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   妃のゆくえ

 蝋燭(ろうそく)の灯りがちらほらと揺れる中、二人は地下通路を歩いて進んでいた。通路は細くて狭く、クランのあとにフィリアが付いていくようになっている。

 けれどもそこは、フィリアが想像していたような蜘蛛の巣が張り巡らされた薄汚い通路ではなく、広さこそ狭いけれど、手入れの行き届いた地下通路だった。


「ルア、どうして君は妃が狙われると分かっていたんだい?」


 しんと静まり返った中、質問が飛んでくる。響くのはフィリアの足音とクランの声だけだった。


「実は、薬屋だけでなく私は他の職業も掛け持ちしています。今回は副業の方で、お妃様の命が狙われると聞いていました」

「副業とは何を?」

「ある人に様々な依頼が来て、その依頼を叶えていく仕事です。私はあくまで一時的な雇われですけど……」

「では、君は妃を守る立場になるんだね?」

「はい。今回私はお妃様の暗殺を阻止する事を任されました」

「僕も妃とは身内でね。それに王にも命令を受けた。お互いに味方ということかな?」


 クランは急に立ち止まって振り返る。蝋燭の灯りがフィリアの顔をぼんやりと映し出した。その沈黙ははフィリアの次の言葉を待っているようだった。


「はい。そうじゃなきゃ、私がクランさんを起こしたりしないでしょう? 魔法使いだってばれてしまいますから」


 フィリアは苦笑いで答える。それを見ていたクランは直ぐ様ほっとした表情を浮かべ、歩みを進めた。その様子に何故か、フィリアまでもがほっとしていた。


「良かった。君が居てくれて助かる」

「ありがとうございます。でも始めから催眠魔法の存在に感づくなんて、クランさんも気付いていたのでしょう? 王様から聞いていた事以外にも」

「すべて、では無かったけどね? 残念ながらこうして君のことは見抜けなかった。全くの予想外だったからなぁ。あ。そういえば前に『この病気の原因はおかしい』と言ったのを覚えているかい?」

「はい」


 妃に盛られた毒の原料はこの地方には無い。以前にフィリアはおかしいと王にもクランにも伝えていたのだった。


「王はこの街に来る以前から異変を感じていたらしい。小規模ではあったけど、探りも入れていたよ」


 さすがだと思った。どんな異変があったのかは知らないけれど、すでに動いていたとは……。でもフィリアはそれと同時に、それなら今の事態になっているのは何故なのかと不思議に思った。


「それで何か分かったんですか?」

「王はすでに犯人の目星を何人かに付けていてね。先程、はっきりと犯人が分かったんだ。そして僕にも招集がかかった」

「犯人とは、どなたでしたか?」

「今はディート・イノサトフと名乗っているらしい」

「それは……! あの最初に会った……王専属魔法使いの人、ですよね」


 フィリアは目を見開き、思わず前のめりにクランにぶつかりそうになった。あわあわと歩調を元に戻し、あごに手を当てて一人考え込む。

 確かに専属魔法使いなら、堂々と魔法を使おうが誰も怪しまない。


「その様子じゃ、知らなかったみたいだね?」

「はい。私が知っていたのは、敵が魔法使いであること。夜にしか動けないこと。肩に葉を三枚並べたようなマークがあることだけでしたから」

「……ルア。もしかしてそれだけの情報で敵に会おうとしてたのかい?」

「はい。もちろんです」


 そうフィリアは得意そうに答える。クランはそれは無謀だと言わんばかりに顔が引きつっていた。


「……度胸あるね?」

「……? そうですか? 相手が魔法使いなら、結構やりやすいんですよ」

「へぇ。それはどういう?」

「私も魔法が使えることは、クランさんも見てたので分かりますよね? あ、それと。クランさんは魔法使えますか?」

「僕は魔法は使えないな。本当にルアには良い具合に驚かされたよ」


 爽やかにクランが笑っている。フィリアはその爽やかさに戸惑った。


「この際驚かした事は置いておきましょう、ね? クランさん、魔法を使うときに魔法の(もと)になる魔力が必要になるのはご存じですね?」

「ああ」

「その魔力は、お互いが魔法使いなら感じ取ることが出来るのですよ」

「そうか。だからさっき、魔法を使うと居場所がばれると言ったんだね? 魔力の根源がばれてしまうのを防ぐために魔法を使わなかった」

「はい」


 フィリアは深くうなづいた。今の現在地なんて教えたら、あの専属魔法使いは徹底的に潰しにくるだろう。それに逃げ回ってるだけじゃ、時間稼ぎにはなっても妃に近づくことは出来ない。


「その、魔力は普通の街中で使っても分かるものなのかい?」

「はい。まぁはっきりと誰、とは特定出来ませんけど……。あ、でも自分が知っている魔力の場合なら、はっきりと分かります。それに人によって魔力を感じ取れる距離も程度も違うんです」

「便利だけど、厄介だね。いや。でもそうか。それを逆手に取れば……」

「はい。相手を騙すことだって可能なんです」


 例えば、自分の魔力の形跡をわざと残しておいてそこを敵に攻めさせる。なんてこれは初歩の初歩にしか過ぎないが、応用もそれに付け足していく似たようなものなのだ。


「魔法は頭脳戦に近いね」

「はい。そうなのですよ!」


 フィリアは首を縦に振る。その表情は嬉しそうだった。魔法は体力だの、もともとの素質だの言われるけど、ようは魔法という武器の使い方だ。使い方が正しい人は本当に強い、フィリアはそう教えられていた。


「ルア、君は嬉しそうに笑うね」


 クランの紫の瞳がフィリアに向けられる。たまにじっと見られ、フィリアはその度に落ち着かなくなるように感じるのは気のせいだろうか。


「え、私。笑ってました? こんな深刻な時に……。すみません」

「いいや。もっと笑えばいいのに」

「それは……いくら何でも不謹慎でしょう?」


 そう答えるフィリアは苦笑いだった。


「そういう意味じゃないんだけどね」

「え?」

「さあ、着いた。開けるよ?」

「え、あ。はい」


 前を見ると木製のドアが出口だと知らせていて。クランは手に持っていた蝋燭を消した。

 そして目の前にある扉に手をかけ、ゆっくりと扉が開いていく。扉を開けた先は新しい光が漏れるどころか、とても暗く先程まで歩いていた地下通路の方がまだ明るかった。


 部屋の灯りは付いておらず、窓から入る月明かりのみの明るさ。フィリアとクランはなるべく音をたてないように、そっと部屋に入っていく。

 奥の部屋の扉が開きっぱなしでベッドがちらりと見え、フィリアの中に嫌な予感が駆け巡る。二人はそこへ急いで駆け寄った。


「クランさん、お妃様がいません……!」

「ああ」


 ベッドはすでにもぬけの殻だった。それを見たクランは黙って、布団がぐちゃぐちゃになったベッドに触れる。


「……まだ温かい。ルア、つい先程までここにいたようだ。探そう」


 ここに来てフィリアには一つ、腑に落ちないことがあった。

 部屋を出て行こうとしていたクランを思わず呼び止め、

「……クランさん。少しだけ待って下さい」


 そのままフィリアはきょろきょろと辺りを見回した。そして一言、

「どうして、この部屋でお妃様を殺さなかったのでしょうか? ……すみません。あまりにも物騒な言い方ですけど」

「いや、物騒なのはこの際仕方ない。確かに、そうだね。僕がディートだとすればわざわざ移動したりしない。目的が『殺し』にあるのなら、さっさとこの部屋で済ませてしまうだろうね」

「それは、他に目的があると?」


 クランは近くのテーブルの上にあったナイフを手に取り、

「可能性の話だよ。ほら、こんな見つけやすい所にナイフがあった。普通ならナイフで終わりじゃないのかな」

「終わりってそんな冷静に言わないでください。ってクランさん何してるんですか!」


 クランは器用にナイフをくるくると回している。フィリアは慌ててナイフを取り上げた。


「危ないですよ! もし怪我でもしたらどうするのですか」

「ははっ。大丈夫、大丈夫。刃物の扱いには慣れているんだ。ルア、君は心配性だね?」

「……」

 そうクランににっこりと微笑まれてもフィリアは何とも言えず、沈黙するしかないのだった。

 

 何故、わざわざ部屋を移動したのか。フィリアはその理由をずっと探していた。今はっきりしていることは少なくても、ディートが魔法使いだというのは確実。フィリアと同じ魔法使いという接点がある。

 そこから何か分からないかと、フィリアは必死に頭の中の記憶を隅々まで探した。


 不意にフィリアの記憶の一つである、昔の記憶が思い出された。



『フィリア。いいかい? よく聞くんだよ。相手も魔法を使えるなら、必ずどこかに欠点があるんだ。魔法という特殊な能力を得ている代わりに、何かが足りない。勝ちたいと思うなら、そこをつつきな』


 それは、エルザの言葉だった。昔、それこそフィリアがまだ魔法を教えて貰っていた幼いころの記憶。あの言葉はフィリアがずっと弱いままだった時に、エルザに言われたのだった。

 魔法使いには必ずどこかに(おと)りが出てくる。それはどんなに強い魔法使いにもあると。


「……そっか」


 フィリアは小さくそう呟いた。

 その劣りの一つが夜にしか動けないこと、つまり夜にしか魔法が発動しないタイプだとすれば……。

 それにわざわざ妃を連れ出したのは、何らかの理由でここで魔法が使えなかったのかもしれない。そう考えるとすっとフィリアの中で何かが、一本の糸のように繋がった。


 そしてベッド付近を調べているクランの肩をとんと叩き、

「クランさん、もう終わりにしましょう」

「その顔は何か思い付いたみたいだね?」

「はい。これからここにディート・イノサトフさんを(おび)き寄せましょう。相手が魔法使いなら、きっと大丈夫です。もう直に対面して、全部聞いてしまいましょう!」

「対面か。面白そうな響きだ」


 クランは楽しそうに笑っていた。だが、その表情も直ぐに変わる。眉間にしわを寄せて、なにやら部屋のある一点をを気にしている様子だった。フィリアはクランのその異変に気付く。


「どうかしましたか?」

「あの花瓶、妙じゃないか?」

「花瓶?」


 クランの視線をたどるとそこには、一つだけ花の生けられていない深緑の花瓶があった。フィリアは花瓶に駆け寄る。クランも後からゆっくりと近づいて来たのだった。


「ルア、その花瓶に触らない方が良さそうだ」 


 フィリアはそう言われ、ゆっくりと花瓶に触れようとしていた手を止める。するとクランは近くにあったタオルを取り、目の前にあった花瓶を派手に倒したのだった。

 ガッシャン! と凄まじい音が響いて花瓶が床に叩きつけられる。花瓶に触れたタオルは勢いよく燃え散った。 


「これは……」


 フィリアはあるもの気が付いた。床にバラバラになっている花瓶の破片に気を付けならがも、近付いていく。散らばった破片の中には、手のひらですっぽりと包み込めるぐらい小さな石が落ちていたのだった。その石は燃えるように赤い。


「ルア。それは僕が持っておくよ」


 クランはそう言ってひょいとまた別のタオルに包んで、ポケットにしまう。フィリアは少し気にはなったが、今はそこを深追いしている場合じゃないと次に進むのだった。


「それではクランさん、今から始めます」


 フィリアが一つパチンと指を鳴らすと、部屋の扉が勢いよく閉じた。自動で鍵がかかる。


「全部屋、今は開きません」


 フィリアは適当に魔力を分散して、相手をここまで誘導しようと考えた。この屋敷の敷地内すべてを自分のテリトリーに変え、迷路みたく変形させる。

 けれどもそれは実際に変形させる訳では無い。あくまでの現実に近い幻覚なので、比較的フィリアには負担が少なかった。それでもさすがに指の音だけでは無理かもしれないと思った。


 難しい表情をしながら、

「クランさん少し離れてて貰えますか?」


 クランは黙って数歩離れる。その様子は、先程とは違いなにやら考え事をしているようだった。


「……?」


 少し気になった、がフィリアは気を取り直して斜め下へと手を伸ばす。そして次の瞬間、フィリアの右手は純白の大きな杖を握っていた。

 杖の上に付いている蒼色のストーンがいつにも増して、キラキラと輝いている。それを見てフィリアは少し首をかしげた。


 純白の杖を使い、静かに短く一振りする。風を切る音が聞こえた。すると空中に記号か文字のようなものが浮かび、それは円上になり、フィリアの周りをくるくると回りだした。

 どこからか風が吹いてきて、フィリアの漆黒の髪がぶわっとなびき、跳ねる。フィリアが一つ杖をこんと床につくと、その文字達は一瞬にして散っていくのだった。


「……え?」 


 魔法を使っている最中に、視界が揺れた。こんな時に目眩とは……フィリアはこめかみを押さえる。軽い魔法なのにふらつくなんてと、フィリアが一人慌てているとさらに悪い事に何かにつまずいた。


「っ!」

「大丈夫?」


 みっともなくこけると思った瞬間、フィリアはクランによってこけずに済んだのだった。


「は、はい。すみません。大丈夫です」


 フィリアは手首を捕まれていた。魔法を再開しようとすれば、そのままぐいっと引き寄せられるのだった。


「な、何ですか」

 戸惑うフィリアにクランはじっと、フィリアの緑色の瞳を覗きこんだ。フィリアの視界はクランの紫でいっぱいになる。


「今は鮮やかな蒼色なんだね? 表面は緑だけど」

「え、あの。それはどういった……」

「魔法を使うときの君は藍色の目をしていたから、ね」

「え?」


 一瞬、フィリアの思考が停止した。待った。と頭の中を整理する。今も仕事をするときと同じ緑の瞳をしていたはずで、その魔法をフィリアは解いていない。

 どうしてクランには、今も本来の色の蒼色が見えているのだろう。しかも藍色への変化を見分けられてしまうなんて……。フィリアは内心焦りながらも、平然を装ってこう答えるのだった。


「まさか、光の加減でしょう? 藍色に見えるなんてありえませんよ」

「光の加減には見えなかった気がするけどね?」

「気のせいじゃないですか?」

「うーん、気のせいか……」

「はい。そうですよ」


 緩んだ手からフィリアはすっと離れる。そして気付かれないようにそっと息をつくのだった。


「さて。クランさん、始まりますよ。相手がどのくらいの魔法使いか分かりませんからね」

「上手く行けばここに来るんだね?」

「はい、多分。どちらにしても気は抜けません」


 フィリアはまたパチンと指を鳴らし、集中して周りの気配を探っていく。クランは見惚れているかのように、しっかりとフィリアから目を離す事はないのだった。


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