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   漆黒と赤


「あーア。大事な大事ナおきて破っちゃッた。組織の事は口外しない約束じゃなかったっケ?」


 その声にその場にいた全員が振り向く。そこには燃えるように赤い髪を持つ若い男がにやりと笑い、目を細め立っていた。その場にいたフィリアだけが一瞬目を見開き、じっと睨んでいる。


「貴方は……ロイド」


 そう名前を呼んだフィリアの声が静まり返った部屋の中で響く。クランは特に変化もなく、いつも通りにこう尋ねた。


「ルア、あの人は?」

「彼の名はロイド。私にもよく分からない人です。でも魔法使いだと言うことは確かですよ」


 ロイドはそのにやりとした笑顔は崩さないままゆっくりとフィリア達に近付き、止まった。

 そしてフィリアに目を向けたのだった。フィリアは敵意むき出しで、睨み続けている。

 この部屋の空気は身動きが出来ないほど、ぴんと張り詰めていた。


「今日は行く意味なんてないって思ってたけどさァ。ルア、まさか君が居たなんてね?」

「何か私に用ですか」

「冷たいなァ。ねぇルア? こっちに来なイ?」

「お断りします」

「いい加減あいつらみたいな人間、嫌にならないノ?」

「なりません」

「まァ、遅かれ早かれ君はオレ達組織に入る。必ずネ。君はこちら側の人間だからサ」

「私は……」


 フィリアは拳を握る。「私は違う」と言いたかった。けれど、そこで黙ってしまう自分がいることもまた、無視できなかった。

 魔法使いは危険な能力を持った人間。それはこれからも生きていく上で必然的に背負う足枷あしかせ


「さァて。勧誘はまた君のお家に伺うヨ」

「絶対に、来ないで下さい」


 フィリアもそこだけは即答する。こんな頭のネジが何本か外れた奴がうちに来るなんて、甚だ迷惑だ。何をしでかすか分かったもんじゃないと思う。


「ねェルア。とりあえず今はディート君の横にいル茶髪の男。こっちに寄越してヨ。今日はわざわざそのために来たンだよね」

「お断りします」


 フィリアは首を横にふった。決して行ってはならないとクランにフィリアは目で訴える。それなのにクランは頷くだけで、燃えるように赤い髪の男に話しかけるのだった。


「こんばんは。俺に何か用事かな」

「こんばんハ~。別に用はなイけどね。それよりホント、あんたも何したの? 今までにどんだけ暗殺されかけてんノ。笑えるネ――」


 ロイドは一人、声をあげて笑った。そして一通り笑い終えるとすっと目を細める。


「失敗した奴等が」


――ガチャン!

 フィリアの目の前で剣と剣がクロスする。火花が散り、もの凄いスピードで剣をさばいていく両者。いつの間にクランが剣を握っていたのか、フィリアには全く分からなかった。

 息をもつかせないそのスピード圧倒され、見ている方でさえもう言葉が出ない。ロイドのスピードについていくなんて、人間技じゃない。凄い、と純粋に思った。


 剣により切られた布団の羽が宙を舞い、カーテンがあっさりと切り刻まれる。様々な物が派手に壊れ、大きな音をたてるのだ。

 月明かりの中、剣が交じり合う金属の音だけが響く。そして両者、どちらもさっと間合いをとる。

 フィリアはその隙にディート・イノサトフにかかっている魔法を強化した。


「おッと。ルア? 今、君が魔法を使っちゃいけないなァ?」


 フィリアの周りがごうごうと燃え盛る炎に包まれていく。熱風が辺りを包んだ。絨毯じゅうたんが黒く焦げはじめ、物に燃え移り大きな火柱が立つ。

 それに対してフィリアはただ冷静に、パチンと指を鳴らしただけだった。何処からか水龍が現れ、燃え盛る炎を一瞬にして空気へと変えてゆく。部屋の中を水龍が駆け抜けていった。

 焼け焦げた跡の匂いが鼻につく。


「まぁ、ここでまとめて二人とも消しちゃってもいいんだけどネ?」


 それを見てもロイドは想定の範囲内だとでも言わんばかりに、余裕の笑みを浮かべていた。フィリアもそれに同調し、挑戦的な目を向ける。


「ロイド。貴方に私が消せるとでも?」

「その減らず口、黙らせてあげるヨ。前のこともう忘れたんだ?」

「あの時とは違うわ」


 フィリアはパチンと指を鳴らす。そしてフィリアの魔法によってクランは真っ暗な結界に入った。

 真っ暗といっても自分が光っていて、ぼんやりと周りだけは見える。けれども見えたところで、それは闇に変わりなかった。

 クランには、誰かが歩いてこちらに来るのが見えた。コツコツとヒールの音が響き、艶やかな長い漆黒の髪がゆらゆらと揺れている。蒼いその瞳が見えた時、クランは安堵した。


「クランさん、よく聞いて下さい」

「ルア。君は熱がある。魔法を使って大丈夫なのか?」

「大丈夫です。なるべく早く終わらせましょう。あの男。ロイドまで出てくると厄介です」

「ああ。そんな感じがしたよ」

「クランさん。もし私の様子がおかしいと感じたら“フィリア・オーデン”と私に伝えて下さい」

「それは何かの呪文?」

「はい。……そのようなものです。これは誰にでも使える初歩的な魔法の呪文なのですよ。それで私は正気に戻れますから、きっと」

「分かった。約束しよう」

「あとなるべくロイドには聞かれないように、私に伝えて下さい。お願いしますね」

「ああ」


 フィリアはその言葉をしっかりと聞いた後、閉ざされた空間を破る。そこは現実では一秒も経っていない、異空間。フィリアは静かにロイドを睨みつけていた。

 純白の杖はフィリアの手元で、戦闘の準備をして待っている。


「ロイド。貴方達組織に入るために、お妃様を狙わせたのですか?」

「それが今回の試験だからねぇ? 無事に魔法で殺せたら合格ってわケ。拳銃、ナイフ、その他魔法でない殺しは不合格~」

「……最低、です」


 フィリアは怒りに震えていた。人の命を一体なんだと思っているのか。たかが組織に入るだけ妃を殺害……なんて冗談にも程がある。握りしめていた拳に力が入った。


「ディート君は喜んで実行してくれタよ。別にこっちが無理強いさせたわけじゃナイ」


 ロイドは最初からずっとにやりと笑っている。フィリアはもう目も合わせたくなかった。


「貴方達はそうやっていつもいつも……。今も私は貴方に魔法を使いたくはない」

「それはこちらに来ると言ってるノ?」

「違います」

「つまんなぁ。あーあ。話すのはつまんない、ねェ?」


 ロイドが目を細めてにこりと笑っている。フィリアは、はっと何かに気づき見上げた。

 頭上から大量の槍が降ってこようとした、その時。


――チリン、チリン


 この場所には間違いなく場違いな鈴の音が鳴り響き、フィリアは謎の光に包まれた。そして光がフィリアを包むのを止めた時。

 ロイドとフィリアをさえぎるようにして真っ白な猫が座っていたのだ。真っ赤なリボンを首元に付けて、品よく座っているこの猫にフィリアは見覚えがある。


「……そこの奴。この子に手出しをするならば、わらわが承知せんぞ?」


 すると品よく座っていた白猫はそのエメラルドグリーンの瞳をすっと細め、ロイドに語りかける。その言葉は疑問形だが命令されているみたいで、有無を言わさない圧力があった。

 白猫の容姿としゃがれた声が合っておらず、フィリアは一瞬誰が話しているのかと戸惑った。


「ネコ……」


 そう言ってロイドはじっーと白猫を見ている。その意図は分からない。白猫は白猫でめんどくさそうに、ロイドの相手するばかりだ。


「早う帰れ。今わらわと勝負でもするつもりか」

「そうカあんたは。あの猫使いノ……」

「小僧が、いきがんじゃないよ。即刻、わらわの視界から去りな」

「エイスの使いか。まさかあれが絡ンでくるとはネ。全く、今日は珍しい事だらけだ」


 一点の曇りもない真っ白な猫は、その体の小ささには似つかないほどの殺気を放っている。エメラルドグリーンの色鮮やかな瞳はぎらぎらと輝いていた。


「あーア。折角、ルアを連れて帰れそうだったのに。ネコ。伝えといてヨあの猫使いにさ。くれぐれもジャマすんなっテ」

「さっさと失せな。いい加減、わらわの我慢の限界じゃ」


 白猫のこの強烈な一言にロイドはやれやれと言って消えていった。フィリアは空いた口が塞がらないほど、驚いている。ロイドを帰らせるなんてと。


「そこの娘。名をルアと言ったね? この前のパンとミルクティーは美味しかったよ。ありがとう。ほんにわらわのコックにも、あの味を出せと言いたいものよ」


 急にそのエメラルドグリーンの瞳がフィリアに向けられる。しかし先程とは違って、温かみに溢れていてとても優しい視線だった。


「え、あ、いえ。恐縮です。こちらこそ助けて頂きありがとうございました」


 フィリアは白猫に尊敬の念を抱き、思わずどもってしまう。クランの方ををちらりと見ると、興味津々に白猫を観察しているようだった。不思議なものを見るような目で黙っている。


「気にするでない、わらわの気まぐれだ。さて、そろそろあやつの元にでも戻ろうかの。それと……」


 白猫の目線はフィリアの隣にいたクランに向けられていた。


「妃なら案ずるでないぞ。そなたらの王もそう馬鹿ではないわ。同じ部屋におった他の魔法使いに保護されておった」

「助かりました」

「男よ、本当にそう思うのならの。わらわを見掛けた時には、たんと貢ぐことだな。ほんに男とは貢ぎ物で価値が決まるわ」


 ほほほほと笑って、白猫はすうっと消えていった。フィリアはくすくすと笑いだし「クランさん。貢ぎ物、大変そうですね」とクランを見上げた。それにクランは「ああ。……できれば出会いたくないな」と苦笑いで返したのだった。


「ウォルバード様! 御無事ですか」


 するとその時、別の魔方陣が現れ男が姿を現した。

 その男にはクランだけでなくフィリアまでもが見覚えがある。


「特に何もなっていないが、アリシア様は」

「王様とお妃様はご無事です。ウォルバード様、ディートを見ませんでしたか。屋敷の者は全員、ディートのよる強い催眠魔法によって眠らされております。やはり、あの時独断でも捕えておくべきでした。……本当に申し訳ございません。ウォルバード様にまで危害が及ぶ可能性があります」

 

 そう焦ってこの部屋に来たのは、王専属の魔法使いであり、フィリアが疑われた時にも同席していたデリクだった。


「危害は別にどうでもいいんだけどね。あの時はまだ、ディートが実行するとは断言できない状態だった。それに独断で行われるのを最も嫌うのが、あの人だ。君もそれを分かっているね?」

「は、はい」

「ああ、それと。ディートなら後ろに」


 クランが目を向けた先には手足を縛られ、床に横たわっているディート・イノサトフがいた。

 フィリアはそれを見てぎょっとする。いつの間に誰が手足を縛ったのかと。

 横たわったままのディートは特に何も話さず、ただじっとこちらを見ているだけだった。それは全くの無表情。

 その表情がまるで抜け殻のようで、フィリアは少しだけ恐怖さえも感じていた。


「ディート。お前のやった事は魔法界でも、重罪となるだろう。人間と魔法使い、どちらの境界線をも脅かすものだ。覚悟するんだな」


 デリクの問いかけにディートが返事をすることは無かった。ただ黙って連れて行かれる。

 魔法で犯した罪は魔法で裁かれ、人間が犯した罪は人間が裁く。フィリアにはディートが一体どのようにして裁かれるのかは分からない。

 けれどそれを今、目の当たりにしてとても怖いと思った。

 それと同時に、あんな組織にだけは入るものかと覚悟を決めたのだった。


「ルア。そろそろここから出ない? まだ熱があるだろう?」


 不意にフィリアの額に触れるものがあった。驚いて視線をあげたその先には、フィリアの額に手をあてているクランの様子が目に映る。フィリアはびくっと固まった。


「そ、そうですね、帰りましょうか……」


 距離の近さから離れようとした次の瞬間。フィリアはふっと意識を手放した。


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