9話「金銭感覚を狂わせない方法」
ミレアの断罪回避計画は、驚くほど順調に進んでいた。まだ注意する必要はあるけれど、イザベラの更生は一歩一歩着実に進んでいる。これからも油断せずに気にかけていけば、いずれ正しい道に導けるだろう。
多少、イレギュラーなことが起きたとしても、悪役令嬢の兄という、原作ではモブすぎて印象がなかったエミールが、想定以上に尽力してくれているのも心強い。多少、うまく進み過ぎている節があるが……。
しかし、イザベラの母親であるフランドル侯爵夫人に対しては、まだなにも対策していなかった。イザベラもそうだが、母親もなかなかの浪費家なのだ。
取り返しのつくうちに対処しなければ、せっかく断罪回避できたとしても、フランドル家は財政難に陥り崩壊してしまうだろう。新たな火種を生み出すことも考えられる。巻き込まれる可能性もある。
上級ハウスメイドのミレアに出来ることは限られているが、手を打つなら早い方がいい。
まず初めに着手したのは、金持ち自慢をする貴族との付き合いを改めることだ。向こうが指定してきた日時に、フランドル侯爵家の領地視察の日程をぶつけるという、至ってシンプルな方法だ。それを二度、三度繰り返すだけで、誘いは激減するはずだ。数回都合がつかなければ、簡単に見限ってくれると踏んでいる。
侯爵家に日々届く書簡は、危険なものが紛れていないか、執事がすべて目を通してから夫人に渡される。だからその前に、執事らが作業している執務室の清掃を請け負い、さり気なく盗み見ればいいのだ。今のミレアは上級ハウスメイドなので可能だ。
はたきで埃を落としている振りをして、執事の後ろに回り込み、誘われた日付を記憶する。そして、その日に旅行や視察をすると、運気がいいのだと大げさにイザベラに吹聴し、娘の口から母親の耳にも入り、そこから侯爵まで伝える計画だ。
少々回りくどいやり方だろうとも、侯爵夫人に直接意見するわけにはいかない。これが最善だ。
すべてを阻止することは不可能なので、令息令嬢の生誕祝いや結婚、出産などの慶事、ちょっとした鑑賞会やティーパーティーなどは止めない。
(……あとは、商人よね)
定期的に宝石商と美術商が、入荷したばかりだという品々を持って売りにくる。足元を見て値段を吹っかけたり、他の貴族の名を出したり、購買意欲をあの手この手で高めようと必死なので近づけたくはない。
そこで、ミレアの絶対的な味方である人物に、協力を仰ぐことにした。
「エミール様。私と一緒に一芝居打ってくれませんか?」
エミールの部屋に朝食を運びながら、ミレアは声をかけた。一人では失敗してしまうが、エミールと二人ならば成功率は格段に上昇するだろう。彼以外に適任者がいるとは思えない。
「かまわないよ」
「……内容を聞かないんですか?」
「聞かなくても、手伝うつもりだよ」
ミレアとしては頼もしい限りだが、ただ頼まれてエミールに食事を提供しているだけだ。大したこともしていないのに、十分すぎるほどの報酬を受け取っている。それなのに、ここまで恩義を感じてくれている理由がミレアにはわからない。
「そうですか。今日の午後から、宝石商が奥様に会いにくるので、どうにか追い返したいんです」
「わかった。フランドル家がもうすぐ、不渡りを出すかもしれない、という設定でいこうか」
「え、どうしてわかったんですか!?」
まさに提案しようとしたことを先に言われてしまい、ミレアは心底驚いた。宝石商が到着する前に、エミールとミレアでフランドル侯爵家は財政難だと嘘をつくつもりだった。まさか考えが同じだなんて想定外だ。
「商人にとって、小切手が換金できないと大損になるからね」
「……なるほど」
それもそうかと納得した。
商人が到着する少し前に、深刻な顔をしたエミールとミレアが、不渡りについての噂話をして、商人の顔を青ざめさせる作戦だ。エミールは、侯爵家の嫡男ゆえに信憑性が増すだろうし、きっと大慌てで帰るに違いない。成功する確率は五分五分だ。
メイドを使って噂を流すことも考えたが、それをやってしまうと、ハウスキーパーによる犯人探しが始まってしまい、出所を突き止められて処罰されかねない。エミールならば、継母から虐げられていることを知っている使用人も多いので、ただ注目されたかったのだと同情を引けるだろう。
利用してしまうことに罪悪感がないといえば嘘になるけれど、本人はそれでもいいと言ってくれたので実行に移すことにした。
それから数日後。山のように届いていた招待状は半分に減り、宝石や絵画などの商人もフランドル侯爵家からは遠ざかっていた。どれほど持つかは定かではないが、たとえ数か月だとしても、抑止力になるのなら御の字だ。
その間に、金持ち自慢をしない公爵家や伯爵家との交流を増やせば、衝動買いしなければならないという、強迫観念に襲われることなく平穏に過ごせるだろう。
なんとか浪費癖を悪化させずに済んだので、ミレアは安堵していた。




