ソロモンの指輪
冬の始まりの頃、ペルセポネを冥界に送り出した後のこと.
「別館」では、海丸君と、ドクトルが何やら話し込んでいる.
ペルセポネを送るときの音楽、 オラトリオ「ソロモン」から「シバの女王の入城」という曲を使った.
今日はソロモン王のことが話題である.ソロモン王(紀元前1011年頃 - 紀元前931年頃)は、旧約聖書の『列王記』に登場する古代イスラエル(イスラエル王国)の第3代の王(在位紀元前971年 - 紀元前931年頃).父はダビデ、母はバト・シェバ.エジプトに臣下の礼をとり、ファラオの娘を降嫁されることで安全保障を確立し、古代イスラエルの最盛期を築いたとされる一方、堕落した王ともされる.彼が亡き後、神が見放した、イスラエルは分裂する.
ドクトルは、ソロモンと関連する本を家から探して持ってきた.旧約聖書は、はるなのお父さんの本棚から探してきた. ドクトルが持ってきたのは、コンラート・ローレンツという動物行動学者が書いた、「ソロモンの指輪」という本である.
彼は、その序文でこのように書いている. 動物のことを知らないで、動物のことをわかったように書く、著者に、怒りを覚えがた故にこの本を書いたという.
「今日ありとあらゆる出版社から刊行されているおよそ悪質な虚偽に満ちた動物の話に対する怒り、動物のことを語ると称しながら動物について何一つ知らぬ著者たちに対する怒りだ.」初めの項から結構過激な本だと思った. その後、続けて、 「フィクションということは、芸術的な記述に認められた自由だ.これには誰も異存はないだろう.私人たちは必要に応じて動物を対象と同様に詩的に様式化することを許されている.ラドヤード・キプリングのオオカミやヒョウたち、あるいは彼の傑作であるマングースのリッキティッキタヴィは、人間のように喋り、ヴォルデマール・ボンゼルスのミツバチ・マーヤも人間のように礼儀正しく親切にすることができる.だがこのような様式化は実際に動物を知っている人にだけ許される.もちろん想像的な芸術家には、その記述の対象を科学的な正確さで描写する義務はない.しかし、彼が正確に書くことができないので、それを誤魔化す手段として様式化を使うなら、彼に三度災あれと言いたい. 」(ローレンツの前書き.ソロモンの指輪)
ソロモンは、神から与えられた、指輪で、あらゆる動物と話をすることができた.しかし、身近な動物となら、ローレンツ先生は、指輪がなくても話をすることができるから、その点は私はソロモン王よりも「一枚上手である」とまで書いている.
「なかなか面白いこという先生ですね」海丸君が感想を述べる.
「そうだね」ドクトルもそう思う.
ローレンツの本の趣旨は、動物の行動を詳しく観察することによって動物の気持ちを理解できるとするものである.ソロモン王は、神から授けられた指輪の力であらゆる動物と話ができた.ある時、ナイチンゲールが、「妃の999人の中の一人が、若い男と浮気をしている」と王様に告げた.ブチギレた、ソロモンはその指輪を投げ捨ててしまった.それ以後は彼は動物との話ができなくなってしまったとさ.
ローレンツ先生は「私は、指輪がなくても、動物と話ができる」というわけである.
「ふーん」海丸君はいう.「でもドクトルも、はるなさんも、けんちゃんも、あいちゃんも、後、静香さんも皆、精霊と話できますよね、あんまりすごい能力ってわけでもない気がしますが・・・」
「でもね、現代の人間はそういう精霊とか動物、草花、神々と会話ができなくなった、っていうのは事実みたいですよ」
「そんなものでしょうかね・・・」
「で、動物と話をする機能というのは、この指輪の大事な機能であることは間違い無いのですが」ドクトルは続ける.しかしこの後、動物の行動心理学の話からどんどん脱線していく.
「重要なのは、この指輪を持ってきたのは、ルシフェルさんの宿敵の、あの大天使ミカエルで、これを使えば、あらゆる天使と、悪魔をこき使って、肉体労働させることができる、そんな機能のある指輪だっていうんだね.実際ソロモンの王様は、工期が大幅に遅れた、ヤファウェの神殿をこの指輪を使って、あっという間に完成させたということですよ」
「へえ、なかなか面白い指輪ですね」
「そう、でもなんかおかしいと思わない?ソロモンって要するにユダヤの王でしょ、てことは、厳格な一神教の信者で、お妾、999人とか、悪魔やら天使やら、こき使うのっていいの?そんな気がしませんか」
「言われてみればそうですね」
「それに問題は、なんでユダヤの王様の国に、悪魔やら、天使がいっぱいいるのかってことですよ. 」
「ダビデとか、ソロモン王の頃は、イスラエルはすでに、一神教だったわけですよね?」海丸くんは鋭い.
「お、よく知ってますね、エジプトからモーセに率いられて逃げ出してきた、ユダヤ人たち、パレスチナに逃げてきた.そこで王国を建てたと言うわけでしょう.
すでにイスラエルが建国された時には、モーセは神から十戒を授かっていたはずですから、一神教の信仰が始まっていたわけでしょう?すると、他の国やら地域から逃げ延びてきた、その土地の神々、神と名乗るわけにいかなくなったのではないでしょうかね?だって神様一人としかユダヤ人は救済契約を結べないわけだから」
旧約聖書にある話はこうである.ネットから引用してきた.
ソロモンの指輪は、偽典のひとつとされる『ソロモンの遺訓』(『ソロモンの聖約』)に記された、ヤハウェの命を受けた大天使ミカエルよりソロモン王に授けられた指輪である。 ソロモンの指輪は真鍮と鉄でできており、様々な悪霊を使役する権威を与えると伝えられている。 エルサレムで建設中の神殿が思うように進まず、困り果てたソロモン王は、モリヤ山の高く突き出た岩に登り、神であるヤハウェに祈った。すると突然、まばゆい光と共にエメラルドの翼を持つ大天使ミカエルが現れ、黄金に輝く指輪を差し出して言った。受け取るがよい、王にしてダビデの子なるソロモンよ。主なる神、いと高きゼバオト(万軍(英語版)の主)が汝にくだされた賜物を。これによって、汝は地上の悪霊を男女とともにことごとく封じるであろう。またこれの助けによって、汝はエルサレムを建てあげるであろう。だが、汝はこの神の印章を常に身に帯びねばならぬぞ
その後、ソロモン王は指輪の力により、多数の天使や悪魔を使役し神殿を建築した。良き魔神(天使)を使役する場合は真鍮の部位を、悪き魔神(悪魔)を使役する場合は鉄の部位を投げ当て、呪文を唱えるといかなる魔神も強制的に従わせた。 しかし、後の時代の『レメゲトン』にあるような、悪霊を使役したとするような記載は旧約聖書正典には見られない。 なおゼバオト(Sabaoth、Zebaot、Zebaothなどと綴る)は「軍勢の長」といった意味で、ヘブライ語経典でヤハウェの異称としてしばしば用いられる。
「この話の、端々に、ルシフェルさんの気配を感じませんか? 神殿の工期が遅れまくっている. ミカエルがやってきて、この指輪、神様が貸してくれたのだけど、 悪魔も天使も皆こきつかって、仕事手伝わしてもいいからね・・・なんかルシフェルさん、文句言いながらモッコ担いでそうな感じしませんか?」
「そういえばそうですね、ははは」
そこにルシフェルが入ってきた.
「おう、おめえら、何そんな楽しそうに話してるんだ?」
「ルシフェルさんって、ソロモンさんのことわかりますか?」
「おうよ、あのやろ、ミカエルとつるんで、俺らのことこき使いやがったんだ.そもそも一神教と、多神教、対立の起源はこの辺にあるのではないかと俺はみている.」
ドクトルと海丸君は顔を見合わせた.
「へーどういう事情で?」
「お前たち、世界史は勉強したか?」
海丸君、「まだちょっと・・・」
ドクトル、「大学入試前と、その後は最近ちょっと復習を・・・」
「まあ、その程度だろうな.俺の言う話には色々と批判があるのは承知の上で話をするのだが・・・・」とルシフェルは前置きして続けた.
「世界史の教科書には、ギリシャを中心にした、エーゲ文
明、紀元前2000年頃から繁栄が始まって、栄華を極めたのが、紀元前1200年頃に忽然と消え失せて、その後、400年間、暗黒時代って記載があるんだ.」
「あ、あります、エーゲ文明の暗黒時代.紀元前8世紀頃までですよね」
「そう、その間、トルコからシリア、パレスチナ、エジプトのあたりはどんなだったか?」
「どんなだったのですか?」
「エーゲ海沿岸、ギリシャの文明は泣かず飛ばず.本当かどうかわからんよ.でも記録に残らない.しかし、ちょっと視点を移してみると、地中海の東の方、アラム人に、フェニキア人、ヘブライ人が、紀元前1000年頃から、この辺りで活躍を始めるのさ.ギリシャはパッタリ歴史の舞台から姿を消した.同時にこの頃から鉄器文明が広がった.」 ドクトルと、海丸君はルシフェルの歴史講義に聞きいる.
「ギリシャに視線を戻してみる.神話にいうところの、クロヌスが俺の兄弟、全部飲み込んじまった、て話あるだろ」
「はい、ありますね、あなたの機転で皆吐き出して、それで、兄弟の順番が、飲み込まれた順番から吐き出された順番に変わった、とかいう話ですよね」
「本当はその順番なんかどうでもいいんだがな.俺はなんとか飲み込まれずに済んだ.そして俺が策を練って、クロヌスの腹の中から、兄弟姉妹たちを皆を助け出したって話さ.これはどういう例え話かっていうとな」
「うんうん」
「つまり、クロヌスっていうのは俺ら兄弟の親父ということになっているが、実は先住民族の強大な国家だったてことだ.兄弟姉妹親戚一同、皆、幽閉されて、俺だけが、逃げ延びて、中東で、ほら、亡命政府っていうの?ユダヤの王様とか、シリアとかエジプト渡り歩いて、そお、仲間を閉じ込めた奴らに対抗する準備をした、ってわけさ.それはそれは苦労したさ.」
エーゲ海あたりの王国から亡命してきた、ルシフェル一味、しかし、ギリシャの神々の亡命王朝、イスラエルにおける立場は微妙である.何せ彼らユダヤ人、ヤファウェと言うたった一人の神だけを信じることで民族の救済その他の面倒見てもらうことを丸々契約で決めてしまったのだから.土地の神々ですら、神とは認めてもらえない.亡命してきた余所者の神々なら尚のことである.一神教のイスラエルにおいて、ギリシャの神々、基本、悪霊扱いだし、味方になるなら、ちょっと優遇、天使として扱います.でも明らかに格下げ扱い、ということでしょう.
「それこそソロモンの神殿の工事なんて、なんで俺らが、ってことまでやらされて・・・.そして、苦節、400年、やっと故郷に凱旋して旧体制を打破して、新しい、オリンポス体制を樹立したという話さ.だからほれ、ホメロスとか、紀元前8世紀になって急にまた俺らのこと持ち上げはじめたろ.」
「なーるほど.すると、パレスチナあたり、ギリシャでは王族待遇のあなた方も、悪い天使として、扱われたのですね.それでミカエルに対しては、いい感情を持っていないと・・・」
「まあそういうことだね.」
「歴史の教科書の行間を埋める事実、ってことかな」
生きた証人の語る歴史の重みを感じた、ドクトルと海丸君であった.




