第八話 壊れたくない、壊したい
「……最近、ユウトさんが、遠い気がするんです」
リアナは、祈りの庭の片隅で、ひとりそっとつぶやいた。誰に聞かせるわけでもない。けれど、その言葉には確かな痛みがあった。
「癒してもらって、嬉しいのに……それだけじゃ、足りなくなってきてて」
ユウトに触れられると、身体がふわりと軽くなる。けれど心は、逆に重くなる。もっと……もっと深く、触れてほしい。
そんな自分が、怖かった。
◇ ◇ ◇ ◇
アリシアは、武具庫で剣を研いでいた。
金属の軋む音が静かに響くなか、彼女はふと、手を止めた。
(……ユウトは、誰のものなんだろう)
誰のものでもないはずなのに、自分が求めれば、彼は手を差し出してくれる。
その優しさが、かえって残酷だった。
「誰にも渡したくない」とは、言えない。でも、「誰かのものになって」とも言えない。
だからこそ、アリシアは──ユウトに“選ばせない”。
そのくせ、彼に選ばれたいと、心の奥で渇いている。
◇ ◇ ◇ ◇
夜。魔導塔の最上階。
セレナはひとり、魔術書を閉じた。ろうそくの灯りが、長く揺れている。
「壊れるのは、私か、あの子たちか……それとも、ユウトくんなのかしらね」
彼女は薄く笑う。その笑みは、どこか焦がれていた。
(“癒し”は、甘い罠。欲しがるほど、相手の心が欲しくなる)
セレナは自覚している──彼に触れられた日から、自分が“研究者”でなく“女”として彼を見てしまっていることを。
◇ ◇ ◇ ◇
そして──その夜、ユウトのもとに訪れたのは、リアナだった。
「……ごめんなさい。もう、我慢できなくて」
彼女はいつもの控えめな微笑みを捨てていた。小さく震える声、そして抱きしめるようにして差し出した両腕。
「触れてほしい、じゃなくて……抱きしめて、ほしいんです」
「リアナ……」
「癒やされたいんじゃない。ユウトさんの“全部”が、私の中に欲しいんです……」
その言葉に、ユウトの胸が痛んだ。このまま抱きしめれば、彼女の望むものを与えてしまえば──
もう、戻れなくなる。
けれど、リアナの目は、涙で濡れながらもまっすぐで。
(俺が“癒す”ことで、誰かが壊れていく。なのに俺は──その壊れる瞬間を、どこかで……望んでる?)
葛藤のなか、ユウトは手を伸ばした。
触れた指先から、ぬくもりが流れ込む。リアナは、それを全身で受け止め、そっと彼に頬を寄せた。
「壊れたくない。でも……あなたに壊されるなら、それでもいいって思ってしまうんです」
その囁きは、甘くて、怖かった。
そして、ふたりの距離は、もう二度と元には戻らないところまで──近づいていた。




