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第二章 屋敷で一番


 その白を主とした豪勢な屋敷は郊外にあった。U字型の屋敷は広大な土地を余すところなく使用しており、端から端が、遥か先に見える。

 漆黒の長い髪を持った少女、フィリアは思わずその神々しさにため息を漏らしていた。


「……凄く広い、お屋敷ですね」


 このたった一言の感想を言うのに、どれだけ手間取ったことだろうか。

 フィリアは恐る恐るクランを見上げる。もしかして、私はとんでもない人に付いて来てしまったかも知れない……。


「これは先代から受け継いだものでね。それよりフィリア。そんな所で立ち止まってないで、行こうか」

「う……。そうですよね。これは進まないといけませんよね……」


 今まさにフィリアは馬車から下りた所で、すでに二人は屋敷の敷地内に入っており、屋敷の入口の前で話していたのだった。

 フィリアの後ろには何十人にも及ぶ、あの病の事件の時に看病を共にした使用人達が、ずらりと後ろで待機していた。

 屋敷に入る当主の後から、入ってくるのだろう。そうなれば、隣にいるフィリアも必然的に早く屋敷に入らなければならない。


「……!」


 ゆっくりと、屋敷の入り口となるドアが開いていく。フィリアはただ不思議な気持ちで、歩みを進めた。クランに続いて屋敷に入ると、気が遠くなりそうなほど豪華な装飾が視界に入る。

 くらり。違う意味で目眩がした。


「フィリア。どうかした?」

「……いえ。何でもありません」

 

 クランはとても楽しそうに、フィリアの反応を見ているのだった。 


 と。そこへ、

「クラン! オレはいつも、いっっつも言ってるがなぁ。何事も連絡は先によこせ! 屋敷の者がどれだけ心配したか。王様の屋敷へ取り次いで貰って安否は確認しても、肝心の当主がいないんじゃあ、意味がないんだよ! それを分かってんのか?!」

 物凄い勢いで話しまくる銀髪の青年がいた。


 フィリアは思わずその勢いに押され、あわわ……とクランの後ろへと移動する。目をぱちくりさせて、その様子を黙って見ていた。

 

「シン。悪かったよ。向こうで色々と忙しくてね」

 

 クランは馴れているのか、顔色一つ変えずに対応している。


「謝った事は許す! だがな、クラン。オレらは専属魔法使いを雇うなんて話、聞いていないぞ?!」

「もう聞いているじゃないか」

「ちがっ! そう言う意味じゃねえ! 魔法使いを雇うと了承していないはずだ」

「あれ、そうだったかな」

「そうだったかな、じゃねえよ! もう少し考えろとあれほど言ったはずだぜ?!」

「考えたよ、十分。それで決めたんだよ。文句はでないはずだろう?」

「うっ……。そ、そりゃあクランの言い分も分かるけどよ。魔法使いなんてうちの屋敷じゃあ、例を見ない試みだぜ?」

「カイルも魔法使いだろう?」

「あいつは何と言うか、準魔法使いってところじゃねぇか」

「まぁ、大丈夫だよ。……おーい。ルア? そんなに後ろで怖がらなくても」


 いきなり話を振られ、ビクッとするフィリア。おろおろとクランの後ろから顔を出した。


「こ、怖がっているわけではありません」


 フィリアがそう答えるとクランはにっこりとほほ笑む。その笑みにフィリアは何か嫌な予感がして、逃げようと視線をさ迷わせていた。 

 そしてくるりと背を向け、

「すみません。私少し用事を思い出したので、これで……」

「――フィリア」


 小声で呼び止められる。フィリアはそのままの姿勢でビクッとまた固まった。


「ななな……! クランさん、その呼び方はしないと約束したでしょう!?」


 フィリアも同じく小声でぐいぐいとクランに詰め寄った。

 クランはとても楽しそうに、

「じゃあフィリアも、もう一つの約束覚えているよね?」

「うぅ。覚えてますけど……」


 クランがフィリアの情報を一切漏らさない代わりに、フィリアは屋敷に住んで、専属魔法使いになるという約束をしていたのだった。それはもう、半ば脅しが入っているといっても過言では無い。

 クランは返事を聞くとフィリアの肩を掴み、シンと呼ばれた男性の前に向き合わせた。

 フィリアは目をぱちくりさせながらも、その目の前にいる短く刈りそろえられた銀髪の青年に視線を向ける。


「お、おはようございます」


 フィリアは苦笑い気味で、頬が引きつっていた。

 なんとか、にこやかに挨拶しようとして頑張った表情がこれだ。

 

「お、おう」


 シンもなんだかぎこちない。さっきまでの勢いはどこへやら。

 その様子に見かねたクランが、助け舟を出したのだった。


「シン。彼女が魔法使いのルアだ。自己紹介は?」

「これが魔法使いの……」


 そう言ったきり、シンはなにやらフィリアを凝視してブツブツとつぶやいている。

 ついにフィリアはその視線に耐えられなくなり、おそるおそる話しかけた。


「あ、あの……。ルア・サリュウです。えっと、シンさんであってますよ、ね?」

「おう。シンと呼んでくれてかまわない」

「分かりました。私もルアと呼んで貰って構いません」

「……おう」

「……」

「……」


 なんとか会話になったのもつかの間。フィリアとシンはまた沈黙に陥ってしまう。

 クランが何か言おうと口を開けた瞬間、

「ちっがーう! シンはシンディでしょ? あははっ。女の子みたいなシンディちゃーん♪」

「ラナ、てめぇ……! ぶっ殺すぞ」

「あははっ。無理だよー。あたしはシンディちゃんより強いもん! 寝言は寝てから言え、だよねぇ」


 シンはふるふると怒りに震えている。見ているフィリアはハラハラものだった。クランはすでに明後日の方向を向いており、止めてくれそうにない。


 シンはその瞳をぎらぎら輝かせて挑発するかのようにラナを見下すと、

「……ああ、そうだった。そうだったな! なんたってラナは俺より年上だもんなぁ? そりゃあ人生の経験ってものが違うからなぁ。年増、だからなぁ?」

「むむむ……!」


 二人は睨みあっている。その間にはピリピリとした電気のようなものが流れていて。フィリアはあわあわとクランのそばへと駆け寄った。


「ク、クランさん。 どうしましょう、喧嘩しそうですよ! 止めなくて大丈夫なんですか……!」

「ははっ。大丈夫だよ、いつもの事だからね。……でもそうだな。ねぇフィリア。喧嘩を止めてほしい?」

「え?」

「フィリアが止めてほしいって言うなら止めてくるけど?」

「な……」


 フィリアはまだあわあわと落ち着いていない。なのに、この言葉はまたフィリアを落ち着かせなくしていたのだった。フィリアはじっと考える。

 そしてはっと顔をあげると、

「ありがとうございます。大丈夫です。……自分でなんとかしてきます」

「フィ、フィリア!?」

 ぐっと拳を握るフィリアを見て、今度はクランがうろたえたのだった。   

 フィリアが今にも喧嘩になりそうな雰囲気を何とかするべく、後ろへ振り返ったその時。


「……?」


 先程までシンディと言い合っていたはずの、ラナと呼ばれる女の子がフィリアをじっと見上げていた。

 明るめの金髪にスカイブルーの瞳。くせ毛なのかセミロングの髪はくるんと外に跳ねている。

 その容姿は背丈がフィリアより頭一つ分くらい小さく、くりくりした目がとても幼く見えた。


 ラナはフィリアから視線を外すと一言、

「当主ー。この子もしかして……」

「ああ。そうだよ。連絡していた――」

「着せ替え人形でしょっ!!」

「え」

「は?」

 見事にクランとシンディの声が重なる。

 話題の中心であるフィリアは何の事だかさっぱり分かっていない。ただ呆然と目の前できゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃいでいるラナを眺めていた。


「ありがとー! 当主~。この前ラナが、等身大の着せ替え人形が欲しいって言ってたの覚えててくれたんだねー? ちょっとラナより身長が高いのが困ったりするけど、でもでも。他はよしっ! 黒髪に緑の瞳の組み合わせもいいと思うよ~。はあっ。ラナは今まで知らなかった……! 当主がこう言ったセンスがあるなんて……!」

「おいちょっと待て、ラナ。よーく見てみ。それはもうよーく。オレでも分かるぜ? 今の流れで人形が話すわけないだろ? これはどー見ても人形じゃないよな?」


 シンディの冷静なつっこみが、静まり返った空間に響いた。

  

「……そんな」


 シーンと一気にその場が静まりかえる。誰一人として話そうとしなかった。

 周りにいた使用人たちも、もうとっくに自分の仕事に戻っており、入口付近で騒いでいるのはこの四人だけである。

 その中でただひとりラナだけが魂の抜け殻になったかのように、があぁぁんと雪崩のように倒れ込んだ。涙ながらに、何度も何度も床に拳をぶつけている。

 やれやれとクランは肩をすくめた。


 そしてフィリアに近づくと小声で、

「フィリア、あとはシンに任せて奥へ行こうか。おいで」

「え……。で、でも大丈夫なんですか。ラナさん抜け殻みたいになってますよ?」

「大丈夫。彼ならなんとか出来る、と信じたい」

「えええ……。それって大丈夫なんで――わっ」


 フィリアはクランに手をひかれ、ずるずると奥へ進むのだった。  



***



 ――パタン

 クランがドアを閉める。


「さぁ、静かな場所にきた。さっきの状態では、ろくに話も出来そうになかったからね?」

「本当に楽しそうな人たちでした」

「ははっ。フィリア、楽しそうときたか。珍しい感想だ」

「そうですか? 明るい人たちでしたね」

「この屋敷で一番を誇る明るさだと、本人達もそう言っていたよ。――さぁフィリア。こっちへ」

「すみません。ありがとうございます」


 フィリアは椅子を勧められる。その部屋は天井が高く、部屋にしてはとても広かった。

 部屋の中心にはしっかりとした作りの木製の机が二つ置いてある。一つは大きめで、一つは小さめ。

 その小さめの机の上には、沢山の書類が置かれていた。分厚い本と一緒に積まれている。

 クランは慣れた様子で、ゆったりとした背もたれつきの黒の椅子に腰かけると、フィリアに視線を向けた。

 隣の椅子に腰かけているフィリアは物珍しそうに、書類と本で出来たタワーを見つめている。


「さっきのラナさんと言う方は、何か剣を使ったお仕事なのですか?」


 不意にフィリアの視線がクランに向けられた。

 クランはハッとしながらも、

「あ、ああ。彼女はウォルバート家の護衛兼、指揮官をしていてね」

「だから背中に大きな剣を背負ってらしたのですね。重そうでした」

「今度、ラナが戦うところを見るといい。きっと驚くよ。あの剣を軽々と振り回すからね?」

「それは……凄いです」


 フィリアは感心するかのように、クランの話を聞いていた。

 するとその時。勢いよくドアが開き、クランはもう見つかったかと盛大にため息をついた。


「当主ー。いるー? さっきの黒髪の子探してるの! 知らなーい?」

「ラナ。思ったより見つけるのが早かったね」

「あっ、やっぱりここにいた。シーン! 当主ここにいたよー!」

「おっ。ラナ、でかした!」  


 シンディとラナが慌てて駆け込んできた。フィリアはただぼんやりとその様子を眺めている。

 するとラナはトコトコとフィリアのそばに近寄り、

「さっきはごめんねー? シンのせいで頭の中、こんがらがっちゃってさぁ」

「おい。オレのせいにすんな」

「あたしはラナ・アシュレイ。護衛とか、まぁその辺やってるのー! よろしくねっ」

「おい、無視か」

「わざわざすみません。遅くなりました。ルア・サリュウです。こちらこそよろしくお願いします」

「ちょっ……え? まさか魔法使いまでもが無視か!?」


 ラナはキッとシンを睨むと一言、

「シン、うっさい」

 クランは腹を抱えて笑っていたのだった。


「それでねぇ、ルアちゃん! 今からカイルと勝負しない?」

「はい?」


 突然吹き現れる嵐。聞きなれない言葉がフィリアの頭の中を駆け巡ったのだった。

 

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