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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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22話「まだ生きている」

 処暑を過ぎると段々と暑さが和らぐ八月下旬。イザベラ専属のヤングレディーメイドとして働く傍ら、休日になるとリメイクしたドレスを店に搬入したり、店内を整理したり充実した毎日で時間はあっという間に過ぎていく。

 建国記念日まで残り二か月を切っている今、悠長に店の準備をしている場合ではないのかもしれない。なにか大事なことを見落としているかもしれない。

 だがしかし、こちらが警戒していても、動きが一切ないのだ。邸宅の警備を強化したからか、イザベラの所有物、紛失騒動はすっかり収まったし、マーガレットを襲いイザベラに罪をかぶせようとした犯人は未だ捕まっていなくとも、あれ以来、とくに変わったことはないと言っていた。


(……嵐の前のなんとやら、じゃないといいけど……)


 平穏のまま、建国記念日当日を迎えられることにこしたことはない。とはいえ、そのまますんなりいくことはないだろう。


「ミレア。今、ちょっといいかな」


 キッチンで湯を沸かし、イザベラと夫人のアフタヌーンティーの準備をしていたところ、領地視察で一泊予定だと、朝に言っていたはずのエミールがひょっこり顔を出した。


「エミール様。今日は戻らない予定では?」

「なんとなく胸騒ぎがして、急遽取りやめたんだ」

「そうだったんですか。なにか淹れましょうか?」


 予定を切り上げて帰宅するようなことは一度もなかった。落ち着くためには緑茶だろうかと淹れようとしたが、手で制して止められた。


「いや、いい。それより、ずっと君に告げていなかったことがある」

「告げていなかったこと……ですか?」


 いきなり言われても、心当たりはなにもない。転生者で、実は顔見知りだったこと以外になにか重要なことでもあるのだろうか。


「……本当は、六年前に告げるべきだったことなんだけど……君はまだ生きているんだ」

「……え? こっちでは生きてますけど……?」

「ううん。そうじゃない。水縞さんは、現世で今も生きているんだ」

「……どういうことですか?」


 前世で車に轢かれたから、御剣才知の描いた世界の登場人物として転生した。生きているのならば、どうしてこの場にいるのか説明がつかない。

 水縞あいりは今も生存していると告げられ、ミレアは手にしていたティーカップを落としそうになった。エミールが支えてくれたので割らずに済んだ。

 一体どういうことなのか、見当がつかない。前世で命を落としたから、てっきりミレアとして転生したものだと捉えていた。転生か、憑依か、どちらに当たるのかは本人ですらよくわかっていない。


「生きているんだよ。正しくは、意識を失ったまま入院している……なんだけどね。きっと、君の魂だけが、こちらにきてしまったんだろう」

「……本当なんですか? 私がまだ生きてるって。そういえば、私の方が先に事故に遭って命を落としたと思っていたのに、緋崎先生の方が先にこちらの世界にいましたよね」


 水縞あいりは、緋崎玲斗が命を落とす前に車に轢かれたものだと思い込んでいた。正体を知った時点で疑問に思うべきだったのに、ミレアは今頃気がついた。


「これはあくまで仮説だけど、事故に遭いながらも一命を取り留めていたから、転生──または憑依したのは、僕より遅かったんじゃないだろうか。生きながら飛ばされた理由はわからないけどね。でも、それなら十分にあり得るだろう?」

「……なるほど。確かに、私が生存しているから、緋崎先生よりも後に記憶を取り戻したと捉えた方がしっくりきますね」


 時系列がよくわからなかったが、仮説を耳にしてようやく腑に落ちた。


「僕が命を落とした場所は、君の病室……だったんだ」

「え、私のせい!?」

「いや、そうじゃないよ」


 一瞬、我が耳を疑ったが、どうやら違うらしい。慌てて説明された。


「事故現場にいた仔猫を僕が引き取って、猫の世話を焼きつつ、毎日仕事の合間に君の様子を病室で眺めているうちに、あまり寝食を取っていなかったことが災いして、うっかり死んじゃったんだ」

 恥ずかしそうに告げられ、反応に困ってしまった。緋崎玲斗の死因は、事故にあったわけではなく、痴情の縺れでもなく、まさか過労死だとは思わなかった。

 しかも、自分の見舞いをしている最中だとは想像できるはずがない。喋ったのはたった一回で、接点がまったくないからだ。

 それなのに、毎日見舞われていたなんて誰が予想できただろうか。真相を聞かされた水縞あいり本人が、一番信じられずに驚愕している。


「ほ、本当ですか……?」

「うん。騙してないよ。だからあんまり言いたくなかったんだよ、死因。医者なのに不養生した結果だからさ。あ、心配しなくても、倒れるちょっと前に猫は弟に預けたから、今も元気にしているはずだよ」


 猫の心配はそれほどしていなかったが、この世界で黒猫に餌をやっていた理由はそれがきっかけなんだと今頃知った。


「だから、邸宅の裏庭で猫の餌付けをしていたんですね」


 猫が好きだから生前と同じように、自分よりも猫優先だったのだろう。暇を見つけては餌付けしていた理由を知った。

 けれど、あっさり首を振られてしまった。


「それは下心からだよ。僕が猫に好かれるようになったら、猫から君を守ってあげられるかな、と思ったんだ。うまくいかなかったけどね」

「え……?」

「ああ。最初はなんとも思ってなかったけど、猫に餌をあげているうちに好きにはなってるから、心配しないでね」

「それは心配してませんけど……」


 むしろ猫に餌をやっていた理由も、自分に起因していると聞いて驚きっぱなしだ。


「私が今も生きている、ということは信じられないけど、わかりました」

「うん」

「けど、もう六年もこの世界にいるし、今更どうやって戻るかもわからないので、今は断罪回避のことだけ考えさせてください」

「……もちろん、そのつもりだよ。ただ、生存していることだけは知っていてほしかったんだ」


 正直にいうと、生きていると告げられた今ですら半信半疑だ。確かめようがないからだ。それに、どうやって元の世界に帰るのか、その方法を知らない。

 今後もこの街で、ミレア・ホルダーとして暮らしていく準備をしている。どちらかといえば教えないでほしかった。

 だが、エミールもとい緋崎玲斗は黙っていることができなかったのだろう。その気持ちだけは有り難く受け取ることにした。

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