15話「イザベラ更生完了」
水縞あいりが、ミレア・ウィン・ティルベリーに転生してから六度目の春。十八歳。半年後にはいよいよ建国記念日を迎える。
それなのに、イザベラの婚約者は未だ見つかっていなかった。こんなはずではなかった。
(こんなに愛らしいお嬢様なのに、一体なぜ??)
ミレアは首を傾げる。夏になれば十七歳を迎えるイザベラは、年を重ねるごとに美しさに磨きがかかり、今では誰もが振り向く美人に成長した。正ヒロインのマーガレットに勝るとも劣らない外見だ。ツンツンしていた性格も、刺々しさがなくなり、ミレアが諭すようなこともなくなった。
(美しすぎるのかしら……?)
この世界の美醜の基準がよくわからない。
一介のメイドが令嬢の相手を探すのは至難の業だ。貴族とお近づきになりたいメイドは多く、うまい話があっても共有されることはほぼない。それゆえに、自分で声をかけて情報を得るしか道はない。
令息であるエミールも動いてくれたものの、なぜか彼に紹介してもらった殿方は、みなイザベラには興味を示さず、ミレアを口説いていた。ただメイドと遊びたいだけなら、面倒事の少ない身近にいる者に手を出すだろう。ミレアは、メイドとはいえ、侯爵家嫡男のエミールという後ろ盾がある。
爵位は上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と定められており、侯爵家は上から二番目だ。いくらエミールが継母から虐げられていようとも、外部から喧嘩を売るような人間はほぼいない。だから尚更、謎だった。
エミールからは、「君に関することで、人間関係を悪化させたくないから、もう紹介はできない」と匙を投げられている。協力には感謝している。
「お嬢様。オークションに寄付するものは決まりましたか?」
ルパート王太子主催のオークションが今季も決定したので、ミレアは部屋中散らかすであろうイザベラに声をかけた。また五つ決まるまでは何時間も悩むものだと身構えていた。
「ええ。子どもの頃に気に入っていた金のネックレスがあったからそれと、昨年新調したデイドレスとパールのイヤリング、それから……このブレスレットと、花柄のストールにするわ」
また大きめの箱を用意し、いる、いらない、やっぱりいる、やっぱりいらない、を繰り返すことを覚悟していたので、ミレアは思わずイザベラを二度見した。
「ええっ!? あっさり決まったんですか!?」
「あら、おかしい?」
「驚いただけです。ついこの前までは、何時間も悩まれていたので、お嬢様も成長されたなと……」
「失礼しちゃうわ。この前もそんなにかかってなかったわよ?」
「そうでしたっけ?」
指摘されたものの忙しすぎて覚えていなかった。
「明後日のオークションも、またご自分で見守る予定ですか?」
「ええ、そうよ。あなたも来て頂戴」
「かしこまりました」
イザベラの成長に感動しつつ、寄付予定の私物を受け取り箱に収めた。
「ところで、ミレア。私の手鏡と櫛を見かけなかった? どこにもないのよ。部屋にあるはずなのに」
「またどこかに置き忘れたんじゃないですか? つい先日もそうでしたよね」
「うーん。そうかなぁ?」
お気に入りの帽子がないと出かけられないと、邸宅にいた使用人総出で大捜索したことがあった。三十分ほど手分けして探した結果、帽子は中庭で見つかった。ただ、その日は一度も中庭に足を踏み入れていない、と引っかかることを言っていたが……。
イザベラがものを紛失することは、今に始まったことではない。それゆえにミレアはそこまで気にしていなかった。
本来のイザベラならば、ものが紛失すればすぐ傍で待機しているメイドのせいにしていた。ミレアが犯人だと決めつけられたことも、一度や二度ではない。それから比べると、今では随分ましになった。先ほどの件も合わせて、もう、イザベラの更生が完了したと太鼓判を押してもいいくらいだ。立派な淑女に成長した。
「お嬢様。来月はデビュタントも控えています。今から新調しに行きましょうか?」
「そうね。そうするわ」
「かしこまりました」
五月に入ると年頃を迎える貴族の令嬢が集まり、社交界デビューを果たす。イザベラは来月の予定で、その日に着用する純白のトレーンドレスは、すでにミレアが着手している。
それと同時に、五月下旬になるとエミールの誕生日があるため、生地を用意し贈り物の準備を進めている。用意しないと拗ねられるのだ。毎年ねだられるので慣れている。二つ手縫いするのは大変だが、暇を見つけては手縫いして頑張っていた。
すっかりお淑やかに成長したイザベラのおかげか、それとも縫製技術を買われたのか。侯爵夫人の世話係であるレディーメイドにならないかと、夫人自ら尋ねられたことがあった。でも、ミレアの本来の目的は侯爵家でのし上がることではなく、イザベラを更生させて断罪を回避することだ。イザベラ本人も首を縦に振らなかったことから、現在もミレアはヤングレディーメイドのままだ。
「今日は帰宅したら、来月着るドレスのフィッティングをしてくださいね」
「ええ、わかったわ」
「日が暮れる前に行きましょう」
イザベラと二人、街へと繰り出した。
***
春の陽気に包まれながら、和やかな雰囲気で今季初のオークションが始まった。
燕尾服で正装したルパート王太子が挨拶をし、この場に集結した貴族に礼を告げる。観客は一斉に拍手した。
王太子の側近が、回収した品々をステージ上へと運び、一つ一つ寄付者の名を発表してから、会場にいる貴族らが競り合う。貴族が寄付したものをほかの貴族が購入する、という内輪イベントのような慈善活動だが、目的は集金をして孤児院などに寄付することなので誰も気にしていない。
一応、オークションで落札したものは、再出品しないというルールがある。なので、同じ品物が貴族の家を転々とするようなことはない。
「ミレア、私のドレスがあそこにあるわ!」
「ええ、そうですね。高値で売れるといいですね」
「そうね!」
イザベラは、最前列の席を確保するや笑みを浮かべ、寄付された品々を眺めている。ミレアはすぐ隣で待機している。
王太子の側近の大男が、黄金にエメラルドが嵌め込まれた輝くブローチを頭上に掲げたところ、ミレアたちの後ろの席からは驚きの声があがった。
「……あら、あのブローチ……どこかで見たことがあるわね」
「この前、破産したシドマス子爵のものじゃないか? 夫人が大事にしていたはずだ。裏に家紋があるし……」
「まあ……そんな……」
黄金に輝くブローチを寄付したのは公爵だった。借金の形に受け取ったか、譲渡されたか、あるいは似ているだけということも考えられる。時折、入手経路が不明なものも紛れている。基本的に、このオークションで得たものは再提出禁止というルールがあるため、紛れないように気をつけてはいるが、年に数度開催しているので、手違いもあるだろう。
「続いての品物は……フランドル侯爵令嬢のイザベラ様です!」
名前を呼ばれた途端、イザベラは嬉しそうに拍手した。今季も無事に、慈善活動を乗り切った。




