第六話 魔法使いは、嘘をつく
その塔は、神殿の奥にひっそりと佇んでいた。 古く、誰も使っていないはずの魔導塔──その最上階に、ひとりの女が住んでいる。
「おや。噂の“癒やし手”くんじゃない」
振り返ったその女性は、静かに微笑んでいた。
紫のウェーブがかった髪、陶器のように白い肌、深く澄んだ瞳。艶やかなローブに包まれたその姿は、まるで“魔女”そのもの。 年齢は20代半ばほどに見えるが、その瞳には遥かな時を越えてきた者の知性と孤独があった。
「セレナさん……ですよね?」
「ん、正解。よくわかったね、初対面なのに。──でも、私はずっと、君のことを見てたよ?」
その声音には余裕があり、まるで誘うように甘やかだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「……僕に何か?」
セレナはふふっと、喉を鳴らすように笑った。
「単刀直入に言うとね、ユウトくん。 君の“癒やし”の力……あれ、ちょっと変だよ」
「え……」
「ううん、すごいのよ。ただ、“癒やしてる”って言えるのかな?」
ローブの裾を摘みながら近づくその仕草は、自然でいてどこか艶めいていた。
「君はたしかに、傷を癒し、心を静めてる。 でもそれって──“依存”を植えつけてないかしら?」
「……依存?」
「触れられるたび、不安や痛みが消えていく。 それは甘くて、楽で……逃れられない。だから人は君を求める。 でも、それって麻薬と同じじゃない?」
その言葉は、鋭く、そして優しく突き刺さった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……でも、それが悪いって言いたいわけじゃないの。むしろ──」
セレナはそっとユウトの前に立ち、目を細めた。
「私も、味わってみたいと思って」
「な、何を……?」
「君の“手”よ。魔力でも祈りでも届かない場所に、君の温もりが届くなら──」
彼女はゆっくりと手を伸ばし、ユウトの手の甲に、自らの指を滑らせた。
「……どうなるのか、確かめたいの」
しっとりとした触れ合い。 そこには焦りも恥じらいもない。
ただただ、快楽を知る者の“確信”があった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……ふふ。すごいわね、これは」
セレナの肩が小さく震える。 頬に浮かぶ紅潮は、羞じらいではなく、快楽に似たもの。
「これなら世界中の人間を、君の虜にできる。ねえ、君が本気になったら──どうなっちゃうのかしら」
「……セレナさん……」
「私は嘘つきだから、信じなくてもいい。 でも……私は知ってるの。君の力は、まだまだ“本気”を見せてない」
囁くように、彼女はユウトの胸元に手を添えた。
「壊れてもいいわ。最後に“癒やして”って、私が言ってあげる」
◇ ◇ ◇ ◇
ユウトは、部屋を出たあとも胸の高鳴りを抑えられなかった。
(セレナさん……あれが、癒された感触……?)
掌に残る艶やかな魔女の温もりが、心の奥を、じわじわと熱く染め上げていた。




