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   廻り出した歯車

 漆黒の艶やかな長い髪を持つ少女は、ほっとした表情で薬屋の扉に手をかける。そしてランシュリ街のメイン通りから少し離れた場所にある小さな薬屋のベルが、カランと鳴り響いた。


「……ただいま」


 返事がないのは当たり前でお店の灯りをつける。そしてフィリアはカウンターにある椅子に腰かけた。

 あの後。仕事を終わらせるために言われた通りバッジを押すと、音楽が流れ始めたのだった。しかもそれはハッピバースデイの曲で。フィリアは焦りに焦ってその場から離れ、あれは絶対エイスの悪ふざけだと確信していた。こっちは誕生日でも何でもないのに。

 あの人なら、人のことからかって楽しんでそうなのだ。笑えない冗談を何度と仕掛けられたことか。


 何はともあれフィリアは仕事を終えて、今帰宅。時計を見ると、もう時計の針が深夜三時を指そうとしていた。


「……疲れた」


 フィリアはそう言うと、お店のカウンターでぐったりと項垂れる。そのままうとうと……と眠りかけて危ないと思った時。


――コンコン


 フィリアはバッと顔をあげた。危ない、危ない。寝てしまいそうだった。フィリアは自分の両頬を軽く叩きながら、さっきの音がした方を見る。

 そして確かに音がしたのは、唯一の店の出入り口であるドアのほうだった。こんな時間に訪ねてくる人なんて、とフィリアが時計を見るとすでに午前三時は過ぎていた。

 疲れているから幻聴が聞こえたのかもしれない。フィリアは立ち上がるのを止め、そのまま椅子に腰かけた。


――コンコン


「……?」


 やっぱり音は聞こえる。フィリアは少し警戒しつつも、物音をたてないようにじっとしているのだった。


――コンコン


「……」


 これは出た方がいいのだろうか。フィリアは椅子から立ち上がり、迷った。そうこうしている間にもノックの音はもう一度聞こえてくる。


――コンコン


「……出ないと」 


 ここまできたら人な気がする。フィリアは一度、奥に入り頭からいつもの布を被ると、ドアへ駆け寄った。


「どなたですか?」


 恐る恐るドア越しに話しかけると、直ぐ様返事が返ってくる。その声は男の人の声に思えた。


「夜分に申し訳ないが、開けて貰えるかな」

「もしかして泥棒をしにいらしたとか……? それとも拉致監禁ですか?」

「ははっ、なんだいそれ。大丈夫。何も盗ったりしない。もし本当に泥棒に入るとしたら、わざわざ人を呼んだりしないよ」


 フィリアは確かに……と頷く。けれどもやっぱり、フィリアの前にいるドア越しの男の人が怪しいことには変わりがなかった。


「……証拠は何かありますか?みんな最初はそういうらしいと聞いたもので」

「分かった。用件を言おう。僕の親しい人達が病に伏せている。この街すべての医者、薬屋をあたったがすべてまるで効果が無かった。ここが最後の希望なんだよ」

「親しい人達……。お一人ではないのですね?」


 流行り病だろうか。それにフィリアにはこんな時間に、大の大人が嘘をつくとは思えなかった。人をからかうにしても、フィリアにはからかわれる理由が分からない。


「ああ」

「……分かりました。お入り下さい」

「ありがとう。お邪魔するよ」


 散々迷った挙句あげくフィリアはドアの鍵を開け、暖炉に火をつけた。入ってきた人をカウンターにすすめる。入って来たのはやはり男性だった。色素の薄い茶色の髪を持っていて、それは光の加減で金色にも見えないこともない。


 フィリアは男の人でこんなに容姿が整っている人を初めて見た気がした。人を圧倒させるような何かを持っていて、シンプルな服装にはその人の良さを最大限に引き出している。穏やかな印象を受けるその目は紫の光を受けていた。歳はまだ若く青年で、店に入ってくるその物腰は柔らかい。


 多分、貴族かなにか。フィリアには偉い立場にある人だろうとは分かったが、それ以外には何も分からなかった。

 その裕福そうな人がわざわざ泥棒をするはずがないと思い、泥棒の線は消える。悲しいけれど何かを盗ろうにも、うちには高価なものが一切ないのだから入るだけ損と言うものだ。


 フィリアはとりあえず話を聞く前にその男性に椅子を勧めた。頭には雪が積もっており、それをはらう様子も無い。雪が気にならないほど、病にかかった人たちは重症なのだろうかとフィリアは心配になる。


 そしてその男性は軽くうつむいていた。フィリアはとにかく温まって貰おうと、温かい紅茶を出した。その作業すべてを男性の前で行い、何も入れていないという事をさり気無く伝えるのだった。


「……どうぞ。普通の紅茶です」

「君は……」

「何か?」

「いや、ありがたく頂くよ」

「それを飲みながらで結構ですが、どういった症状を?」

「え?」

「病人の話です」


 やっと男性が顔を上げたと思ったら、フィリアはその男性が店内を見渡し過ぎている気がしていた。それにフィリアをじっと観察しても、顔を隠している以上のことは何も分からないはずだった。


「それが……。聞いてくるのを忘れた……」

「はい? 冗談ですよね」

「冗談ならまだ良かったかな。笑ってくれた?」

「……」

「……」


 店内に沈黙が流れる。笑えない……と頭を抱えながらも、それを打ち破ったのはフィリアだった。


「周りの方はどんな様子でしたか? 例えば、お腹が痛むとか、吐き気がするとか」

「ああ、確か看病が必要なようだったな。それも寝ずに……。あ、そうだ。僕はクラン・ウォルバード。まだ自己紹介してなかったね」

「今はそれどころじゃないでしょう。……寝ずに、看病ですか。熱でも出たんでしょうか?」

「それで?」

「え?」

「君の名前は?声で女の子なのは分かるけどね」


 フィリアはため息をついた。とてつもなく話が噛み合っていない気がする。


「それよりも、今は早く合う薬を調合して作らないといけません」

「いや、君の名前を聞く方が大事だよ」

「いやいや、おかしいですよ。私は名乗るほどのものでもありません」

「答えられないんだね?」

「!?」


 クラン・ウォルバードと名乗った男は急に立ち上がり、フィリアの前までやってくる。


「何ですか」


 フィリアと言えば、ずっと警戒しっぱなしだった。ぐいぐいと近づかれる度に少しずつ後ずさる。


「いや、この布をとったらどんな顔をしてるのかなと思って」

「とる気配がありそうなら、とられる前に即刻追い出します」

「君が?……僕より背が低いね」


 頭にぽんと手を置かれる。フィリアは瞬時に手を払った。布を他の人が取ることが出来るはずがないと、分かってはいても少し不安だった。


「何するんですか」

「冷たいねー」


 そう言いながらも凄く楽しそうに笑うクラン・ウォルバード。一方のフィリアは、ますます警戒するばかりだった。


「冷たいも何も無いでしょう?」


 フィリアはあくまで喧嘩腰にだったが……。


「あ、そうだ。屋敷に来てくれないか。その方が早い」

「……」


 フィリアは返事に困った。確かに病人がいるなら一刻を争うし、助けてあげたい。けどこの胡散臭い男に付いていって大丈夫だろうか。罠の可能性は十分にある。


「一つ、条件を出しても宜しいですか?」

「いいよ。君が来てくれるならね」

「この布は取らないこと、その一つです」

「分かった、約束しよう」


 フィリアはその言葉を聞いてから気を引き締めた。そうと決まったらゆっくりしていられない。


「ウォルバードさん、少し手伝って貰えますか?」

「クランでいい。何をすればいいかな?」

「その上から二番目の薬ビンを取っておいて下さい。私は奥に行ってきます。直ぐにもどりますから」


 フィリアは奥に入り、素早く着替えてコートを羽織った。長いブーツに履き替え、薬を調合するときに必要な物の一式を手にする。それからクランの元へと戻った。


「これでいいかな?」

「はい。ありがとうございました」


 実のところフィリアの身長ではあと少し足りず、椅子を使うのも面倒だと思っていたからちょうど良かったのだ。


「じゃあ行こうか。外に馬車を待たせてある」

「はい」


 フィリアは店に鍵をかけて、足早に馬車に乗り込んだ。



***




「ここ、ですか?」


 フィリアは思わず言葉に詰まる。何故ならつい先程、来たばかりの場所だったからだ。あの屋敷図を書いた、王の屋敷。

 確か王様の名はバル・エルヴィンだったはず。だけど目の前で名乗った人はクラン・ウォルバード……。一体どういう関係なんだろうとフィリアは不思議に思った。


「お嬢様、どうぞ。お入り下さい」


 フィリアと馬車の中で出会ったバローが、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。バローはウォルバード家で働いている執事。メインハウスの管理をしている、それはそれは使用人の中でもお偉い方だとか……。フィリアがそれを聞くと、ますますクランと王との接点が分からなかった。


「お邪魔します」


 今度は先程と違い、正々堂々と正面玄関から入る。フィリアは屋敷の内装を見てもさっきと同じなので特に驚きはしなかった。それよりも、だ。


「皆さんはどこに?」

「こちらに居られるようですね」


 バローが案内し部屋を開ける。部屋の中は、どんよりとした重々しい空気が流れていた。見るからに空気が淀んでいる。わいわいとはしゃげる状況じゃなかった。


「クランさん。誰か健康というか、症状を話せる人は居ませんか?」


 フィリアがそう言って振り返った時。

「王様……」


 フィリアにとって見覚えのある顔だった。だが、あまり顔色が良くない。


「君が薬屋ウィンの」

「はい」


 二人の間に沈黙が流れる。するとそれを見ていたクランが急に、フィリアの隣に移動した。フィリアは一瞬、クランの視線を感じたような気がした。


「王。あのような噂など、このお嬢さんの実力では無かった。ただの皮肉に過ぎません」

「クラン、お前のその自信はどこからだ?」

「あ、あの」


 フィリアは王とクランが話をしているにも関わらず割り込んでしまう。頼っていては駄目だ、自分のことは自分で話さないと、と王の鋭い目付きに負けまいとぎゅっと拳を握った。


「王様、私に関するどんな噂を聞いているかは知っています。承知の上でここに今いるのです。顔は……今は見せる事は出来ませんが、いつかきっと私が分かるでしょう」


 フィリアは口元だけで、ふっと笑う。それはまるで何かを思い出したかのようだった。


「病は一刻を争います。今、王様のお顔を拝見しますと藁をも掴む思いでしょう。私が出来る限りの事はします。約束しましょう」

「約束出来るのか」

「はい。もし破ったその時には――そこの、えっと若い……」

「ディート君のことかな?」


 クランは楽しそうに微笑んでいる。フィリアは少し驚いた。なんでこの人は笑っているのだろうと。


「あ、はい。彼の魔法で私を処罰して貰っても構いません」


 この国で魔法の処罰を受けると言うことは、死刑にも値するほどの思い処罰の事だった。フィリアは本気でそれを言っている。

 目の前で病人を見た今。なりふり構わず治療しないと間に合わないかもしれないから、フィリアは王を必死に説得する。自分に治せる自信はなくても、とにかくやって見るしかない。ここまで来たのだから。


「……分かった。ただの薬屋がそこまではする必要はない。頼む。助けてやってくれ」

「はい。それが薬屋ですから」


 なんとか治療の許可を貰えたとほっとしたのも、つかの間。


「じゃあ僕は君の手伝いをしよう」


 フィリアは後ろからしっかりと肩を掴まれた。掴まれたフィリアは「え?」と気の抜けた返事しか出来ない。


「少し、ディート君と賭けをしていてね。勝つためにはそれなりの努力をしないと」

「?」


 フィリアは首を傾げる。賭けとか何の事だろうかと。まぁいずれにしても、人が多い方が助かる。フィリアはその申し出をありがたく受けることにした。


「それではクランさんは、動ける人を出来るだけ集めて貰ってもいいですか?……えっと。ディートさん?」

「あってます」

「ディートさんは私と一緒に来てください。皆さんの症状やここまでの経緯、すべてにおいて詳しく話して下さいね。それから……」


 フィリアは辺りを見渡した。 軽く魔法を使い、外に怪しい人がいないか確かめる。勿論、近くに魔法使いがいるから最新の注意をはらって、魔力を感じとらせないようにしながら。


「王様は、ご自分の寝室にお戻り下さい。あとで何か持っていきます」


 そしてそれを合図に一階に集まっていた、王、クラン、ディート、フィリアはそれぞれ散って行った。


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