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   王様の屋敷

 翌朝。フィリアが食材の買い物に出かけると、商店街はずいぶんと賑わっていた。まるで何か大がかりな祭りでもあるかのように。


 フィリアはさすがは王様効果だと、この様子ではササラさんの八百屋も大繁盛なことだろうなと思っていた。けれども一方のフィリアは今、店を開けずに魚屋に来ている。そこには今朝とれたばかりの新鮮な魚が並び、中にはまだ生きているものまであった。


「これと……。あ、それもください」

「はいよっ」


 威勢のいい声が響く。フィリアは買った品物を鞄に入れ、足早に立ち去った。先ほどからちらちらと視線を感じるからだ。フィリアの今の格好は頭からすっぽりと布をかぶり、顔がほとんど見えない。やっぱり目立つのかなぁと少し落ち込んだ。


 身なりの良い貴族や資産家がたくさんうろついている街は、フィリアにとって新鮮だった。いつもより活気があり、どの店も活き活きしている。

 

 今日は店を休みにしており、日頃使う日用品を買いに行くために、フィリアは商店街の奥へと歩みを進めていた。すべて買い終わると、他には特に用事がないのですぐに店へと帰る。そして、いつものように誰も来ることなく時は過ぎて行ったのだった。

 空がだんだんと茜色に染まっていく。その変化をいつものように無心で見守っていた。


 ぼーっと椅子を揺らしつつも、フィリアはそろそろ副業をしないと食べていけないなぁと感じていた。

いくら一人暮らしとはいえ何かとお金はいるものだ。本業の薬屋が繁盛していないのなら、フィリアも副業をするしかなかった。


 その副業も普通の仕事では無い。いわば専門職。ある意味、フィリアの才能を生かすのにはもってこいの職業なのかもしれない。この国にはいにしえから魔法使いと言うものが数多く存在しており、魔法が使える人はそんなに珍しくない。

 そしてフィリアも物心付いたころにはすでに“魔法使い”として分類されていたのだった。


 人間と魔法使い。それはどちらも同じ人間。けれど今だに、人間と魔法使いが手を取り合って仲良くするということを、あまり耳にすることはなかった。妙な偏見を持つ人たちが多いのも、また現実で……。仕事も婚姻も魔法使いと人間が交わるケースはまだまだ少なかった。


「にゃあおん、にゃあおん」

「?」


 考え事をしていた時に、近くで猫の鳴き声が聞こえた。フィリアは先程声のした方向に目を向ける。すると、窓の向こうにそれは居た。白猫だ。真っ白ですらりとした品のある白猫が窓の外にいる。エメラルドグリーンの瞳がとても印象的だった。


「にゃあおん」


 もう一度、そう鳴いて白猫の首元にある赤いリボンが少し揺れた。


「……?」


 フィリアは一瞬。白猫がお辞儀をしたのかと思い、目をこすったがそれは違った。口でくわえて何かを置いただけだった。一体何が置かれたのだろうと、フィリアは気になり近づく。

 そこには水色のカードが一つ、置かれていた。そのカードの表紙には『仕事』とでかでかと書かれている。

 そのあと、白猫はそのエメラルドグリーンの瞳でこちらを見たかと思うと「にゃあおん」と一鳴きして何処かへ行ってしまった。フィリアはその残されたカードを手に取り、ゆっくりと開ける。


『ルア。仕事や。今回はこれまた珍しい依頼でなぁ。いつもの場所でお待ちしとります。エイス』


 この見慣れないカードは副業のお誘いだった。この街に来て声をかけられ、少しだけ手伝うことになった副業。それが今では悲しいことに、家計を支えるのにはなくてはならない存在となっていた。


「さて」


 今回も特に仕事を断る理由もなく、フィリアは出かける準備に取り掛かる。店すべてに鍵をかけ、念入りに確認していった。そしてフィリアは店の奥へと向かう。店の奥は生活が出来るようになっており、すべての設備が整っているのだ。


 フィリアは頭から被っている何の飾り気もない布を取り、ぽんと机の上に置いておいた。ふんわりとしたダークブルーのワンピースから、白のワイシャツと黒のズボンに着替える。ベルトを締めて、下ろしっぱなしの長い黒髪は、くしで梳くだけでそのままにしておいた。


 外はまだ寒い。なのでフィリアはコートを羽織り、ブーツを履いた。これで完璧だと思った瞬間。


「……あ」


 鏡を見て、いつも仕事に行くときと何かが違うと違和感を感じる。すっかり忘れていた、本来の蒼の瞳を緑に変えるのを。

 ごく普通だと思っていた自分の魔法が、フィリアは人と違うという事に幼い時に気づかされた。

 魔法を使うには、魔力と術式を組み立てなければならない。その術式そのものが違うのだと言われた事は今でも鮮明に覚えていた。


 そしてそのことはすでに尾ひれをつけられ、一部の魔法使いに知れ渡っていた。それからは何度も変な組織に入れられそうになったり、拉致されたりと妙に目を付けられて。この瞳の色が見つかったら、また面倒な事になるのだけは確実だった。


 準備が終わり裏口から店を出ると、同じ通りにある一番奥の店を目指した。歩いてほんの数分である。辺りはもう薄暗く、顔を出していても誰もあの薬屋のルアだとは気付かなかった。


「こんばんは、ルアです」


 フィリアは扉に話しかけ、トントンとノックをする。するとその古びた木製の扉はぎぃ、と音がしたかと思うとひとりでに扉が開いた。そこへ一歩足を踏み入れると、辺りは一瞬にして闇に包まれる。フィリアは特に逆らう訳でもなく、そっと目を閉じた……。


「こんばんは。来てくれる思てたわ」

「そうでしょうね?」


 次に目を開けた時にはもう、辺りは眩しいくらいに明るくなっていた。


「また模様替えですか?」


 周りをきょろきょろと見渡すと何処かの一室のようだった。足元には金の糸で刺繍ししゅうされている臙脂えんじ色の絨毯じゅうたんが敷かれている。ふわふわのソファーにフィリアは座らされており、上を見上げると金色のシャンデリアがキラキラと輝いていた。


 そしてフィリアの前のソファーに腰かけているのは男性だった。ブロンドの少し長い髪を後ろで束ねており、この日は眼鏡をかけている。一見、若そうに見えるその男性は人懐っこく微笑んだ。


「豪華やろ?王様にちなんでみた」

「豪華ですね。それで、今回の仕事は何ですか?」

「ルーアー。もっとこう。感動してくれたってええやないか」

「もう……。私は未だかつてないほどに感動しています。それで、エイスさん。どんな内容なんですか?」

「……」


 エイスと呼ばれた男性はため息をつく。

「もっとのってくれたって、ええやんか……!」などと呟きながら。それでも気を取り直して、エイスは仕事について話し出すのだった。


「分かった。もう話すわ。今回の仕事は二回に分けてやって貰う。その一回目が今日。ルアには王様が滞在している屋敷図、手に入れて来て欲しい」

「屋敷図……。それは自分で書いたりしても良いですか?」

「ええよ。でもなるべく細こうな。どんな些細な部屋だって見逃さずに。出来るか?」

「はい。大丈夫だと思います」

「この依頼は王様の関係者からきたもんや。別にこれから王様に悪いことする訳でもないし、そこんとこは心配する必要はない」

「分かりました」

「それと。今はまだ確信がないから詳しい事は話せんけど、次の仕事は一週間以内やと思といて。あとこれ渡しておくな。終わったらおし。それで仕事終了やから」

「……分かりました」


 フィリアは貰ったバッジを怪しげに眺める。それには手書きで「押せ!」と書いてあった。手作り疑惑を浮上させていると、ふっとまた辺りが闇に包まれていく。目の前にいたエクスも消え、周りが見えなくなる。そして気がつくと、フィリアは店の扉の前に立っていたのだった。


「さて」


 フィリアは人々が行き交う中、闇へと消えるように屋敷を目指すのだった。




***



 どーんという効果音が似合いそうな大きな屋敷が暗闇の中、そびえ立っていた。室内から漏れる明かりや外灯で少し明るい。侵入者を警戒してか、屋敷の周りには警備員が沢山いた。


 侵入して調べるのは難しそうだと判断したフィリアは、近くの木にさっと登る。そして魔法を使い、純白の杖を出した。その杖は普通の杖より大きく、フィリアの背丈ほどある。純白の杖の上には蒼いストーンが埋め込まれていた。月夜に照らされ鈍く光る。


――パチン


 フィリアが指を鳴らす。するとぽぅと蒼白く杖が光った。フィリアはそれを確認すると、小さく空中に文字を書いていく。その文字はこの国の人でも読めるかどうかは分からない、記号のような文字だ。


 短い文字が光り輝くと、暗い夜空に画面のようなものが現れる。どうやらそれは屋敷の内部を映し出しているようだ。


「……あ」


 と。次の瞬間。パリンと画面は粉々に砕け散ってしまった。


 フィリアは頭を悩ませる。多分、中にも外に魔法使いがいて強力な結界が張られているのだと思った。他の魔法の付け入る隙間もないくらいの結界。でもそんな魔法にも何処かには綻びはあるはず。


 もう一度、気を取り直してくうに文字を書いた。どうやらそれは先程とは違い、術式を変えたようだった。そしてもう一度指を鳴らすと、今度は杖が藍色に光り、夜空に画面が浮かび上がる。前のとは違いはっきりと、なおかつ鮮明に屋敷の中を映し出していった。

 

 フィリアはそれをなるだけ正確に書き写し、部屋のある家具の配置、色、形までをも事細かに記していく。そしてすっと魔法の気配を完全に断ち切ると、乗っていた木の上から素早く姿を消したのだった。


 かさり、と若葉色の葉が数枚落ちていく。しかし誰もそれには特別目に止めることは無く、自然のごく一部の背景として、その他の眼に刻まれていくだけだった……。


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