこもっていた書斎があったことを思い出した。存命していた頃は、夫人や家令ですら入室を制限するほど徹底していた。亡くなった現在も、扉には鍵式の錠で封じられたままだ。まるで開かずの間のようだ。故フランドル侯爵の所持品に鍵はなかったというので、入るならば壊した方が手っ取り早いだろう。
エミールは、家令に斧を用意させ、木製の扉を破壊するよう命じた。家令は驚きつつも、今の侯爵はほかでもないエミールだ。使用人が準備した斧を振り上げた。
──バキッ!
見事、扉が取っ払われたので書斎に足を踏み入れると、本棚と机と椅子が置かれており、特に変わった様子は見られなかった。適当に書籍を手に取って中身を覗いたが、なんの変哲もない内容だ。
「……ミレア」
「はい?」
「これを見て」
机の中を調べていたエミールに声をかけられ、手渡された紙を確認すると、そこには王太子の側近の名で書かれたものが複数枚あった。内容に目を通した途端、ティルベリー家について書かれていたのでミレアは動揺した。
「……もしかして、王太子が裏で関与していた……とか?」
「……これだけでは確証は持てないけどね」
原作ではなかった展開だ。ティルベリー家を狙ったのはフランドル侯爵の独断だ。ティルベリー伯爵家の領地の周囲をフランドル侯爵家が占領していたため、中心部にあったティルベリー家の領地も欲したのだろう。だが、王家が一枚噛んでいるとは想像していなかった。
机に残されていたのは、ルパートの側近の名が書かれている短い指示書が数枚。ティルベリー家の領地を得た際、どのくらいの利益を産むか、証拠を残さない方法、そしてやり取りした紙は燃やすように書かれていた。王太子に仕える側近が、独断で貴族を誘導していたとは到底思えない。背後には、王太子か誰かの存在があるはずだ。
「もしかして、後々ゆするために残しておいた……とか?」
「だろうね」
さすがにサスペンスドラマの見過ぎだろうかと思ったが、エミールは頷いてくれた。だが、そのおかげで手がかりを得られた。
「領地を奪われた元貴族を当たってみるのはどうだろうか」
「そうですね。なにか話が聞けるかもしれませんね」
原作ではその辺りは語られていないが、この世界には同じように領地を奪われた当事者がいないとも限らない。
「没落貴族については、新聞に載っているから調べに行こうか」
「わかりました」
閲覧室と呼ばれる、現在でいう図書館のような施設があり、そこでは新聞が保管されているという。首都で発行されたものは当然、地方紙も納本されているようだ。ティルベリー家のことが載った記事も探せば見つかるだろう。
閲覧するためには、貴族の紹介があれば一般人でも読書券を発行してもらえるので、エミールと行けば確実だ。
午後から休みをもらい、閲覧室で手分けして記事を探すと、それほど多くはないがいくつか見つかった。そのうち三つの貴族家は、首都からそう離れていない場所に住んでいることがわかった。
ところが、エミールと尋ねてみたものの、報復を恐れてか誰も口を開くことはなかった。
「困りましたね……。あと二つの貴族家があるはずですけど、この調子だと一人も協力してくれないかも……」
「うん……」
「やっぱり、慈善活動をしている王太子が一枚絡んでいるなんて、誰も信じないですよね」
二十四歳になった王太子の現在の立場は盤石だ。十代前半から取り組んでいた、慈善活動に精力的に力を入れ続けているその裏で、貴族に濡れ衣を着せて私財を没収し、私腹を肥やしているのだろう。確実な証拠があるわけではないが、数か月から数年の間に没落させられた貴族は、どこも王室と懇意にしていた。
ティルベリー家は、フランドル侯爵に騙されて領地を没収されたが、その一部の収益は王太子に流れたのかもしれない。
「メルヴィル公爵だったはずです」
別の公爵家が提供し、黄金には目がないメルヴィル公爵が落札していたのに、王太子の側近が手にしている理由を探る必要がある。
そして、本来の持ち主であるシドマス元子爵の失脚理由は女性問題だった。シドマス子爵夫人が、我が物顔で邸宅に居座る愛人に腹を立て、刃物で腹部を刺すという事件が起こってしまった。スキャンダルはご法度だ。シドマス子爵は爵位と領地を剥奪され、刃傷沙汰なので裁判に発展してしまったが、刺された愛人は軽傷だったことと、愛人が途中で訴えを取り下げたのでシドマス元子爵夫人は罰せられることはなく、現在は郊外でひっそりと暮らしている。
「公爵家と元子爵夫人に話を聞きに行こうか」
「ええ」
「諦めずに説得を続けよう」
「……そうですね。あ、そういえば思い出したんですけど、今年の四月に王太子主催のオークションで、シドマス元子爵のブローチが出品されていました」
「稀にあるね、そういうことは」
黄金にエメラルドが嵌め込まれたブローチを側近は所持していたが、シドマス元子爵のもので間違いないだろう。
「それがですね、そのブローチ、持っていたのが王太子の側近だったんですよ」
「落札は誰が?」
メルヴィル公爵家は、フランドル侯爵家の近所に邸宅を構えていたので、まず先に落札した公爵家に足を運び、黄金にエメラルドのブローチについて質問することにした。
たまたま在宅していたメルヴィル公爵は、知らぬ顔で「使用人が失くした」と答えた。日々、色んなものを収集しているので、そんなことはよくある、とも豪語していた。黄金のブローチはそれなりの値段だ。大金をはたいて買ったのに、忘れるものなのかと不思議だった。
念のために使用人にも尋ねると、反応はまったく違った。
「私たちが失くしたですって!? 冗談じゃないわ! そんなことになれば、とっくにクビになっているわよ! あの公爵、ドケチだもの!」
そう教えてくれた。そのついでに、時々、側近とメルヴィル公爵が夕食を共にしていることも喋ってくれた。使用人に礼を告げ、邸宅を後にしてからエミールに話しかけた。
「なにか取引する代わりに、譲り受けた可能性もありそうですね」
「うん。そうだね」
「じゃあ、次はシドマス元子爵夫人を尋ねましょうか」
「ああ」
郊外にあるシドマス元子爵の家に向かうと、暗い表情をした夫人が応対してくれた。
「黄金にエメラルドのブローチ? ああ、あれはすでに手放したものよ……」
力なく答えるだけだった。もういいかしら、と言われたので早々に切り上げて帰ろうとしたところ、屋敷の外にて夫人の傍にいた使用人に呼び止められた。
「あなた……もしかして、ミレアお嬢様じゃない?」
「え? ええ、そうですけど……?」
ミレアのことをお嬢様と呼ぶ人間は限られている。驚き足を止めると、周囲を気にしながら小声で話し始めた。
「……私のこと覚えてないかしら。ティルベリー伯爵邸で、奥様のレディーメイドをしていたのよ」
「えっ!?」
ティルベリー家が没落したのは十年前だ。水縞あいりが転生、または憑依する前の出来事だったので覚えてはいないが、話を合わせると色々教えてくれた。
「さっき、黄金にエメラルドのブローチについて聞いていたわよね。あれは夫人のお気に入りのもので、結婚する前に旦那様からプレゼントされたものよ。大事にしていたから、決して売るはずがないわ。でもね、奥様が事件を起こす前に、王太子の側近の使いを名乗る者が現れて、『王太子殿下の慈善活動のために寄付してほしい』と強引に持ち去ったのよ」
それだけでなく、使いの男は、『これもまた、あの人のコレクションの一部にされるんだろうな』とつぶやいたのも聞き逃さなかったという。
「……もしかして、お嬢様の万年筆も、コレクションに加える気かしら……?」
ミレアが思わず懸念すると、隣にいたエミールも頷いた。
そして、シドマス元子爵夫人が愛人を刺した事件についても話してくれた。夫人は愛人を刺しておらず、夫人にナイフを手渡し柄を握らせ、鞘を抜いた愛人が自ら刃を向けて刺したという。
「これ、愛人が夫人に渡した手紙よ」
ポケットから取り出した手紙を手渡された。シドマス元子爵が、愛人に送ったとされるラブレターだそうだが、元子爵は知らないと言っていたらしい。けれど、銀行員と郵便局員に筆跡鑑定を依頼したところ、九十九パーセントの確率でシドマス元子爵だと言われてしまったと悔しそうに打ち明けてくれた。正式な鑑定士はいなかったが、職業柄多くの筆跡を見る職種の人物に、依頼することはたまにあった。側近が金を握らせて鑑定を偽ったのでは、と使用人はぼやいた。
「あと、こんな手紙もあるのよ」
もう一枚見せてくれた紙には、『黙っていれば家族の命は守る』とだけ書かれていた。
「この二通、お預かりしてもいいですか?」
「もちろんよ」
故フランドル侯爵の書斎にあったメモの文字と、預かった二枚の紙を馴染みの銀行に持ち込んで照合してもらうことにした。




