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   笑顔と無表情

お気に入り登録やポイント評価して下さる方、この小説を読んでくださる方、ありがとうございます!

もう感謝感激です!

ちまちまと話は進んでいきますが、これからも「漆黒の魔法使い」をよろしくお願いします

「む……これも違う」


 薄暗い部屋の中、フィリアは本を一心不乱にめくっては違うと呟いていた。その部屋の中は灯りが付いておらず、月明かりのままだった。

 「何が違うの?」とその部屋には居なかったはずの声が響く。けれどもフィリアはそれを気にもとめず、何気なく答えるのだった。


「症状と薬の配分。発症時間と病気の症状」

「うーん。難しいな」

「そんなことな――って。え?」


 さっきから誰と話をして……と、フィリア慌てて後ろを振り向く。そこにはドアにもたれかかって、こちらを見ている人が一人いたのだった。逆光で表情は見えずらく、その人が近くに寄ってきて初めて誰なのかが分かる。


「よほど集中していたようだね?」

「クランさん、でしたか」

「君の名前は?」

「……? ルアです。ルア・サリュウ」

「名前やっと言ったね」

「あれ、そうでしたか?」


 クランの質問に淡々と答えつつも、本をめくるフィリア。クランはやれやれと言った表情を浮かべ、さらにフィリアの近くへと寄った。


「今の君は目の前にいる僕よりも、本に夢中なようだ」

「ああ、すみません。何でしょうか。見つかったら相手します」


 クランはそのまるで相手にされていないような返答に笑っている。フィリアは眉をひそめ「何を笑ってるんですか」とクランを見上げた。


「いや。ルア、君は面白いよ」

「面白い? 私はただの薬屋ですが……」

「本当に薬屋しておくのが勿体無いな」

「それはありがとうございます。でも私の本業は薬屋なんです。む……これも違う」


 フィリアはクランと会話しつつも、本をめくる手を止めることはなかった。それを見てクランは良い事を思いついたと言わんばかりに提案する。


「手伝おうか?」


 フィリアはその言葉に一瞬、手がぴたりと止まった。確かに手伝って貰ったほうが早く見つかるかも知れない。


「……お願いします」


 少し悩み結局、頼むことにしたのだった。


「それで、何を探せばいい?」


 クランはフィリアの真横に腰を下ろす。フィリアは近くないかと思ったが、そこまで細かく言うのもどうかと思ったので黙っておいた。


「病気の原因を分かってはいるんです。あれを前にも見たことがあるので。そこにある数冊の本の中に薬の調合が書いてある気がしたのですが……」

「無かったんだね?」

「はい。それで最後に残ったのがあと三冊です。ルルナと言う名前のものを探して貰えますか?」

「喜んで。君の頼みだからね」

「……? 宜しくお願いします」


 作業を再開する静かな時間が流れた。その部屋は二人分の本のページをめくる音しか聞こえない。


「クランさん、その本にありましたか?」

「……無いなぁ」

「そうでしたか。じゃあお互いこれで最後の一冊ですね」


 フィリア達はまた黙々とページをめくる作業を始める。それでも相変わらず月は、薄暗い部屋の中を照らしていた。そして数分が流れた時だった。


「あ、あった! クランさん、ありました」


 フィリアは急いでクランに知らせた。これです、と『ルルナ』のページを見せる。そこには青緑色の大きめの葉の絵が描かれていた。


「クランさん? どうかしましたか?」


 フィリアはなんとなく、じっと見られている気がした。部屋には視線を送れるものなんて何もなく、目の前にいるクランだけだった。黒い布ごしにフィリアはどうしたのかと疑問を覚える。


「……その布を今すぐに、取ることが出来たらいいのにね」

「え?」


 フィリアはクランの様子が妙だと思った。今になって何を言うのだろうと。


「布のせいで君の表情が見えない」


 クランの言葉の意図がフィリアには分からなかった。表情……。確かに人の感情を読み取るには、表情が必要不可欠だと聞いたことはあるけれど。

 今のクランの表情を見ていても、何故か少し怒っているような気がするだけだ。


「ごめんなさい、クランさん。椅子に座らずに作業させてしまいました。偉い方だとは分かっておりましたが……」

「そんな事はどうでもいいんだよ?」


 そう言うクランはかなり爽やかめに笑っていて。フィリアは怒っているのかと勘ぐったのだった。


「え? ……えっと、怒ってらっしゃいます?」

「ああ、そうだね。怒ってる。そうだね……償いをして貰おうか」

「……えっと。償いですか? 意味がよく分か――」

「まずは布を取らせてよ」


 フィリアは思わず心の中でつっこむ。まずはって何だ。まずはって。次に何があるんだ。クランにはむすっとした表情でこう答えるのだった。


「嫌です」

「それじゃ怒ったままになるよ?」

「それでも却下します。勝手に怒るなり何なりして下さい」


 クランはもう耐えきれなかったように、笑いだした。一方のフィリアは戸惑うばかりだ。


「何なんですか、さっきから。からかいですか!」

「いや、からかった訳じゃ……。じゃあ別の償いで」

「な……!?」


 ぎゅっと抱き締められる。フィリアはパニックに(おちい)った。それでも冷静に保とうと、フィリアは意を決して話す。


「は、離して下さい」

「そう言うと思ったよ」


 クランに布から出ている髪の毛をもてあそばれる。巻いてみたり、といてみたり。


「全く。何なんですか!」

「ルアは人だね。でもなんだか消えてしまいそうだ」

「人で当たり前です。影がありますから。だから離して」


 フィリアは何とかもがくが中々、クランの力には敵わない。


「そんなに嫌?」

「嫌と言うかあったばっかりですよね? 親しくもないし何故こうなるのです? 意味が分かりません。あ。いや、でも親しくてもおかしい……」

「嫌じゃないんだね」

「違っ……!」


 フィリアが本気で殴ってやろうとしたその時、ぱっと離される。ふぅとフィリアは深く息をつき、心拍数が上がったのを落ち着かせようとしていた。一方でクランは相変わらずにこにこと笑っている。


「何ですか」


 フィリアと言えばかなり警戒していた。本当に、油断も隙も与えてはいけない人だ。


「いや。次は何をするのかなーと思ってね」


 クランはそんな事、全く気にしていないようだが。


「……とにかく急がないと。ディートさんからだいだいの事は聞きました。クランさんには集めて貰った人に、看病を手伝って貰えるよう頼んで貰えますか?」

「分かった。看病とは何をすればいいのかな。出来れば具体的に話して欲しいんだが」

「はい。皆さん熱が出ているようです。なので普通の風邪と同じようにして下さい」

「冷やせば良いんだね?」

「はい。今皆さんがかかっているのは、田舎特有の病だと思います。風邪に近いのですが、熱が下がらず幻覚が見えるといいます。でもちゃんと治療すれば直りますよ」


「分かった。伝えてこよう」

「それともう一つ。絶対に無理はしないで下さい。病気はうつります。だから……」

「大丈夫。伝えるよ」


 クランはすくっと立ち上がる。フィリアと言えば呼び止めようと思わず、服の裾を掴んでしまっていた。


「あ、あと。クランさん、あなたもです。貴方は一番うつりやすい場所にいます。私も薬を完成させてから急いで行きますけど、気をつけて下さいね」

「……ありがとう」


 フィリアは裾からすっと手を離す。部屋から立ち去るクランを見送った後、急いで隣の部屋からいつもの調合の道具を取りに行き、本と睨みあいながら、地道に薬を完成させていくのだった。



***



「王様、この部屋ですか?」


 フィリアは屋敷の中で、一番奥の部屋の前に来ていた。金縁の豪華な装飾がしてある焦げ茶色のドアを今、目の前にしている。


「ああ。入れ」

「はい。えっと王様はくれぐれも……」

「分かっている。うつる可能性があるのだろう」

「お願いします」


 フィリアは軽く頭を下げた。

――コンコン


「お妃様、お薬をお持ちしました。失礼します」


 フィリアは返事がない前提で部屋に入る。薄水色のキングサイズのベッドで一人、ぐったりとした様子で女の人が横たわっていた。 その人は熱があるせいで、息が荒い。


「お妃様、少し体を起こしますよ?」


 フィリアはゆっくりと妃の体をベッドに座るようにして起こしていく。妃は閉じていた目を少し開けた。


「……ど、なた……か……しら?」

「顔を隠してはおりますが、私は女です。そしてこの街で薬屋をしている者です。苦しかった事でしょう。お薬を持って参りました」

「そ、う……」


 フィリアは何よりも先に薬を妃に飲ませた。そしてもう一度、眠るようすすめたのだった。額の汗をタオルで拭いて、濡れて冷たいタオルを額の上にそっとのせる。


「こんなに熱を……出すのは、何年……ぶり、かしら」

「安静になさってて下さいね。もうすぐに薬が効いてくると思います」

「そ……う。ありがとう……」

「いいえ、お礼なんて……。また後で来させて頂くと思いますが、お気になさらずに眠っていて下さいね」

「……ええ」

「それでは」


 フィリアは部屋を後にし、大急ぎで他の病人が眠っている部屋へと向かった。あと二十人くらいの人が病にかかっているらしい。十人ずつ部屋に寝ているそうだ。フィリアの一番の心配は最初に病にかかったであろう妃だったが、他にも熱を出している人たちがいるならば早く楽にしてあげたかった。


「失礼します」


 部屋に入ると、五人の人達が世話しなく熱が出ている人の看病していた。看病をする中には兵士らしき男性も混じっていた。

 フィリアは皆に薬瓶を渡し、自分で飲めない人には飲ましてあげるように頼んだ。隣の部屋も同じように頼み、次に移ろうと廊下に出ると男の人が立っていた。その姿には見覚えがある。


「クランさん」 

 フィリアが話しかけてからこちらに気づくクラン。先程までの無表情は一瞬にして消えていた。


「終わった?」

「はい。もう看病の人にも休むよう伝えました」

「王には僕から言っておこうか」

「すみません。お願いします」


 フィリアは次の事をしてしまおうとその場を去ろうと、くるりと向きを変えて反対方向へと廊下を突き進んでゆく。


「……あのクランさん? クランさんも、もう休んで下さい」


 すると、ずかずか進んでいたフィリアの動きが急に止まる。それはクランがフィリアの後を追ってきていたのが、気になったからだった。


「手伝うと言ったからね?」

「それはありがたいのですが、クランさんにも仕事があるでしょう?」

「今は無いよ。ルアの手伝いが最優先すべき仕事だ」

「……そうでしたか」


 もうフィリアは特に気にせずに自分の作業を再開することにした。 この屋敷の一番右奥にある厨房まで移動する。歩いても歩いても中々着かないので、何度フィリアは道を間違えたと思ったことか。

 フィリアがせっかく隣にいるクランに聞いても「人の屋敷だからね。分からないな」なんて言われては、フィリアは自力でさっき調べたことを思い出すしかなかった。


「料理でも作るの?」


 クランが椅子に腰かけて話しかける。フィリアは、はいと返事をした。


「でも、皆さんを冷やすための氷が欲しいのもあります」


 そしてフィリアはくるっと後ろにいるクランの方へ向き、少し顔をあげる。それはクランの方が少し身長が高いのが原因だった。だがフィリアが目線を上げそこからクランの表情が見えたとしても、クランからフィリアの表情は見えない。それは出会ったときからなんら変わりの無いことだった。


「クランさん、今から皆さんが起きた時に食べて貰いたい物を作ります」

「それは明日の朝食かな?」

「はい。それでしばらく見ていて貰えませんか?」

「それはぜひとも喜んで。そんな事を君から言ってくれるなんて。ルア、君は……」

「いや、あの、何の期待なんですか」


 フィリアはこほんと咳払いをした。


「私は毒を作ると噂されている薬屋です。そんな人のものを安心して食べてくれるとお思いですか? だからクランさんには私が『毒を入れてない』ということを見ていて欲しいのです」

「じゃあもし『毒が入っている』って言ったら?」


 クランはにやりと人を試すように笑っている。フィリアは迷うことなくきっぱりとこう答えた。


「あなたがそんなこと言うとは思えません」


 そう言い放つとフィリアは準備に取りかかる。山のように積んである野菜を切り始めた。


「へぇ?」

「第一。こんな小娘一人、破滅に追い込んだところでクランさんには何の得も無いと思いますけど。なんの損害もないのと同じように、です」


 その言葉を聞いた後、クランは思わず無表情になっていた。今までにこんな人が居たのかと。いつもいつもうわべだけの綺麗な言葉を並べ、媚びを売る。そんな世界に慣れている人にとって、その退屈を一瞬にして晴らしてしまうのだった。


「と言うか……クランさん、黒いですよね」


 フィリアは振り返って怪しげにクランを見る。その雰囲気が伝わったのか、クランは笑っていた。


「暗いじゃなくて、黒いなんだね」

「胡散臭いでも可です」


 自信満々にそう告げるフィリアにクランはその紫の瞳を細める。


「ルアも人の事が言えるのかい?」

「……あー、確かに。私が一番怪しいと言うか……」

「布を取ればいいのに」

「しつこいです」

「僕はしつこい男だからね。何度でも言おう」

「うわ、乗ってきましたか。私は何を言われようと取りません」

「頑固だね」


 そう言われてフィリアの薬草を包丁で切る手が止まる。


「なっ! ……少しは、自覚してますけど」

「ははっ。自覚してるんだ」

「う。……まぁそれなりに?」

「ははっ」

「笑わないで下さい。笑いすぎです」


 それからフィリアはまた料理作りを再開し、一方のクランも椅子に座ってフィリアに話しかけていたのだった。そこでは夜の静けさの中、空の雲が流れていくかのようにゆったりとした時間が流れていく。

 フィリアは少しだけ、それを楽しい時間だと感じていた。


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