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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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2話「イザベラを教育せよ」

 イザベラを育て上げる方向性でいくことに決めたのはいいが、今のミレアの仕事はキッチンメイドだ。侯爵家の令嬢であるイザベラとの関わりは限りなく薄い。

 メイドの階級は全部で七つ。一番下はスカラリーメイド。役割は皿洗いや床掃除、水汲み、食材の搬入など重労働が多い。

 二番目はキッチンメイドでミレアが属している。調理補助だ。

 三番目はハウスメイドで、一般的な部屋の清掃と火熾し、給仕補助をする。

 その次に、上級ハウスメイドがおり、客間や主人の部屋の清掃、ベッドメイクを担当する。チップを受け取れるのは、客人と接する機会のある上級ハウスメイドになってからだろう。

 さらに昇級すると、令嬢の身の回りの世話を焼く、ヤングレディーメイドに任命される。髪を結ったり、服を修繕したり、出かける際に付き添ったり、時には話し相手になることや、お茶に付き合うこともあるだろう。

 そうして奥方の目に止まれば、奥方の身の回りの世話を焼くレディーメイドに指名され、それらを管理するメイドの最上位が、家政婦長のハウスキーパーだ。ハウスキーパーは奥方の次に権限を持ち、使用人の採用、解雇、監督に勤務日数、配属、日用品の管理、リネン室を任せられている。経験豊富な中年女性が就き、ミレアを探しに来たのもそうだ。やることが多岐に渡るため、給与もそれなりにもらっている。

 イザベラと関わりを持つためには、昇級してハウスメイドになり、給仕補助として積極的に関わりつつ、上級ハウスメイド、ゆくゆくはヤングレディーメイドになり専属の世話係になるしかない。

 継続年数も関係しているため、最速での昇級を目指すとなると、ヤングレディーメイドになるまでは三年。その三年の間に、どうにか風向きを変え、イザベラの信頼を勝ち取る必要がある。


(私には原作の知識があるのよ。それに、作者の幼馴染みだから、裏設定も知っていて有利のはず。イザベラを攻略するのは、そこまで難しくないわ)


 十二歳のミレアだったらそんな考えに至ること自体あり得ないが、あいにく、中身は現代から転生した二十六歳だ。勝算はある。

 前世が保育士だったのならばさらに攻略難易度は低かっただろうに、仕事は医療事務と、子どもとの接触はそこまで多くはなかった。でも、親戚の子どもを数か月ほど預かる機会はあったので、まったく経験がないわけではない。


「誰か。お茶とおやつを運ぶのを手伝ってくれない? 今日も、侯爵夫人から聞いた、なんとかティーをやるそうよ」


 もうすぐ午後の三時を迎える。なんとかティーとは、現代では定番になりつつあるアフタヌーンティーのことを指す。昼食から夕食まで時間が空くことから、空腹を満たすために、フランドル侯爵夫人の知り合いの公爵夫人が、初めて取り入れた習慣だという。新しいこと好きのフランドル侯爵夫人は、嬉々として参考にしており、連日楽しんでいた。

 夫人が邸宅に客人を招き、お茶や軽食を囲んでもてなしながらお喋りに興じて交流する。まだ、社交界デビューする前の若い娘に、社交の場を体験させる意図も含まれる。海外から輸入された茶葉にミルクを注ぎ、サンドイッチや焼き立てのスコーンを食すのだ。早速、チャンスが到来した。


「行きます!」


 ミレアよりも二つ三つ年上の上級ハウスメイドは、反射するほど磨かれた銀のトレイの上に、玉子やハム、チーズが挟まった一口サイズのサンドイッチが乗った平皿を置いた。彼女が手にしているトレイからは、焼き立てのスコーンの香ばしい香りが漂ってくる。


「お嬢様は機嫌が悪いから、粗相がないようにね」

「はい。承知しました」


 指示されるまま、ミレアは二階にある一室へ向かった。



 毛足の長い絨毯が敷かれた応接間に足を踏み入れると、十歳のイザベラ・ディ・フランドルは、むすっとした表情のまま、ベルベット生地のソファに寄りかかっていた。脚を投げ出して姿勢が悪い。どうやら、母親である侯爵夫人が、自分を置いて外出しているために不機嫌なのだろう。

 ゆるくウェーブのかかった腰よりも長い赤毛に、ぱっちり二重で大きな真紅の瞳、鼻は低すぎず高すぎず、唇はリップを塗っているのか桃色で愛らしい。母親によく似ている。

 上級ハウスメイドはティーポットからカップに紅茶を注ぐ。とても一人で食べられる量ではないが、テーブルを埋め尽くすほど準備をしてほしいとイザベラがわがままを言ったらしい。


「イザベラ様。お待たせ致しました」

「もう、待ちくたびれたわ!」


 そうは言っても現在時刻は三時丁度だ。時間通りに準備している。

 頬を膨らませたイザベラは、上級ハウスメイドに文句を言いながらも焼き立てのスコーンに手を伸ばした。添えられたクリームをつけたり、アプリコットジャムを塗ったり、次から次へと平らげる。


(……さすがに食べすぎでは)


 四つ、五つと完食しているのでミレアは驚いた。昼食は正午に取っている。それから三時間しか経っていないのに、ペースが早かった。

 本来ならば、提供を終えればすぐに退散するものだが、上級ハウスメイドはミレアに対し、後ろで待機するように視線だけで合図した。二人きりになりたくないのだろう。


「ふん。今日のスコーンはまぁまぁね」


 口では辛辣に言いながらも、好物らしくさらに手を伸ばそうとしていた。


「お嬢様」

「なによ? 文句でもあるの?」


 食べ過ぎだと咎められると思ったのか、ふんと鼻を鳴らされた。ミレアは小さく首を振って否定した。


「いいえ。スフレパンケーキ、食べたくないですか?」


 この時代のパンケーキは薄く焼いて重ねたものが定番だ。作中でも何度か登場している。だから、あえて提案してみることにした。好奇心旺盛なイザベラは新しい物好きだ。


「……すふれ、パンケーキ? そのすふれ、ってやつは、なんなの?」


 見事、興味を示したのでミレアは力説した。


「ふわふわ──なんです」

「ふわふわ?」

「ええ。ふわふわです。作ってきてもいいですか?」

「ふん。いいわ、行ってきなさい。ただし、三十分で戻りなさい」

「もちろんです。お腹を空かせて待っていてください」


 了承を得たので、一礼してから一階のキッチンに戻り、新鮮な卵三つと牛乳、砂糖、小麦粉を準備した。ワイヤー製の泡立て器があって助かった。卵黄と卵白を分け、卵黄の入ったボウルには小麦粉と牛乳を、卵白の入ったボウルには砂糖を少し加えた。固いメレンゲを作るには卵白をしっかり冷やし、複数回に分けて砂糖を投入して、その都度混ぜなければならない。砂糖を入れた直後はゆっくり、混ざった後は手早くし、緩急をつけるのがコツだ。


(コスプレ以外の趣味が、菓子作りで助かったわ)


 ベーキングパウダーや重曹はないので、メレンゲの角をしっかりと立て、メレンゲを潰さないように生地と複数回に分けてさっくり混ぜた。

 温めたフライパンにバターを入れ、ぼとっと落として厚く焼く。膨らす成分はないが、スフレパンケーキが完成した。


「お待たせしました、お嬢様」


 すぐ二階に戻ったというのに、イザベラの様子はおかしかった。


「ううっ……」


 スコーンの食べ過ぎで膨張感と胃もたれしているようだった。それもそのはず。スコーンにはバターがたっぷり使われている。


「スフレパンケーキ、召し上がらないのですか?」

「食べたい……けど、でも……っ!」


 スコーンを五つも平らげ、ミレアが戻るのを待っていたので気持ちが悪くなっていても不思議ではない。そのためにわざと、ゆっくり作業していた節もある。

 あろうことかイザベラは、手で口元を押さえようとしたものの、その場に吐き出してしまった。


「お嬢様!?」


 当然ながら上級ハウスメイドは大慌てだ。令嬢が嘔吐したので顔面蒼白になっている。

 ミレアはここぞとばかりにイザベラに近づき、一礼してから介抱する。子どもは嘔吐しやすいことくらい、親戚を預かった際に体験済みだ。


「イザベラ様。少しずつ食べると、美味しい物がいっぱい食べられますよ」


 そう諭しながら背中を優しくさすった。


「すふれぱんけーき……」

「また作って差し上げますから」

「……うん」


 フランドル侯爵夫人が不在という絶好のチャンスに、一回目の接触を見事に成功させた。

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