23話「黒幕判明」
赤や白、黄、紫など色とりどりのダリアの花が街中を彩り、道行く人々に安らぎをもたらす九月上旬。
驚くほど平穏だったフランドル侯爵邸に動きが見られた。またイザベラの私物が一つ、行方不明になったのだ。前日まで鏡台の上にあったはずの小さな手鏡が消えていた。ミレアも確認していたので、イザベラではないことはわかっている。本人を必要以上に怖がらせたくないので、ミレアは「きっと部屋を掃除したときに、どこかに紛れたんでしょう」と誤魔化したが、そのままにしておけるはずもなく。
事件現場にわざとらしく落とされてからは、イザベラの持ち物に名前を刻まなくなったので、失くした手鏡にも名前は入っていない。だから今度は、わざと紋章の入ったイザベラの万年筆を、部屋に残すことにした。
「お嬢様。本日のアフタヌーンティーは中庭でどうですか?」
「いいわね!」
イザベラを中庭へと導き、少し経ってからポットが冷めたので、新たに淹れ直してくると言って席を離れた。ほかのメイドに行かせるように不満を漏らしたが、スフレパンケーキのおかわりを焼いてくると告げると笑顔で見送ってくれた。
(引っかかってくれるかしら……?)
小さなワゴンを押して食堂に置いてから、ミレアは二階にあるイザベラの部屋の様子を観察することにした。小さな変化も見逃すつもりはない。裏側から回れば侵入した誰かと鉢合わせする可能性があるので、まっすぐ向かった。
(……変化はなさそうね)
音を立てないように部屋に入ると、人が侵入した形跡は見られなかった。清掃はすでに入っているし、室内を見回しても盗られた形跡は見られない。
そう簡単に引っかからないか……とミレアが部屋を退室しようとしたその時。誰かが扉に手をかけたのか、キィという蝶番の軋む音がした。ミレアは慌てて寝台の下に隠れた。息を潜めてじっと待つ。かろうじて見えるのは足元だけだが、使用人が履いている何の変哲もない茶色のブーツだ。うっすら泥がついているが、足元の汚れに気づかずそのままにしていることは珍しくない。
(……ちょっとでも動いたら、ここにいることがばれてしまうわ……)
飛び出して姿を確認したい気持ちをなんとか抑え、侵入者が立ち去るのをじっと待った。数分経ち、人の気配がなくなったので寝台の下から抜け出すと、ミレアは急いで廊下を確かめるべく走った。
(……誰もいない?)
ところが、すでに別の部屋に向かったのか、誰もいなかった。
ひとまず、部屋の中からなにか盗られていないか調べることにした。荒らされた形跡はないし、宝石の類いもある。机の上にわざと置いていた万年筆も無事だ。引っかかってくれなかったらしい。
「……ん?」
ふとなにかが引っかかり、万年筆を手に取ると、フランドル侯爵の紋章をアレンジしたイザベラの紋章が入っているはずなのに、別の紋章が入れられていた。どこか見覚えのある紋章だ。それがなにかは思い出せないが、万年筆は差し替えられていた。
「この紋章が誰のものなのか、照合できればなにか掴めるかも……!」
万年筆をハンカチに包み、ミレアはポケットにしまった。
一階にある台所でスフレパンケーキを焼き、イザベラには万年筆のメンテナンスをするために預かったと告げた。
***
翌日の昼休み。首都ローゼンブリッジには紋章院が存在するので、足を運ぶことにした。紋章院とは、国王から紋章に関する権限を与えられ、管理している機関のことを指す。国民一人一人に登録された紋章が存在し、ここでは、紋章保持者の出自や系譜を参照できる。
紋章院に万年筆を持ち込み、紋章の登録者が誰なのか割り出してもらおうと侯爵邸を出たところで、弟のジョルジュの姿を見かけた。声をかけようとしたのに、こちらには気づかなかったのかどこか慌てた様子で行ってしまった。
(……照合は明日にするか、エミール様にお願いしよう)
こっそり後を追いかけると、ジョルジュは人通りの多い中心部にあるコーヒーハウスへと立ち寄った。コーヒーハウスは、アルコール抜きの社交場で、政治や経済、商取引、文学、学術だけでなく、賭博の場としても知られていた。そんな場所に弟が出入りしているとは思わなかった。
「どうしよう……このままじゃ目立ってしまう……そうよ、男装すればいいんだ!」
コーヒーハウスは女子禁制というところも多い。そこでミレアは、得意の男装をしてから突入することにした。中古の服を購入し、近くにある店で着替えればいい。少々回りくどいが、エミールが近くにいないので仕方ない。
髪の毛はシルクハットに押し込めて男装したミレアは、コーヒーハウスを訪れ、ジョルジュの姿を探した。店内の隅にいたジョルジュは、丁度、待ち合わせした誰かと接触していたようで、なにか手渡していた。暗がりでよく見えないが、ペンのような形状をしていた。接触していた人物は──。
(……ルパート王太子の側近……?)
慈善活動の最中、何度か目にしていたのですぐに誰か判明した。ジョルジュがペンを手渡した代わりに、紙幣を受け取る姿を目撃してしまった。あのペンは、イザベラの部屋にあった万年筆の可能性がある。
(……そうだわ!)
ミレアの手元には万年筆がある。わざと側近にぶつかり、本当にイザベラのものなのか確かめることにした。
──ドン!
「あっ、すいません! 前をよく見てなかったもので」
「あ、いや」
背後からぶつかった勢いで、万年筆と黄金に輝くなにかが床に転がり落ちた。側近は大男だが、ミレアの一発が効いて助かった。一瞬、ムッとした表情を見せたものの、ここが公の場だということをすぐに思い出したのか、苦笑を浮かべて耐えている。
男装する際に低い声を出す練習をしていたことが、まさか転生してから役立つとは──。
ミレアは慌てて地面に転がった二本の万年筆と、黄金にエメラルドが嵌め込まれたブローチを拾い上げ、男の目の前に手を差し出した。
「すいません。このブローチ、あなたのですか?」
「あ、ああ、そうだ。大事なものなんだ」
どこか見覚えのある黄金にエメラルドのブローチを返却した。そして、二本の万年筆について尋ねた。
「俺のものと似ていたようで、どっちかわかります?」
「あー……私のは、買ったばかりなんだ」
「じっくり見てもいいですか?」
「……どうぞ」
ミレアが確認すると、案の定、側近の手にしていた万年筆にはイザベラの紋章が入っていた。やはりジョルジュがイザベラの私物を盗み、金銭を得ていたのだ。
「……こっちでした。はい、どうぞ」
ここでジョルジュがすり替えた方を側近に渡してしまえば、どんな目に遭わされるのかわからない。それを踏まえてイザベラの万年筆を返した。
これ以上の長居は必要ない。用事を思い出した振りをしてコーヒーハウスを後にした。ジョルジュを待って事情を聞きたいところだが、側近に不審に思われたら厄介だ。
また店に戻って着替え、一応、万年筆の照合をしに立ち寄ってから邸宅に戻ることにした。
イザベラの部屋に残されていた万年筆の紋章は、ジョルジュ・ウィン・ティルベリーで登録されていた。部屋から私物を盗んでいたのは、ミレアの弟だった。
ひとまず邸宅に戻ると、ヤングレディーメイドとして働かなければならない。ジョルジュも仕事に戻るだろう。
話し合うのは早い方がいいが、エミールの意見も聞きたかったので帰宅を待つことにした。イザベラの入浴中にエミールに事情を説明しに伺うと、驚きつつも、ジョルジュを招いて話し合いの場を設けると約束してくれたので、任せることにした。
就業時間をとうに過ぎた深夜。エミールの私室に秘密裏に呼び出されたのは、ミレアとジョルジュだ。侯爵つきの侍従もいたが、エミールは下がらせた。
「ジョルジュ。どうしてお嬢様の私物を渡していたの?」
「……」
ジョルジュはちらりとエミールの顔を見た。たったそれだけでなにかを察したのか、エミールは口を開いた。
「席を外そうか?」
「いえ、エミール様もいてください」
「わかった」
ジョルジュと二人になっても、どっちにしろエミールの耳に入ることになると告げると、観念したのか、ジョルジュは事情を話し始めた。
「なにもかも奪ったこの家に復讐するためだよ、姉さん」
ティルベリー家を破滅に追い込んだフランドル侯爵に、復讐するためだと打ち明けられた。復讐したくないかと持ちかけたのはルパート王太子で、全面的に協力すると言われたという。だからジョルジュはファミリーネームをホルダーに変え、王家紹介のもと、フランドル侯爵家に配属された。
ジョルジュも最初は半信半疑だったが、ティルベリー家を破滅に追い込んだフランドル爵家の悪行が許せないと、王太子の涙を見て信じたらしい。情報を流す代わりに金銭を受け取っていた。
「……エミール様」
「うん。君の言いたいことはわかるよ」
本来ならば、ミレアがその役割だった。だが、転生した水縞あいりが、悪役令嬢になるはずだったイザベラを更生させようと導いていたため、新たな復讐者を発生させ、物語を正常に戻すためにと弟のジョルジュが選ばれてしまったのだろう。
「ジョルジュ。窃盗については、お嬢様に一緒に謝ろう」
使用人が貴族の邸宅で盗みを働き、裁判にかけられるケースは珍しくない。建国記念日を前にして、もしかすると姉弟揃ってクビになることも考えられる。それでも、早いうちに謝罪して、道を踏み外しそうになっているジョルジュを放置したくなかった。どうにかしたかった。
「はあ? なに馬鹿なことを言ってるの、姉さん。そんなことしたら、姉さんまで巻き添えになるよ」
「覚悟はしているつもりよ。あと、復讐に関しては少し待ってほしいの」
「どうして……」
「どうしても。だって不思議じゃない? どうやって王太子は、フランドル侯爵がティルベリー家を破滅に追い込んだことを知ったのかしら」
フランドル侯爵が、ティルベリー家を騙し、邸宅や領地を奪ったことは首都ではなく地方で起こったことだ。その上、侯爵は情報統制を徹底させていたので、当事者しか知らないはずだ。それなのに、王太子がなぜ把握しているのか。
「さあ……」
「でしょう? ちょっと調べた方がいいと思うの。けど、今すぐにはわからないだろうから、とりあえず一緒にお嬢様に謝りに行こう。許してもらえるかはわからないけど、でも謝ろう」
「で、でも」
「──ジョルジュ。大丈夫。お姉ちゃんが解決してみせるから」
「……わかった。でも、侯爵のことは信用してませんから」
「ジョルジュ!」
エミールに対してツンツンしているのでミレアは慌てて咎めたが、エミールは問題ないよと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「はは、それでいいよ。僕のことを監視するといい」
「……そうします」
果たして本当に解決できるのか。相手は王太子だ。けれど挑むしかない。
ジョルジュを引き連れ、イザベラに今までのことを謝罪しに行くと、驚きながらも許してくれた。寛大さに感謝した。




