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   少年の目的

 時計の針をくるくると戻した少し前。とある寝室の中でチッと舌打ちの音が響いた。

 薄水色のキングサイズのベッドに寝ている女の人を見下ろしながら、ベッドの脇に立っている男が舌打ちをしたようだった。


「全く、この部屋はどうなってるんだ?」


 若く少年のような男は嘆く。その表情は呆れているようにも見え、手には赤い球体の光が乗っていた。

男はマグマのように熱い真っ赤な球を何度も女の人に当てようとしているが、その球を近づける度にふっと消滅してしまうのだった。それを見てますます機嫌が悪くなる。


「屋敷の魔法使いか……?」


 男はそう口に出したが、すぐに「いや。あいつ等はないか。初めに手を打ってあったはずだ」と言葉を取り消す。

 それから考えようともせずに、ずっとイライラが隠せないまま部屋にあった机を蹴り飛ばした。机は大きな物音を立てて、ガンッとベッドの脚に激突したのだった。もうあの机の脚は、使い物にならないだろう。


「きゃあ!」


 その振動で女の人は目を覚ました。叫び声は部屋中に響く。男は女の人が目を覚めたことに動じることなく、さも心配しているかのような笑顔を作った。


「さぁアリシア様ここは危険です。先程の音をお聞きになられましたか? 一緒に部屋を移りましょう。王様に命ぜられ、お迎えにあがりました」

「貴方はディート……! お断りよ、今すぐに出ていって頂戴」


 そう答えるアリシアの表情は恐怖に満ちている。それを見たディートはあざ笑い、アリシアの胸倉を掴んだ。


「はぁ。こっちは最後まで親切にしてるのに。ごちゃごちゃ、五月蠅うるさいんだよっ」


 ディートは苛立ちを隠せないかのように口調を荒くする。それはもう、隠す必要がないとでも言わんばかりに。


「きゃ……!」


 アリシアはそのまま胸倉をぐいっと引かれ、無理矢理に起き上がらせられた。アリシアは必死に抵抗するが、男の力にはかなわない。それを見ていたディートは鼻で笑った。


「お嬢様の力がかなうとでも? ハッ、笑わせる」

「……っ! 放して頂戴!」


 その言葉にますます腹が立ったのか、ディートは近くにあったナイフをアリシアの首に突きつけた。アリシアのなけなしの抵抗がぴたりと止む。声も出なかった。


「この状態でもまだ、ほざきますか?」

「………っ」

「さて。大人しくなった所で来て貰いますよ」


 恐怖で声を失ったアリシアには黙ることしか出来ない。ディートはナイフを捨て魔法を使い、アリシアをどんどん寝室から離した。

 廊下は暗く、誰もいない。今のディートを止めるものは誰一人としていなかった。そして目に止まった手前の部屋にさっと入る。

 そこでディートはアリシアをばっと乱暴に離すと、真っ赤な球の攻撃魔法を壁に当てた。


 凄まじい音がした後、壁一面に穴が開いた。その穴からは隣の部屋がすべて見える。

 地面が揺れる程の衝撃は、アリシアを恐怖という奈落の底へと突き落とすのには十分なものだった。

 アリシアは手が震え、声が出せない。足がすくんで立ち上がる事さえ出来なくなっていた。


「すみませんね、アリシア様? 本当はオレだって殺したくはないんですよ? でもね、オレは新しい人に付いていくことを決めた。これからの時代は王じゃないと知ってしまったんですよ」


 ディートは楽しそうにふところから鋭利な刃物を取り出し、持て遊んで笑っている。そして流し眼をアリシアに送った。


「オレがあれに入るには貴女が必要なんですよ、アリシア様。嬉しいですよね、誰かに必要とされるなんて」


 部屋の一番奥へとアリシアを追い込むかのように一歩一歩、ゆっくりと近付いていく。アリシアはディートが一歩近づくたびに、後ろに下がる。

 そしてとうとう壁に追い込まれた時、アリシアは手の震えを抑え拳を握り、声を発した。


「わたくしは、そのような必要のされかたは御免だわ」

「死んでから分かりますよ。最期さいごはあれで良かったとね」

「まだ、死ねないわ。王家に嫁いだ時からわたくしは、王より先に死ぬわけにはいかないの」

「ハハッ。遺言はそれだけです?」

「……貴方は間違っているわ。王を裏切るなんてこと、けして許されないのよ」


 ディートの手に乗っている真っ赤な球が放たれようとしていたその時。バンッと勢いよくドアが閉じ、鍵がかかる。そのドアにはアリシアとディート、二人の視線が一気に向けられたのだった。


「なんだ!?」


 ディートは直ぐさま後ろを振り向き、攻撃魔法を当てる。すると真っ赤な球が当たったはずの壁には、傷一つ付かなくなっていた。すっとあの部屋と同じように、魔法は消える。

 

「この感じは……魔法か」


 チッと舌打ちをするディート・イノサトフ。その表情には少し焦りが見えていた。場を移ろうとアリシアを連れていこうと振り返った――その時。


「なに!?」


 アリシアはすでにその場にはいなかった。それはもう跡形もなく、瞬時に消えたように見える。

 まさか今の隙にさっきあいた壁の穴を利用したのかと、ディートは慌てて穴を使い隣の部屋に行き見渡すが、アリシアの姿は見当たらなかった。


「くそっ!」


 全ての物の影を探したが、アリシアは見つからない。

 部屋の外に出たのかとディートがドアの魔法を解いた、その時だった。

 瞬間移動の魔法が作動する。


「なっ……!」


 ディートの周りを蒼白い光が包んだ。その光には誰も逆らう事は出来ないのだった。



***



「……来た」


 フィリアは両手で杖をぎゅっと握る。どうか……と妃の無事を祈っていた。

 先ほど、巨大な攻撃魔法の魔力を感じていた。それはクランにも分かるくらい大きなもので。

 その震動がこちらまで伝わって来たのだ。場所が特定されないように結界がはってあっても、どうやらそれは弱いものだったらしい。


「……?」


 フィリアは首をかしげる。

 結界が切れ、魔力を感じやすくなっている部屋の中でフィリアが感じている魔力はどう考えても、二人いた。しかし瞬間魔法にかかったのは一人……。

 どちらがディート・イノサトフかと、フィリアは気が気じゃなかった。


「ルア、来るようだね」

「はい」


 寝室にさあっと風が通り抜けると、真っ白のカーテンが揺れた。

 開いている窓から月明かりが入り、そしてその光は雲の動きに沿って、寝室のを明るさを変えてゆく。

 それは幻想的でもあるが、薄気味悪くも感じた。 

 そんな部屋の中でじっとしているフィリア達の目の前に、光輝く魔方陣が現れる。フィリアは誰が来るのかと、固唾をのんで見守っていた。


「ここは……」


 そう声を発したのは少年だった。その姿にはフィリアも見覚えがあり、勿論クランも知っている人物。フィリアはほっとする反面、さらに気を引き締めた。


「こんばんは、ディートさん」

「その声、あの時の薬屋……」

「はい。よく覚えておいでですね」


 フィリアはそう言って指をパチンと鳴らす。ディートが魔方陣から出る事が出来ないように。するとディートはフィリアを見るのではなく、クランの方に向いたのだった。


「……クラン・ウォルバード、何故お前が目を覚ましている」


 これでもかと言うくらいの敵意をむき出しにして。クランはと言えば、にこやかに返事をするだけだった。


「目が覚めたから。それ以外に何かあるのかな」

「……ふざけるな」

「そういえば、この前の賭。僕の勝ちだったようだね?」


 クランは一歩、また一歩と魔方陣の中のディートに近づいていく。直ぐ近くまで移動すると、ディートがクランに殴りかかった。

 「危ない」とフィリアが止めに入ろうとする前に、クランはすでに避けていたのだった。ぱしっと拳を受け止めている。

 

 そのまますっと目を細めながら、

「アリシア様はどこに?」

「教えて欲しくば、これを解け。妃がどうなってもいいのか?」

「残念。それは何の脅しにもならないね」

「オレには他にも仲間がいる、そいつらがもう殺しているかも知れないがいいのか? 今回の目的は殺す、それだけだからな」

 ディートは狂ったように笑っていた。クランはそれを見てため息をつく。

 フィリアは冷静に首を横に振った。


「もし仮に貴方に仲間が居たとしても、皆さん部屋から出てくる気配はありませんよ。動く気配もありませんし」

「放せっ! オレはこんなの試験ごとぎで落ちるような男ではないんだよ!」

「……試験?」

「妃はどこに行った? 薬屋、どこへやった!」

「私は知りません」


 フィリアの声色は何の感情も映し出さない。ディートは出る事の出来ない魔方陣の中で、ひたすら暴れていた。

 クランは持って来ていた真っ赤な石を取り出し、それをディートにちらつかせている。フィリアはその石が何を意味するのか、気になって仕方がないのだった。


「とにかく離せっ!」

「貴方はどうやってお妃様に毒を盛ったのですか」

「知りたいか? あんたも毒を盛ると噂されてる奴だよな。まさか魔法使いだとは思っていなかったが、次に使おうって魂胆だろ?」


 ディートは鼻で笑っている。フィリアは呆然として何も言えなかった。

 今まで何度言われただろうか、その言葉を。またかともう諦めに似たようなものが、フィリアの頭の中から離れない。


「黙れ」


 低い声が響いた。フィリアは驚いて、俯きかけていた顔をあげる。

 この部屋にはフィリア以外、クランとディートしかいないというのに、クランからその声が発せられたことに気付くのに時間がかかった。

 その表情はフィリアからは暗くて見えない。その声は周りの温度が下がった気がするほど、冷たい声だった。


「ク、クランさん……?」

「ディート、君が彼女を侮辱する道理がどこにある? 少しはその考えのない行動を見直したらどうだ」

「……なんだと?」

「こんな簡単な事の意味も分からないかな?」


 クランはにっこりと笑いながら、これ以上ないくらいの嫌味を言い放つ。フィリアはその後ろ姿を見守りながら、今まで見てきた人とは違う一面を見た気がした。少し、ひやりとした。

 この一触即発の雰囲気をどうにかしようと、フィリアはクランの腕を控え目に引っ張る。何とかクランの意識をそらせようと頑張っていた。


「クランさん。ありがとうございます。私なら大丈夫ですから、ね。少し落ち着いて下さい」

「……ルア」


 フィリアの方を振り向いたクランはいつもの穏やかな、紫の目をしていた。そのことほっと胸を撫で下ろしたフィリアは、ぐいっとクランより一歩前に出てディートと向き合う。


「質問を変えます。ディートさん、貴方は何故お妃様を狙うのですか?」

「早くしないと。早くしないと入れないんだよっ! あの組織に。魔法で殺さないと意味が無いんだ!」


 質問の答えは返ってこず、言動がおかしい。フィリアは眉をひそめ、次の言葉をじっと待った。妙な薬にでも手を出したのだろうか。でも、今はそんな暇は無かったはず。

 組織、何故かその言葉が引っ掛かった。


「あの組織こそが今後の時代を背負うんだ。だから妃を――」

「あーア。大事な大事ナ(おきて)、破っちゃッた」


 空の月が雲に隠れたその瞬間、真っ暗闇でその声は響く。

 雲の流れに沿って、ゆっくりと見えてくるその顔を見たフィリアは目を見開き――杖をぎゅっと握りなおした。


「貴方は――」



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