第七話 誰かを選べないなら、全員に与えればいい
「今日も“お願い”しても、いいですか?」
夜。神殿の回廊にて、リアナが手を差し出した。
その手のひらは、触れられるのを知っているように、自然に開かれている。
ユウトは、そっとその手を取った。
ぬくもりが伝わる。息が重なる距離に、リアナは微笑んだ。
「ふふ……。だんだん、ユウトさんの温度がわかるようになってきました」
「……温度?」
「はい。誰に触れたあとか、私に触れるときと比べてどう違うのか……。心の動きで、伝わってくるんです」
言葉はやわらかい。けれど、その奥には針のような何かがあった。
「今日は……どなたと?」
ユウトは返せなかった。
セレナの名を出せば、またあの笑顔の奥にある“独占”が疼きだす気がして。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、訓練場。
アリシアが剣を振るう音が、静かな朝を裂く。
「ユウト。こっちへ」
呼び止めた彼女の表情は、少し険しい。
それでも、差し出された手にはためらいがなかった。
「右腕を痛めた。……治せる?」
「はい、でも無理は──」
「してない。……ただ、あなたに触れてもらいたかった」
ユウトがそっと腕に触れると、アリシアはわずかに目を細めた。
「こうして癒やされるたび、思うの」
「……何をですか?」
「“強くある必要なんて、本当はなかった”って」
囁く声。
アリシアの瞳は、かつてないほど揺れていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜。ユウトの部屋。
「ずいぶん人気者みたいね?」
セレナが、窓辺に立っていた。
何の気配もなく入り込んだらしい。
「……どうして、ここに」
「気になったのよ。君が“誰を選ぶのか”」
「ぼ、僕は……」
セレナはそっと歩み寄り、ユウトの胸元に指を滑らせた。
「誰も選ばず、みんなに触れて、みんなに“癒し”を与える──。それが君の優しさ?」
「違う……違うと思う。だけど……でも、誰か一人だけを癒やすなんて、選べない……」
苦しげな声に、セレナは静かに笑った。
「なら、全員に与えればいいのよ。君のぬくもりを、優しさを。
どうせ、君に触れた彼女たちは──もう、他の癒しを知らない体になってるんだから」
「……そんな、こと……」
「責任、取りなさい。
あなたに触れたあの子たちを、最後まで包み込んであげなきゃ──壊れてしまうわよ?」
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。ユウトは一人、祈りの庭に立っていた。
誰の手も取らず、ただ風に吹かれながら、己の掌を見つめていた。
(俺が触れることで、誰かが満たされる。
でも、それは本当に“救い”なのか……)
風が吹き抜ける。
その掌には、昨日触れた三人分の体温が、まだ残っていた。




