第四話 見た目は無垢、心は深くて重い
朝日が神殿のステンドグラスを透かし、虹色の光が床に揺れている。
リアナは、静かに笑っていた。
優しく、柔らかく。誰もが見惚れる、聖女の微笑。
けれどその胸の奥では、何かが確かに軋んでいた。
──彼の手は、私に触れた。
その手が、他の誰かに向くのは、もう我慢できない。
◇ ◇ ◇ ◇
その日、ユウトは神殿の裏庭で薬草の手入れを手伝っていた。
アリシアから「暫定的に保護されているだけで、自由行動は控えるように」と言われていたが、
リアナの口添えで、こうして外に出ることを許された。
「ふふ、なんだか様になってるわね」
声をかけてきたのは、アリシアだった。
鎧を脱ぎ、軽装の私服に身を包んだ彼女は、少しだけ柔らかい印象を与えていた。
「アリシアさん……お疲れさまです」
「あなたこそ。神殿で手伝いなんて、よくやるわね。
こんなに優しくされたら、聖女様が勘違いしちゃうわよ?」
「え?」
冗談めかして笑うアリシア。
けれどその目には、どこか張り詰めた光が宿っていた。
──まるで、獲物を見張る獣のような。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、リアナが現れた。
白い法衣に身を包み、神々しいほどに清らかな姿。
その微笑みは、まさに“聖女”のそれだった。
「アリシアさん、いらしてたんですね。
……ユウトさん、そちらの用事はもう終わりました?」
「あ、はい。そろそろ終わりそうです」
「それなら、少しだけ……私とお話、していただけませんか?」
リアナは柔らかく微笑んだまま、ユウトの袖を軽く引いた。
まるで“恋人を誘う少女”のように。
その仕草を見て、アリシアの目がほんの一瞬、細くなった。
「……ふふ、随分と積極的なのね、聖女様」
「私はただ、お礼が言いたかっただけですよ。昨日のこと、とても嬉しかったから」
「“触れられた”ことが、そんなに嬉しかったの?」
ふたりの視線が、交差する。
空気が、少しずつ張り詰めていく。
「ユウトさんは、優しい方ですから。誰にでも、同じように……ね?」
「……それ、私にも言ってるのかしら?」
淡く、静かに。けれど、確かに火花が散っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ユウトはその場に立ち尽くしていた。
リアナの微笑と、アリシアの睨むような視線の間で、どう反応していいか分からない。
「え、えっと……僕、まだ水汲みが残ってて──」
そう言って逃げるようにその場を離れた。
残されたふたりの間に、微かな沈黙が生まれる。
「……ねえ、リアナ」
「なんでしょう、アリシアさん?」
「あなたは、“彼の手”に何を感じたの?」
「……救い。あたたかさ。……そして、独占したいと思った」
あまりに素直で、あまりに正直な答えだった。
「あなたは?」
「……私も、同じよ」
その言葉に、リアナはゆっくりと微笑んだ。
「じゃあ、競争ですね。
……誰が、彼の一番になれるか」
◇ ◇ ◇ ◇
その夜。
リアナはベッドの中で、胸に手を当てていた。
彼の手が触れた場所。
もう何度も、そこを撫でているのに、足りなかった。
「ねえ……もっと、あなたを感じたいの。
他の誰でもない、“私”だけを、見ていてほしいのに……」
声は甘く、涙が混じっていた。
それでも、笑っていた。
まるで何もおかしくないように、無垢な少女の顔で。




