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幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい  作者: ゆずまめ鯉


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10話「エミールの正体」

 季節は移ろい初夏を迎えた。買い物に付き合ってほしいとエミールに声をかけられ、ミレアは荷物持ちを買って出るつもりで街中を散策していた。今日のミレアの格好は、パフスリーブが目を惹く、淡い黄色のハイウエストのワンピースだ。先日、中古で購入したものをリメイクして着用している。

 一人だとマーケットで生地や安価なドレスを物色し、頼まれた食材を仕入れれば用事は済んでしまうので、その後はローゼンブリッジの街並みを眺めつつ、邸宅に戻るだけだ。

 でも週に一度の休日の現在は、エミールと肩を並べて歩いている。なんだか不思議な気分だ。定番コースではなく、噴水広場に足を運んでみたり、いい匂いに釣られてパンケーキを食べに行ったり、久しぶりに休日を満喫している。


「さっきから私に買ってばかりですけど、エミール様はなにも買わないんですか?」


 買い与えては隣で終始にこにこしているだけなので、さすがに申し訳なさすぎて尋ねてしまった。


「あそこの店で、僕に似合いそうな色を選んでくれる?」


 指を差した先にあるのは、ミレアが普段覗いている街中のマーケットよりも、シルクやサテン、輸入品など肌触りや品質にこだわった富裕層向けのよい生地を取り扱う仕立て屋だった。気軽に買える値段ではないので、ミレアはさすがに店内に入ったことはない。


「え? ええ、いいですけど……何用ですか?」

「そうだな、ベストはどうかな? 普段着にしたいんだ」

「わかりました」


 緊張した面持ちで店内に足を踏み入れたミレアは、用途に合う生地がないか探し始めた。すぐさま、身なりのきちんとした白髪の店主が聞きにくるので、ベストにお薦めな生地はどれかと質問した。目移りしそうなほどの品数だ。生地に囲まれていると、久しぶりにわくわくしてくる。けれど、商品についた価格を目にしてしまうと、普段購入している生地の三十倍も高く血の気が引いた。ミレアの年収が軽く吹っ飛ぶ。


「エミール様。この色はどうですか?」


 案内されたのはサテンが置かれた棚だった。まだ十六歳という年齢を考慮して、淡い水色のサテンを選んだ。エミールの碧眼ともよく似合う。見比べてもしっくりくるのは同系色だ。裏地は赤と迷ったものの、元気を与えてくれそうな黄色にした。リバーシブルにしてもいいだろう。


「うん。気に入ったよ」

「よかったです」


 提案してみたところ、エミールは大きく頷き、店主を呼び寄せ採寸してもらい、生地と糸、ボタンの清算を済ませた。ベストが完成するのは一か月後だという。

 店を出ると、そろそろ家でゆっくりアフタヌーンティーでもしないかと誘われたので帰ることにした。

 フランドル侯爵邸に着くと、三十分後にまた集合しようと言われたので部屋に戻って着替えた。さすがに住み込みで働く職場なので、私服の黄色いワンピース姿でいると落ち着くはずもなく。メイド服に袖を通してから髪の毛を整え、お茶の用意をするために台所で湯を沸かした。

 侯爵邸はとても広く、客室や応接間など部屋の数も多い。公爵夫人は暑さを好まないので、日の当たる初夏の中庭でアフタヌーンティーはやらないだろう。

 お菓子やティーポットを小さなワゴンに載せて運んでいたところ、先客がいたらしく、見知らぬ婦人が椅子に腰かけていた。円卓にはティーポットと二組のティーカップ、そしてスコーンやケーキ、サンドイッチが並べられている。客人と目があったので挨拶すると、婦人の顔色があまりよくないことに気がついた。


「お客様。大丈夫ですか? お部屋でお休みになられますか?」


 ミレアはすぐさま声をかけた。ホステスであるはずの侯爵夫人は席を外しているようで、婦人専属のレディーメイドの姿もない。軒下で待機しているメイドはいるものの、誰も婦人の体調の変化に鈍感だ。じろじろと不躾に見てしまえば失礼に当たるので、使用人たちはみな伏し目がちなのだろう。


「え、ええ。平気よ」

「ですが……」


 どうすればいいのか迷っていたミレアのもとに、少し遅れてエミールがやってきた。会釈をして挨拶したときに、顔色のよくない婦人を目にしてなにかを察したのか、エミールはテーブルに置かれていたティーポットを手に取った。蓋を開けてお茶の匂いを嗅いだ。


「これは……ヤロウティーですね。でも、これは今のあなたは飲まない方がいい。ミレア、ラズベリーリーフはある?」

「ええ、ございますよ」


 婦人が口にしていたものがヤロウティーと知るや否や、エミールはラズベリーリーフに変えるよう指示した。今日は茶葉を複数用意してアフタヌーンティーを楽しむつもりだったので、ラズベリーリーフも準備していた。ワゴンに載せていたティーポットに茶葉を入れ、ミレアが運んできた別のカップに注いで婦人に差し出す。エミールは、微笑みを浮かべてから口を開いた。


「こちらなら、飲んでも頭痛や目眩はしないですよ」

「……まあ。ありがとうございます!」


 頭痛や目眩で顔色が悪かったのだと、エミールの一言で知った。体調不良の原因がお茶だと知り、新たに淹れてもらった婦人は、恐る恐るカップに口をつけて一口飲む。美味しかったらしく、一度に飲み干した。


「おかわりもございますよ」

「ありがとう」


 ティーカップに注いでから、疑問をぶつけてみることにした。


「エミール様。どうして茶葉を変えたんですか?」

「うん。ヤロウティーは、子宮収縮の作用があるから、妊娠中の婦人には好ましくないんだよ」

「そうだったんですか!」


 他にも、セージやローズマリー、リコリス、ハトムギも妊娠中はなるべく控えた方がいいという。エミールの知識にミレアは驚いた。体調の悪そうな婦人が口にしていたお茶の種類で、もしかしたら妊娠しているのでは、と見抜いたらしい。

 ミレアも、妊婦がアルコールやカフェインを過剰に摂取することは体によくないことは知っていたが、よく耳にするハーブにも妊娠中は注意が必要だとは考えが及ばなかった。

 そういえば、と以前、ミレアが転んだ際も処置が的確だったことを思い出す。本で読んだと言っていたが、エミールの部屋では一度も、薬草の載った書物を見かけたことがない。


「──あなたたち。そこでなにをしているの!!」


 先客がいたので移動しようとしたタイミングで、運悪くフランドル侯爵夫人が戻って来てしまった。訝しげな表情でこちらを見ている。なにか悪さをしたのだと思い込まれているのなら最悪だ。お茶会を台無しにされたと難癖をつけられる前に、早々に退散する必要がある。


「……ぬるくなっていたので、客人にお茶のお代わりをお持ちしただけですよ。行こうか。ミレア」

「はい。失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」


 そう告げてからヤロウティーの入ったティーポットとカップを回収し、ワゴンに載せてそそくさと中庭から退散した。睨まれたが、侯爵夫人に呼び止められることはなかった。

 キッチンに戻り、もう一度湯を沸かす必要がある。


「台所に寄ってから仕切り直そうか。どこでお茶する?」


 それを耳にしたミレアは首を傾げた。


(まただわ。エミール様は『台所』って言ってるわよね……?)


 キッチンではなく「台所」と言っている部分が以前から引っかかっていた。言語は当然ながら日本語ではない。日本語ではないが、転生者の特典なのか言葉の壁はない。すべて翻訳して聞こえてくる。それなのに、最初から日本語を使っていたのか「台所」だけはそのまま「だいどころ」に聞こえていたのだ。

 日本に対する知識があるのかもしれない。でも、エミールの私室には、日本語の書籍は見当たらないので不思議だった。


「どこで得た知識なんですか?」


 とうとう聞いてしまった。異国文化を好む人間はわりといる。海外原産のジャスミン茶やコーンスターチが侯爵邸のキッチンにあるくらいだから、輸入品は割りと多い。


「――現代だよ」

「………………はい? なんですか?」

「だから、現代だよ」


 あまりの衝撃に、ミレアは二度見どころか三度見してしまった。聞き間違えたと思ったのに、はっきりとした口調で告げられてしまった。あの二文字が、あろうことかエミールの口から飛び出したのだ。


「げ、げげげげ、現代って一体どういうことですかっ!?」

「落ち着いて」


 まさかエミールの口から「現代」という言葉が飛び出したのだから、落ち着いていられるはずがない!

 この世界を生きるものならば、まず使わない言葉だ。それはこの世界が、何年も前の世界だと知らなければ、出ない言葉だからだ。

 ミレアはちっとも想像していなかった。自分以外にも、幼馴染みの描く世界に転生してきた人間がいるなんて――。


「ミレア。落ち着いて聞いてほしい」

「え、ええ……」

「僕の前世は小児科医で、どうやらこの世界に転生したらしい」

「…………ほ、本当に?」


 御剣才知の漫画の世界に転生した人物が、まさか、もう一人いるとは──。

 奇想天外すぎて俄かに信じられない。水縞あいりの場合は、原作者と幼馴染みだったので、わりとすぐ受け入れることができた。そういう作品が流行っているのもあるからだ。けれど、職場から二人も転生しているだなんて、動揺しないわけがない。

 狼狽えているミレアをよそに、エミールはさらに続けた。


「この先、君に待ち受けているのは、建国記念日での断罪だろう?」

「そ、そうです……」

「そして君の本名はミレア・ウィン・ティルベリーだ」


 断罪の件と、作中では誰にも明かしていない本名を告げられ、信じるしかなかった。目の前にいる彼が、二人目の転生者だと──。


「……そうです。ここで名乗っているホルダーは、ミレアの母の名字で、本名ではないです。でも、どうして知っているんですか?」

「僕も原作ファンなんだ」

「……な、なるほど」


 エミールの話に耳を傾けると、前世で漫画を拾い、持ち主に返したことがきっかけで作品に興味を持ったという。水縞あいりは、知らず知らずのうちに、幼馴染みの漫画を布教していたらしい。売り上げの一部に貢献したことを本人に伝えたいが、もう会うことは叶わない。


「そ、その漫画の持ち主って、まさか……」


(間違いなく私だ──)


 水縞あいりが黒い仔猫を助ける半年ほど前。休憩時間に読もうとしていた新刊を、院内で落としたことがあった。その漫画を拾って届けてくれたのが、他でもない小児科医の緋崎玲斗だったのだ。医師と事務員が顔を合わせるのは、院内の食堂と売店くらいしかない。職員玄関は同じでも、ロッカーや休憩室は当然ながら異なるし、懇親会や親睦会が開かれても、職員の数は膨大なので気軽に話しかけることはできない。新年会、忘年会は、複数回開かれるが、これも間に仲介者がいなければ、医師と事務員が接触することはほぼない。


「もしかして……緋崎先生?」

「うん」


 受付事務で接点のない水縞あいりが、なぜ緋崎玲斗の名前を知っていたのか。それは、イケメン医師だと院内でファンクラブが結成されていたからだ。外見だけでなく、人当たりのよさから、看護師や職員、患者と絶大な人気を誇っていた。

 おまけに医院長の息子だ。それなのに驕り高ぶるようなことはなく、旅行から戻れば全職員へ行き渡るように土産は欠かさないし、後輩や同僚には食事をご馳走するなど気遣いを忘れないことから、彼を悪く言う人間は同性であろうと皆無だった。

 そんな人なのに、自分と同じように転生者だとは夢にも思わなかった。


「私が転生者だと気づいたきっかけは?」

「うーん。そうだな、最初に食事を運んでくれたとき……かな」

「私は緋崎さんを知っていますけど、私が誰か……までは知りませんよね?」


 同じ病院勤務といっても、事務員と医師なので緋崎玲斗との接触は皆無だ。漫画を拾ってもらっただけだ。こちらが一方的に彼のことを知っていても、彼が地味で目立たない自分のことを認識していたとは到底思えなかった。


「いや、知ってるよ? 事務の水縞さんだよね。少し前までの君……ミレア本人は、猫を見かけると喜んで撫でていたのに、二年前からは急に避け始めたし、僕に猫がなにを食べるか聞いたことがあったから、もしかしたら、自分と同じなんじゃないかって気づいたんだ」

「そ、それだけで……?」


 その理由だけだと、水縞あいり本人だと確信したきっかけとしては弱い。


「まだあるよ。病院の敷地にたまに遊びにきていた地域猫のこと、覚えてる? ハチワレとか茶トラとか色々いたよね。その子たちに近寄られたときに、悲鳴をあげて逃げる姿を目撃していたんだ。君は『私の前世は、絶対にネズミなんだわ!』って叫んでいたよね」

「うう……まさか、あれを見られていたとは、恥ずかしい……」


 二つ目はさすがに言い逃れできなかった。それと同様の発言は、この世界に転生してからもしてしまっているのだ。


「もしかすると、私が仔猫を助けて車に轢かれたことも、ご存知なんですか?」

「うん。うちの病院に運ばれてきたからね」

「ああ……そうだったんですね……」


 水縞あいりは車に轢かれたことがきっかけだったが、緋崎玲斗が命を落とした経緯が気になった。


「差し支えなければ、緋崎先生の死因を聞いてもいいですか?」

「それはまだ内緒♡」

「まさか、痴情の縺れで刺された……とか!?」


 さすがに交際相手の有無は知らないが、あの人気ともてっぷりならば、彼女の一人や二人や三人いても不思議ではない。ところが、緋崎玲斗もといエミール本人に笑い飛ばされた。


「あはは。そんなんじゃないって、水縞さん。さすがにドラマの見過ぎじゃない?」

「それなら、緋崎先生も車に轢かれた……とか?」

「それも違うよ。というか、格好悪いから教えたくないんだ。少しくらい、秘密があった方が面白いでしょ?」


 そう茶目っ気たっぷりに言いながら片目を閉じてウインクされてしまった。詮索されたくないというのならば仕方ない。それ以上、追求することは諦めた。


「本題に戻すけど、原作と同じ展開だけは僕も望んでいないから、これからも協力させてほしい」

「……お願いします」

「うん。本当は僕が転生したこの体の持ち主も、病弱すぎて生死不明のまま出てこなくなる運命だから、体を鍛えたらどうなるだろうって、実験の最中なんだ」


 それを耳にしたミレアは顔をあげた。ミレアは断罪当日までは一応生きているが、彼が言うように、エミールは途中で出番がなくなり消息不明に陥る。彼が一体どうなってしまうのか、唯一、把握している原作者で幼馴染みの御剣才知を問い詰めたくなった。


「体調に変わりはないですか?」

「おかげさまで問題ないよ。イザベラの性格は本来より穏やかに成長しているから、きっと抗えると信じてる」

「……はい」


 イザベラを暴走させずによい方向へと導き、コツコツと貯めた給金で新たな人生をスタートさせることが水縞あいりの目標だ。そこは変わっていない。


「さっきも言ったけど、なにか困ったことがあったらすぐに相談して。同僚兼、同郷兼、同じ転生者のよしみってことで助けてあげるから」

「……ありがとうございます」

「それじゃあ、アフタヌーンティーでもしようか」

「スフレパンケーキ、作りましょうか?」

「いいね!」


 長々と話し込んでしまったが、改めてアフタヌーンティーを楽しむために、ミレアはボウルを手に取った。泡だて器でメレンゲを立てるのを手伝ってもらいつつ、二人分のスフレパンケーキを完成させた。誰もいないか確認してから、応接間に軽食とお茶を運び、今後の計画について二時間近くエミールと話し込んでいた。


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