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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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14話「エミールと」

 ミレアが、ヤングレディーメイドに抜擢されてから三か月。赤い薔薇があちらこちらで咲き乱れる鳴神月。

 イザベラが湯浴みをしている時間帯は、持ち場を離れてもいいと許可をもらっているので、エミールに夕食を提供するついでに、ミレアも空腹を満たしていた。イザベラには別のメイドがついている。

 なんでも、最近は成長期で肥えてしまったらしく、ミレアに素肌を見られたくない、とのことだった。洋服の修繕を手がけているのは、ほかでもないミレアなので、イザベラのサイズは正確に把握している。それなのに、見られたくないという可愛らしい理由で追い出されているので、すっかり彼女の虜になっていた。

 まさか、悪役令嬢になるはずだったキャラに、夢中になる日々が待ち受けているとは思ってもみなかった。まさに、人生なにがあるかわからない、だ。


「ミレア。今週末の休みに、オペラでも観に行かないか?」


 硬いライ麦パンを牛乳で煮たパン粥を口にしていると、突如として誘われてしまった。目が点になる。


「オペラですか? 一度も行ったことはないですけど、でも、着て行く服がありませんよ?」


 ミレアは十歳までは没落貴族の令嬢だったが、その頃の記憶は一切ない。年齢的にも観たことはないだろう。

 中古ドレスのリメイクは、掘り出し物を見つけては手がけているものの、オペラ鑑賞用の華美なイブニングドレスは一着も所持していない。オペラ鑑賞用は、オフショルダーが定番で、光沢素材にレースやフリルが贅沢に使われ、露出が高く派手なものが大多数だ。ドレスに合わせたグローブやショール、ジュエリーも必須になる。


「今から作る……には間に合わないな。買いに行こうか」

「今からですか!? 今月は余裕がないので、来月にしませんか?」


 リメイクするために素材を買い足したばかりなので、できれば余計な出費は抑えたい。エミールが、ベストを作るために利用した高級店に連れられてしまえば、せっかくの蓄えが無駄になってしまう。


「それくらい、僕が出すよ」

「いいえ。出してもらう理由がないです」

「ヤングレディーメイドに昇級したお祝いだよ」

「お祝いなら、すでに受け取ってますよ?」


 昇級した当日。エミールから昇級祝いになにがほしいか尋ねられ、困った挙句の果てに裁縫道具と答えた。そうすると、彼は値が張りそうな針やハサミなど、裁縫道具一式を新調してくれた。少々、錆びていたものを愛用していたミレアにとっては、それだけで十分だ。


「あれだけじゃ足りないよ」

「無駄遣いはダメです」

「必要経費だよ」

「……折れないつもりですか?」

「そっちこそ」


 裁縫道具を渡された後も、なにかと理由をつけては鞄に帽子に、化粧道具、しまいにはドレスを贈ろうとしてきたのだ。その都度、全力で断っている。

 ミレアは、個室を与えられるようになったとはいえメイドだ。イザベラや、侯爵夫人のドレスリメイクを引き受けているため、その分、賃金は倍増していても侯爵邸の使用人には変わりない。分不相応なものを持っていると、同僚から妬まれかねない。それだけは避けなければならない。


「……わかりました。ドレスは自分でなんとかします。来週、オペラを観に行きましょう」

「え、行ってくれるの?」

「お財布的にはよくはないですけど、でも、デザインを知るにはいい勉強になるかと。断罪回避したら、ドレスを作ったり、リメイクを請け負ったりして生活することに決めたんです。あと三年しかないですから」

「わかった。それなら、僕の着る服も任せていいかな? 材料費と技術料は払うよ」

「え? 男性用ですか?」


 婦人ものの中古ドレスと同様に、紳士服の中古市場も存在している。ただ、紳士服は耐久性が高かったことから、破れた箇所にパッチを当てるなどの修理屋は存在しても、リメイクを手がける職人は少なかった。

 転生してからは婦人服のリメイクが中心だった。エミールのベストを手直ししたことくらいしかない。


「イベントで男装していたから、大丈夫だよね?」

「…………え?」

「あれ、違ったかな。友達に誘われて行ったイベントで、君が執事のような恰好をしていたのを見かけたんだけど……」

「えええええー!?」


 エミールがいうように、付き合いで男装したことがあった。原作者である御剣才知に頼まれて、漫画にちらっと登場する、終盤で寝返るフランドル侯爵邸の執事のコスプレで売り子をしたのだ。一度だけだ。それを指摘されてしまい、ミレアはこの世界に来て初めて大絶叫した。


「言わない方がよかった? マーガレットの格好をしていたのも見たことあるよ。人が居すぎて、写真はお願いできなかったけど」

「…………ひ、ヒトチガイデスヨ?」

「え? けど、SNSのアカウントもフォローしていたけど……。確か『ホットケーキ愛好家』だったような。違った?」

「ちょ、ちょっと待ったああああ!! 本人にネットで名乗っているハンネをいうものではないですよ!? これだから一般人は……本当にモラルがないっっ!!」

「正解なんだ」

「あっ……」


 適当につけたハンドルネームを面と向かって呼ばれてしまい、反応せざるを得なかった。エミールもとい緋崎玲斗に、あろうことかイベントでコスプレしている姿を見られていただけでなく、ヲタク趣味丸出しだったSNSもフォローされていたとなると、穴がなくても入りたい。今すぐ隠れてしまいたい。


「……緋崎先生はなんてお名前だったんですか?」

「一方的に見ていただけだから、知らないと思うよ」

「それでもいいから教えてください」


 自分だけ恥ずかしい思いをしたくなかったので質問してみると、視線を逸らしながらつぶやいた。


「……焼き肉……太郎……」

「焼き肉太郎さん……」

「ハハ。確かに名前を呼ばれると、なんだか恥ずかしいね。君の名前を見て、好物を登録するものだと思ったから適当につけたんだ」


 やり返されて初めて羞恥心に気づいてくれたのなら、わざわざ聞き出して呼んでよかった。もしも公衆の面前でやられてしまえば、今後の付き合いを改める程の傷になりかねない。そうならずに済んで幸いだった。


「私のも適当なんで、そんなものですよ。それより、いつも、わりとすぐつぶやきや写真に反応されていたので、てっきり学生さんかと思ってました。焼き肉太郎さん」

「え、認識してたの?」

「まぁ……一応」


 時々、反応をもらった際に覗いていたが、焼き肉の写真が載っているだけだった。あれが緋崎玲斗だとは夢にも思わなかった。焼き肉と空の写真ばかりだった。


「脱線しちゃいましたけど、中古の燕尾服をエミール様のサイズに直しつつ、変更できそうなパーツは変える……という方向性でいいですか?」

「うん。それでお願いするよ」

「わかりました。明日、昼休みに見に行きます」

「僕も行く」

「学校では?」


 定期的に休みはあるものの、明日は普通に学校があるはずだ。それを尋ねると首を振られた。


「もちろん仮病だよ」

「いいんですか?」

「優秀だから問題ないよ。という冗談は置いといて、学友に秀才がいるから平気なんだ」

「はあ。それなら明日、一緒に行きましょう」


 また押し切られる形で約束を入れてしまった。なぜかエミールに頼まれると断りづらかった。理由はわからなかった。

 次の日、中古のイブニングドレスと燕尾服を無事に入手したので、就業時間後にちまちまとサイズを調節したり、リメイクしたり、ペアにできそうな部分は工夫してみたりと暇を見つけてなんとか完成させた。

 翌週の休日にイブニングドレスを持参して出かけ、途中で着替えてから待ち合わせ場所へ向かうと、エミールに声をかけられる前に三番手の男、アーネストに声をかけられてしまった。ドレスアップしているからといって、また性懲りもなく自分に声をかけてきたアーネストは、やっぱりイザベラの婚約者に相応しくないことを再確認した。

 初めて見たオペラは、終始圧倒されっぱなしだった。芝居に夢中になってしまい、婦人のドレスを観察する余裕はあまりなかった。

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