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父と母のこと②「越後の山中にて」

ポセイドンはすでに元通りの体になっていたのだが、雪姫が、色々世話を焼いてくれるので、具合の悪いふりをしてた.この辺はルシフェルとにたところがある.女に甘えるコツみたいなものが生まれついて備わっていると言うことだろう.


「いててて」とわざと手が痛くて、お椀とスプンが持てないようなふりをして、雪姫に食べさせてもらう.

 皮膚も粘膜も、溶岩に触っても大丈夫なくせに、ちょっと熱めのお湯をあちち、などと嘘をついて、ふーふーしてもらったり.


しかし、そうするのがめんどくなってくると、飯はいつものように自分でガツガツ食べる.


「ばっか、いい食いっぷりらね、そう言うの好きだよ、あたしは」

新潟あたりの言葉で、「ばっか」と言うのは「すごく」、「らね」と言うのは「だね」である.誤字ではない.ばっかは上越の人がよく使う.


雪姫は甘え上手で、豪快で、ちょっと間抜けな感じもある、ポセイドンが気に入ったし、ポセイドンは、ギリシャでは見かけない、怪しげな美貌のくせにきっぷのいい口ぶりの雪姫が好きになった.


越後の山の中は春の気配がする.雪割草が、溶け始めた雪のすきまから花の芽を伸ばし始めることである.


「なあ、ゆきよ、俺、そろそろギリシャに帰らないとダメなんだ」

「そうなのかい?もうちょっとあんたとは一緒にいたいけど・・・」

「シンポシオンって俺らの、組合の役員会議みたいなのがあってな、あんまり休んでばかりもいられないんさ.海のこととか、地震の管理もしないとダメだし・・・」

「それは寂しいね・・」

「じゃ、一緒にギリシャに来るか?」

「ダメらて、私にも役目ってもんがあってね、冬の山、守らないとダメだから.あんたと同じで人には任せられない、私の仕事らて」


「そうか、じゃ、俺は帰るがまたちょくちょく来る.」

「で、どうやって帰るんだい?」


「なーに、この天と地の間、我々神々には、庭も同然、地球を一回りなど、天空を巡る星、日輪の動きよりも早い!見ておれ、雪姫!」

と言うと、何か呪文のようなものを唱え、ポセイドンの足元には、七色の光が放射され、いく筋もの水柱、竜巻のような渦も巻き上がった.それらが一つに合わさり、彼の体を何重も螺旋を描いて、巻き込む.それに伴って、彼の体は龍の姿に変わった.


ぼーと見上げる、雪姫は、つぶやいた.


「こら、たんまげた、ばっか、くわっこいい・・」


「じゃ、世話になった!また会おう!腹の中の俺の子供、大事にしてくれ」


 そう言い残すと、あっという間にポセイドンが変身した龍は、西の空に消えていった.

「もう行くのかい」と聞くまもなかった

「なんだ、あいつ空飛べるのかい.だったらなんでわざわざ、遠い西の国から船に乗ってくる必要があるのかね?」


 めんどくさい男である.しかし、ちゃんと私のことを見ていてくれた.そしてお腹の中の子供のことも、大事に見守ってくれそうである


「あの調子なら三日に一回くらい来るんじゃないだろうかね、ねえ、イエティ」


「だすけ、だすけ、だっすけ・・・」

イエティは人間の言葉は話せない.しかし彼の言葉は、ポセイドンに好意的であるとを意味していた.彼もあの海の神は嫌いでないようだった.


 一日以内に地球を一周できるなんて嘯いていたくらいだから、自分のところにはちょくちょく会いに来てくれるのかと思ったら、あの男、本当に多忙らしい.


 次に来たのは、秋が終わり、冬の足音が聞こえてきた頃である.秋から新潟は雨の日が多くなる.風も強い.冬に雷がなることに太平洋側から来た人には驚きであるらしい.北の方から、水気と塩気を含んだ、冷たい風が吹き付けてくること、彼は再び親知らずを訪れた.性懲りも無く、船で来たらしい.


「おーい、おーい」沖で船の上から手を振る奴がいる.

え、と思った、最初は誰かわからなかったが、雪姫も

手を振りかえす

「おーい、おーい」と


「おう、雪姫、達者だったか!」

「あんた、飛んでくるんじゃなかったのかい?」

「え、日本海の漁だから、船で来るだろう、普通、今回は、遭難しなくて済んだよ、

ガハハははは」

 雪姫は赤ん坊を抱いていた.男の子らしい.顔つきは母親にそっくりである.一重の瞼、目は母親と同じ、暗く深い黒だが、少し青みがかっているところは父親に似たのかもしれない.ふっくらしたほっぺ、うっすらと唇には赤みを帯びている.肌の色は白い.

それから、二人の間で子供の名前について、ちょっとした言い争いが起こった.


「私はこの子の名前、雪之丞と決めてんだ」

「いや、雪之丞ではダメだ、ギリシャに帰った時に、仲間に言えない、俺の考えていたこの子の名前は当たり障りのない、一学だ、男の子供、学問第一にして、偉くなってもらいたいじゃねえか、ダメか?」

「いや雪之丞」「いや、一学だ」と議論した.


「じゃこうしましょう、」雪姫の提案である.

「私の家、越後にいる時は雪之丞、ギリシャに帰る時には一学、これでどうだい?」

「おし!」とポセイドンは軽いのりで言ったが「はて?」


「俺この子を連れてギリシャに帰る、のかい?」

「ああ、そうだよ」

「でもちょっと待ってくれよ、俺はギリシャに家もあってそこには、奥さんとか子供とかたくさんいるんだぜ、その中にこの子ほうり込んで、ちゃんとそだれてられるとも思われねえんだけど」

「それがその子のためになると私は思う、だって考えても見なよ、ここだと私と、イエティだけ、時々村人がお供物持ってきてくれるくらいでさ、この子が人と交わり持つのに、不便じゃないか、山の中で、クマやら鹿やら猿たちと遊ぶのならそれはそれでいいかもしれないけどね、学問もちゃんとした先生について教えてもらいたいじゃないか.だから、あんた、ギリシャに連れていっておくれ、そして立派に育てておくれ、頼んだよ」


冷たい、海からの風が、強くなり始めることである.

空からはみぞれ混じりの雨が降る.

日本海特有の塩辛い、海の味がする雨である.




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