21話「侯爵様とデート?」
葬儀から数日経ち、喪に服しながらも日常生活が戻ってくる頃。長年、エミールを虐げていた、寡婦となった元侯爵夫人の継母は、フランドル侯爵邸から追い出されるのではとびくびくしていたが、持参金と寡婦財産を受け取ってからもそのまま住み続けている。本来ならば、夫の死後は今よりも手狭な寡婦用邸宅に移るらしいが、エミールはそうしなかった。
朝食を提供する際、エミールに尋ねると、「目の届く範囲にいてもらった方が、いざというときに対処しやすいから」との返答があった。納得してしまった。
原作では、まだ生存していたはずの侯爵が他界した以上、これから更なるイレギュラーな事態が発生しない保証はどこにもない。それならば、無事に断罪回避に成功するまでは、慎重でいるべきだろう。
それなのに。それなのに、だ。
以前よりも、ますます人の目を気にするべき立場になったというのにエミールは、食堂で朝食を取っていたミレアの前に現れ、いきなり昼食に誘ったのだから困ったものだ。週に一度の休日とはいえ、普段通りに出勤している使用人はいるし、同じように朝食を取りにきていたメイド全員の視線が、ミレアに集中してしまい背筋がぞっとした。探るような目で睨んでくるのだ。
なんとかその場は、弟のことで相談しているのだと適当に誤魔化し切り抜けたが、明日になったら、また別の誰かが、真相を知りたさに呼び止めて大変なことになるだろう。
「エミール様、この次、私を呼び出すときは、食堂はやめてくださいね……」
以前、紹介された仕立て屋の店主が田舎へ帰ったので、それを知らせてくれたのだ。呼び出された理由が理由なだけに、あまり強くは出られなかった。
「小出しにしていたつもりだけど、性急過ぎたかな? 次からは気をつけるよ」
「そうしてください。まだメイドを辞めることは誰にも伝えていないので、エミール様がビジネスパートナーだとばらすわけにもいかないですし、私の身にもなってください」
メイドという立場だからと幾度となく伝えているのに、別にやましいことをしているわけではないからと、聞き入れてもらえていないのが現状だ。前世でも、緋崎玲斗に漫画を拾ってもらっただけで、それを目撃した同僚からは、根掘り葉掘りあらぬことを詮索された。
それ以外にも、二人の幼馴染みには振り回されてきた。御剣才知の中身は、生粋のヲタクだというのに外見がそこそこよかったせいで、もう一人いる幼馴染みの両方を手玉に取っているんじゃないかと、あらぬ誤解を受けて苦労をしてきたことも背景にはあった。ただ親同士の仲が良く、近所に住んでおり、同じアニメを見ていただけだ。バレンタインを渡すようなことは一度もなかったし、母親に頼まれて届けただけで、次の日からは散々だった。
そういうことの積み重ねで色恋には懲りているし、せっかく縁あって転生したのならば、今度こそ平穏に暮らしたい。ミレアがこの世界で平穏に暮らすには、断罪を回避しなければ始まらない。
緋崎玲斗やエミールのような、選ばれる側の人間には、非モテの気持ちは理解できるわけがないとミレアは勝手に思っている。
「公私ともにパートナーになってほしいけど?」
「そういう冗談、今はいいです」
「冗談じゃないんだけどなぁ……。まぁいいや。それで、十月末にメイドを辞めて、三か月で開店準備は間に合いそうなの?」
「そうですね。ミシンがないので大変でしょうけど、ここには良質な生地がいくつもあるので、サンプルとして色々作る予定でいます。お客様に気に入って頂ければ、販売してもいいですし」
「そっか。もしも手伝いが必要だったら、心当たりを当たってみるから、いつでも頼ってほしい」
「それなら、元メイドで結婚した夫人に、日払いで数時間手伝ってもらえないか声をかける予定なので心配ないですよ」
「もう目星をつけていたのか!」
「腕前は確かですからね」
裁縫の熟練度ならばマーガレットも申し分ないが、彼女はこの世界の正ヒロインだ。結婚して多忙になる運命だし、元悪役側の人間としては適切な距離感を保っておきたいので、頼むつもりはないが。
「前世で外科医を選んでいたら、君の役に立てたのかな」
エミールに恐ろしいことを言われたので、ミレアは慌てて首を振った。
「これ以上役に立たれたら、私がなにも返せなくなるのでやめてください」
「僕の方がもらっているのに、君は自分を過小評価するし、なにより頑なだね」
「過小評価って……別に普通ですけどね?」
自分を過小評価しているつもりはまったくなかった。指摘されるまでは思ってもみなかった。
エミールがこんなにも親切にしてくれるのは、同じ転生者だからだろうか。それとも、たまたま生前でも知り合いだったからだろうか。未だにその理由は謎のままだ。
「あ、そうそう、一つ聞きたかったんだけど、スフレパンケーキ屋をやろうとは思わなかったの?」
「実はそれも一瞬、脳裏に過ぎったんですけど万が一、卵や小麦粉でアレルギーが出てしまっても、私には対処できないのでやめたんです」
病院で事務をしていたので、食物アレルギーで搬送される患者の話題はよく耳にしていた。この世界にもないとも限らないので、食品を扱う店にする気にはどうしてもなれなかった。
「そうだったのか。ドレスショップ、上手くいくと思うよ」
「だといいんですけどね」
自信があるわけではないが、不思議と不安はなかった。
「さて。そろそろお昼にしない? 近所に新しい店ができたから、そこへ行ってみようか」
「いいですよ」
「ようやく君とデートだ」
「はいはい。行きますよ」
戸締りをしっかり確認してから、ミレアとエミールは昼食を取るために店を後にした。




