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   専属魔法使い


「フィリア、どうかな? 住むところと食事には困らないと思うけどね」


 クランはにっこりと笑っている。が、一方フィリアの顔はひきつっていた。

 今二人がいるのは馬車の中で、その馬車には何の紋章も刻まれていない。それはクランが急いで掴まえた辻馬車だった。

 馬車はフィリアの意に反して、育った街からぐんぐんかけ離れて行く。


「クランさん、お断りしますと何度言えば分かりますか……」


 初めはフィリアも無理やりに降りようとしたが、馬車の速度を上げられ降りるに降りれなくなってしまったのだ。いつしか風を切る程度の速度が、風を巻き起こすようになっていた。


「フィリア、話を変えようか」


 クランは何の脈絡もなく妙なことを言い出す。フィリアは先程泣いてしまったこともあり、少し気まずい。が、なるべくそれを頭のはしっこへと追いやりその提案に乗った。


「はい。どうぞ」

「どうして記憶が消えなかったのか、分かった?」


 確かに、言われてみればどうしてだろうかと思った。フィリアはずっと自分のミスだとは思っていたが……それにしても、魔法をかけ間違えたなんていう記憶はない。

 

「私が魔法をかけ間違えたからですよね?」

「いや。初めは僕も記憶が違っていてね。フィリアの魔法のかけ間違えでは無かったな」

「……そうですか」


 クランから予想外の答えが返ってきた。かけ間違えていない、じゃあどうして今こうして記憶を思い出すことが出来たのだろうか。不意にフィリアは自分の右手に視線を落とした。

 試しに今魔力を感じてみるが、それはいつも通り落ち着いていて。フィリアは首をかしげる。

 

「どうしてクランさんは思い出せたのです?」

「答えを発表しようか。フィリアは“真実の”を知っているかい?」

「真実の、瞳……。えっと確か、珍しい体質の事ですよね?」


 昔、一度だけ聞いたことがあった。その時のエルザは楽しそうに笑いながら「フィリア。あんた真実の瞳を知ってるかい?」と聞いて来たのだ。

 フィリアには何故エルザがあんなに楽しそうだったのか良く分からなかったが。

 エルザが言うには、なんでも魔法で姿形が変えても、真実の瞳を持つものは魔法使いの本来の姿が見えるとか。

 例えば、お婆さんが少女に化けていても、真実の瞳を持つものにはお婆さんの姿が見えるらしい。

 魔法の本質を見抜く能力、それが真実の瞳。


 クランは微笑みながら、

「さすがだよ、その通りだ。でも今では真実の瞳の存在を知る人が少なくてね」

「私も詳しくは知りませんけど、魔法で姿を変えても見破る事が出来るとかなんとか……」

「それが真実の瞳をもつ者で、一番良く知られている体質なんだよ。でもこれは魔法と同じで、自分が使ってみないと分からない事が多い」

「魔法と同じ、ですか」


 それを聞いてフィリアは難しそうに目を伏せる。かと思ったら、はっとしてクランを見ていた。


「ん、どうかした?」

「たぶん、なんとなく分かりました。ええと、つまり……。私の魔法が失敗したんじゃなくて、クランさんの真実の瞳が魔法の邪魔をした……で、当ってますか?」

「そうだなぁ。当たらずといえども遠からず、かな。……フィリア、正解を言って欲しい?」


 クランはにやりと笑いながら、問いかける。フィリアは嫌な予感がして、反射的に首を横に振った。


 クランは馬車の中でますますフィリアに詰めより、

「へぇ、いいの? 気にならない? なぜ、魔法が効かなかったのか」

 フィリアは言葉に詰まる。


「き、気にはなりますけど……。なぜか答えを聞くとあまり良くない事が起こりそうで」

「そんなことあるはずが無いけどなぁ。ただし正解を言うには、条件があるけどね?」

「……やっぱり、何かあるじゃないですか」

「フィリア。ウォルバード家専属の魔法使いになってくれない?」

「……それは」


 フィリアは明らかに戸惑っていた。クランはそんな彼女を見ながら、楽しそうに目を細める。


「フィリア、俺は君を諦めるつもりはないからね?」

「な……。あの、意味が分からないのですが……。私は諦めるとかなんとかに関係ない気が」

「ねぇ、フィリア。専属魔法使いになってくれない?」

「私は……」


 フィリアは軽く目をそらし俯いた。クランは黙ってフィリアの様子を見守り、次の言葉を待つ。


「……私は、クランさんに必要とされるような良い魔法使いではありません」

「うーん、そうだね。フィリアが良い魔法使いかどうかは俺が決めよう」 

「え?」

「自分への評価と他人からの評価は違うものだからね? それに“良い魔法使い”って誰が基準なのかな」

「誰がって……誰でしょう?」

「分からないだろう? 俺はフィリア・オーデンを見て、専属魔法使いになって欲しいと思ったんだよ。君じゃないならいらないな」


 クランの紫の瞳が何かを含んでいるかの様にフィリアに向けられる。フィリアは目を背けることが出来ずに、ただ黙りこんだ。


 クランがいつになく真剣にこちらを見るので、フィリアが次は何が来るのかと身構えていると

「フィリア。しまった。すっかり忘れていた。手紙を預かっていたんだよ」

「はい?」

 さっきまでのあの雰囲気はどこへやら。フィリアはがくっと拍子抜けする。


 クランは黒の外套がいとうのポケットを探っている。その間フィリアはぼんやりと、外の景色を見ていた。あいかわらず馬車は進むのが速く、一つの景色をじっくりとは見させてくれない。

 それでも何故かフィリアは名残惜しいだとか、止まってほしいなどとは思わなかった。

 今までずっと止まることなく、進んできたからだろうか。


「…………あ」


 ここの地方の天気は移り変わりが激しい。空を見ると太陽に分厚い雲がかかっていた。

 これは一雨降るかなぁと見上げていると、フィリアのほほに何か固い紙のようなものが触れる。

 

「友人だと名乗る人から手紙を預かっていてね」

「……友人、ですか」


 フィリアはその淡い黄色の封筒を受け取った。友人なんていたっけ……と恐る恐る封を切ると、見覚えのある筆跡にほっと胸を撫で下ろす。 


 そこには短く、

『フィリア。たまには、冒険してみなさいな。 貴女は少し、物事に対して控えめすぎよ? ルース・デュルベール』

 そう書かれてあった。フィリアは無言でその手紙を閉じる。


「クランさん。彼女に、ルース・デュルベールさんに会ったのですね」

「ああ。フィリアの店の前でね」

「店の前で? それはまたどうして」

「フィリアを探していた様子だったよ。そしてお互いに探していたから、案内をね」

「それでこの手紙を」


 するとその時。ポツポツ――と、雫が物にあたって跳ねる音が聞こえた。

 雨音はそのうち、ザーと滝にでも打たれたかの様に、激しいものへと変わっていく。フィリアはただ黙って、その変化を見届けていた。


 数刻が過ぎた。

「……クランさん」

 フィリアはそう静かに呼びかける。真っ直ぐに、もう目をそらすことは無かった。

 本来なら静寂に包まれてもおかしくないはずの空間に、雨音が響き渡っている。


「本当の事を、お話します。聞いて下さいますか?」

「ああ」

 クランは深く頷いた。


「ロイド。彼の事は記憶に新しいと思いますが、私は彼が在籍している“組織”にずっと追われているのです」

「彼がボスなのかな?」

「違います。けれど幹部の一人だとは聞きました。どうして私なのかは、はっきりとは分かりませんけど、追われていることだけは確かです」

「捕まったことは?」

「昔、一度だけ。それこそ追われてるなんて知らなかった時に、捕まりました。あ、でも。すぐに脱走しましたけど」

「……フィリア、凄いね」

「そうですか? ほら、お互い魔法使いなので」

「いや。その理屈が良く分からないんだけどね?」

「……多分。そのうち分かります」

「そんなものなのかい?」

「はい。そんなものです」


 フィリアはきっぱりと言い放った。


「じゃあフィリアと言う名前を名乗らなかったのも、追われているからなんだね?」

「はい。片っぱしから、私のいた形跡を探してくるのがいい加減、鬱陶うっとうしくて。偽名を名乗った方が早いと思ったのです」


 そして次の言葉は真剣に、真っ直ぐに、蒼の瞳がクランを捕えていた。


「私が行くとクランさんも、周りの方も巻き込んでしまいます。だから、専属魔法使いにはなれません。これで、納得していただけますか?」


 クランは何かを考えていた。 

 フィリアがやっと納得して貰えたのかと、期待を込めた眼差しを向けていると、

「フィリア。君が逃げる必要はないんじゃないかな?」

「え?」

「何をしたわけでもないのなら、逃げる必要はないと思うけどね。それに始めから、フィリアの居場所を知らせておいた方がこちらにとっても、都合が良いんじゃないか?」

「都合がいい、ですか?」

「ああ。それなりに対策がたてると思うよ? フィリアは自分の居場所の守りだけを固めておけばいい」

「今までそんな事思いませんでしたけど……確かに、それは一理あるかも……」


 フィリアはふむとあごに手を当てる。

 そんなフィリアを見て、クランはにっこりと爽やかに微笑んだ。その笑顔はまるで、何かの追い打ちをかけるかのようだ。


「さぁ、フィリア。専属になった方が安全な気がしない?」

「……安全、なんでしょうか」

「それは大丈夫。安全だ。それに俺にはフィリアの記憶を消す魔法は効かない。ここまでばらしておいて、黙って帰れるの?」

「う。そ、そうですよね……。余計な事話しすぎました……」

「専属に、なってくれるね?」


 クランにずいっと詰め寄られる。フィリアは視線をさ迷わせながら、おろおろとしている。

 そして思わず、

「は、い……?」

 頭の上にはてなマークを飛ばしながら、妙な返事をしてしまっていたのだった。


「もう離さないよ」

「……な、何ですか、その言い方は」


 クランは楽しそうに紫の瞳を細め笑った。

 一方のフィリアはそれをぼんやりと見つめ、「あ」と何かを思いつく。


「でも、クランさん。自分の身くらいは自分で守れますから、クランさんはご自分の身を気にしてくださいね」

「ははっ。やっぱり君は手厳しいな」

「そうですか?」


 フィリアはさっきと同じ空を見上げる。雨は知らぬ間に止んでいた。分厚い灰色の雲の隙間から、太陽の光が漏れている。

 それはまるで、天から誰かが舞い降りてくる道筋を示しているかのようで。先程よりも何倍も澄んで見える青空に、フィリアは微笑んだ。

 窓を少し開けると、さらさらとした風が入ってきて、艶やかな漆黒の長い髪がふわりと揺れる。クランは楽しそうに、そのフィリアを眺めているのだった。


 魔法使いと王子の物語は、まだ始まったばかり。


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