王子は運命を待たないことにした
春チャレンジ2026への参加作品です。
シンデレラの世界に王子として転生したと気づいたのは5歳のとき。
自分の住む城を遠目に見る機会があり、イヤコレシンデレラ城じゃん、と前世を思い出したのがきっかけ。
前世の俺はひたすら働いた記憶しかない。その頃はがむしゃらに働けば結果がでると思っていた。けれど思うような結果がでず、更に無理が祟って身体を壊し、後悔しながら人生を終えた。
『今度こそ結果をだす!』
突然そう叫んだ5歳児を、使用人たちは見て見ぬフリをしていたのを思い出す。彼らはプロだ。己に課せられた仕事の役割をわかっている。
俺も彼らを見習い、今世は自己を犠牲にしての労働はやめ、与えられた枠組みの中でできることをしようと心に決めた。
そして思いついたのが医療改革。
ここは魔法のある世界だけれど、回復魔法はないようで、前世と比べたら医療が遅れている。
そして記憶では物語の王妃やシンデレラの両親は病気で亡くなったはず。
だからもしかしたら治せる病気かもしれないと考えた。
そこで目をつけたのが、ガードロン伯爵家。
伯爵の領地は薬草栽培や薬の開発に力をいれており、最近特効薬を発明し知名度をあげたばかり。幸いガードロン家には俺と同じ年頃の娘がいる。
“ガードロン家の令嬢と婚姻を結び、王国の医療を発展させ、誰も死なない未来をつくる”
そう目標を立て、ガードロン家のレイチェル嬢に将来的に王家に迎えたいと伝えた。
はじめは政治的な目的だったが、年を重ねるにつれ、レイチェル嬢の聡明さに驚かされることが増えた。特効薬の発明の功労者も彼女だったと聞き、「できることをしたまでです」と微笑む謙虚さも俺に合うと思うようになった。
確かに一瞬の迷いはあった。
運命の人、シンデレラ。
気にならないと言えば嘘になる。
もし出会えば惹かれてしまうのだろうかと考えた。
けれど中身は俺だ。打算だらけの俺が一目惚れをするとは思えない。
そもそも物語の王子は、運命の人を求め結婚しないと頑なに独り身でいたが、俺は早々に婚約者を決めた。
もし相手がいなかったとしても。
国の利益になる令嬢たちをさしおいて、シンデレラと結ばれる未来は選ばない。
国庫をつかい、嫁探しの舞踏会? ガラスの靴の持ち主を探すために人員を割く?
その金があれば、国をよくすることができる。
俺は国という企業の社員だ。
今度こそ結果をだすと決めたから、愛を選ぶ王子にはならない。
だから今世は運命の人を待たない。
と決意したものの。
幼い頃からレイチェルを婚約者にすると表明していたけれど、きちんと婚約したのは3年前の15歳のとき。
恋愛結婚が主流のこの国で、一方的に婚約をとりつけたからか、レイチェル嬢は俺に心を開かない。
仕事上は義務で接するけれどプライベートは別というふうに。それが少し寂しい。
「なかなか上手くいかないなあ」
俺は今日も城の外れにあるお気に入りの場所で寝転び空を眺めている。
前世のCMで有名な“名前も知らない木”に似た、立派な木の下は居心地がよく、絶好のさぼりスポットだ。
ここでは自分が何者かをしばし忘れることができる。
――今更だけど王子の権力ってすごいよな。爽やかにこうしたらどうだろうと言えばその通りになるんだから。
少しずつ意識改革をし、衛生面を改善して、治水工事や医療の発展で国は豊かになった。
母(王妃)は今も健在で、貴族名鑑で調べてみれば、シンデレラの両親も生きていることがわかった。
ふと、レイチェル嬢の硬い表情を思い出し、小さく息を吐く。
愛に溢れる王国、と呼ばれるこの国で、政略結婚はやはり受け入れたくないのかもしれない。
ーー燃えるような愛でなくてもお互いを尊重して幸せな人生を歩めればいいと考えていたけど、レイチェル嬢はどう思っているんだろう。
尋ねたところで、殿下の思うままにと俯いて答えるだけだろう。
前世の俺は恋人をないがしろにし、相手の心を知ろうとしなかった。今は身分の差が心を閉ざさせている。
もどかしい――――
肌寒さに目を覚ます。
少し眠ってしまったようだ。
起き上がりかけて、肩にショールがかけられているのに気づく。馴染みのある薬品の匂い。そして背を向けて座るレイチェル嬢の姿も見えた。
(約束の時間を過ぎてしまっていたか)
遠くの国の医療をまとめた冊子を取り寄せたから渡すつもりで呼び出したのに悪いことをした。
すぐに謝罪しようとしたが、レイチェル嬢がなにやら呟いている声が聞こえた。
「――いつまでもここにしがみついて、私は何を期待しているんだろう……どうせ私は殿下に捨てられるのに。殿下には――」
――捨てる? なぜそんな話に。レイチェル嬢は何か勘違いをしている。
俺は咄嗟に、
「俺が君を捨てるわけがないだろう」
と声をかける。ビクリと肩を揺らしたレイチェル嬢がゆっくりと振り向いた。
艶のある焦茶色の髪に、深い緑色の瞳。
その瞳が少しだけ潤んでいた。
「政治的に不必要になれば捨てると心配しているのか? 確かに俺から情熱を感じなくて物足りないかもしれない。でも俺は君となら幸せになれると思ってる。捨てるなんてありえない」
レイチェル嬢は俯いたまま何か苦しげな表情を浮かべていたが、何かを決意したのか顔を上げる。
「殿下、隠していましたが私には先見の能力があります。だからこそ我が家は短期間で多くの成果をあげられたのです。そしてわたくしは、殿下には運命の女性がいると知っています。その女性と結ばれ、幸せになると。だから……」
レイチェル嬢は言葉を止め、下を向く。
避けられていた理由はわかった。
嫌われていたわけではないこともわかった。
(予知能力……あってもおかしくない。運命の人とはシンデレラのことだろう。だが、もう一つの可能性のほうなら?)
「レイチェル嬢、ひとつ質問。この歌は知っているか?」
俺はあのCMの歌を口ずさむ。“名前も知らない木”の歌を。
レイチェル嬢は目を見開き、
「見たことのない花が咲く歌です……ね」
と恐る恐る答えた。
「やっぱり。君も転生者か。俺もそうだ。しかも同じ世界からとはな。それならその不安は理解できる。俺は転生を知った瞬間から、運命を待つのをやめて国を選んだんだ。だから君が心配するようなことは起きない」
レイチェル嬢は、転生者かという質問に頷き、驚きながらも俺の話に耳を傾けていたが、まだ半信半疑という様子なので俺はさらに続ける。
「シンデレラの両親は健在だ。虐げられるシンデレラなんて存在しない世界になったんだ。俺が願うのは国民が幸せに生きること。それ以上のものはいらない。だからそんな俺の伴侶は、俺と同じものを目指す君以外に考えられない」
「……愛は必要ないと?」
「いや、俺だって愛したいし愛されたい。ただ全身全霊で愛することが性格的にできないのはわかる。それでも、こうして目の前の君を離したくないと思うくらいには執着しているし、これを愛として受け止めてくれないか?」
俺はストールを彼女の肩にかけ、赤く染まる頬に軽く触れる。俺を見上げる彼女の瞳が少し揺れた。
「……今まで、殿下と仕事を共にするたびに苦しかったんです。私が邪魔をしているからヒロインと出会えないんじゃないかって。でも殿下が運命に抗った結果が今ならば、私は殿下を信じます」
そう言ってレイチェルは俺の手のひらに頬を寄せた。
その様子を陰から見守っていた双方の使用人たちは、あとは若者たちだけでごゆっくりな雰囲気をだしながらその場を離れていく。
やはり彼らはプロだなと感心しつつ、レイチェルをそっと抱き寄せた。
それからレイチェルは少しずつ自らのことを語った。
前世は製薬会社の研究員だったこと。
信頼していた同僚に手柄を奪われたこと。
さらに根も葉もない噂を流され、ストレスから身体を壊し、職場を離れざるをえなかったこと。
そして今は解析の魔法が使え、皆の役に立ててやりがいがあるけれど、自分は物語にいてはならない存在なのにこれでいいのかと常に不安だったと語った。
「君は魔法をつかえるのか」
一区切りしてそう感想を告げると、レイチェルが「一言目がそれですか」とふきだした。
「ああ、まあ、そうか。俺はこういうとこが駄目なんだ。えっと、つらかったな……か?」
「いいえ、殿下はそのままで。過去の私は、もう思い出にいたします」
そのあとの展開は早かった。
気持ちが通い合ったからというわけでないが、予定していた結婚式を挙げ、国民から盛大に祝われた。
祝いの舞踏会で初めてエラ(シンデレラ)を間近に見た。隣には若い領主の姿。領主の婚約者だと紹介された。
なんというか、もう少し何かあると考えていたが、これがシンデレラか。くらいの感情だった。我ながら感情の起伏がなくてつらい。
後日、彼女は美しすぎる未来の領主夫人として他国でも人気だと聞いた。彼女には我が国の観光大使として働いてもらうのもいいかもしれない。
そうレイチェルに言えば、「あなたは全てを人材としか見ないのですね」とあきれられた。
今でこそ軽口を叩くようになったけれど、結婚した当初は、また裏切られるのではと不安をのぞかせることもあった。けれど俺と過ごしているうちに、俺がいかに仕事バカかを思い知り、悩んだ日々が馬鹿馬鹿しいと思うようになったらしい。
「今世の俺は見る目はあるからね。特に君を見つけたことが俺の最大の功績だよ」
とレイチェルのこめかみに口付けすれば、彼女は微笑んで頬に口付けを返してくれた。
国を豊かにしたい。
王と王妃になった今も毎日、何かできるか話し合う。
仕事は尽きない。
そして予想外に愛が尽きることもない。
だから今世は結果をだせたといえる。
まあ、一言でいえば幸せだということだ。
読んでいただきありがとうございました。
考えてみたら、この木なんの木は世代によっては知らないかもしれませんね……




